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私は気味の悪さを振り切るように、その場を後にした。
(ルシアン様はリリアーナがいればいいのだから、放っておいてもいいわよね。王宮に行くにはまだ時間があるわ。いったんお部屋に戻ろう)
そのとき、ヴァレンティア公爵家の庭園から、再び声が響いた。
「雪鈴さまー。ほら、私を摘んでくださいな。王太子様とお食事に行かれるのでしょう? でしたら、私を煮出してお茶にして飲ませてあげてください」
戸惑いながらも、私はその草を摘み、煮出して水筒に詰めた。
自分でも、なぜかわからないけれど、その声は確かに信じられた。
(どうして私は、こんな声が聞こえるようになったの?)
疑問はつきない。それでも、私はその水筒を持っていくことにした。やがて時間になり、玄関に向かう。リリアーナがおめかしをして、シャンパンを入れた籠を手に馬車へ乗り込むところだった。ルシアン様も同乗し、自然な仕草でリリアーナの隣に腰を下ろした。
(今思えばこれも変よね……妹の隣に腰をおろすなんて)
私は二人の正面に座り、リリアーナの隣りに座るルシアン様に、冷たい眼差しを向けていた。でも、彼は私の軽蔑の眼差しにも気づいていない。相変わらず、目はリリアーナを追っていたから。私が小さなため息をついたと同時に、リリアーナの持っていたシャンパンから、ふたたび声がした。
「んもぉ、このリリアーナって子、お馬鹿さん過ぎるわぁ。だいぶ私を入れすぎてるわよぉ。これ、飲んだらしばらくは起き上がれないわね。死にはしないけど……まぁ、残念なことになるかもねぇ」
(え……? 今の声……さっきの媚薬の声? しかも、シャンパンから……?)
ぞわりと背筋が粟立つ。けれど、今は顔に出している場合ではない。
王宮に到着すると、私たちは中庭へと向かった。ルシアン様はクロコード侯爵家の三男で、王太子様のご学友。現在は王太子様付きの近衛騎士を務めている。この軽食会――ピクニック気分の集まり――も、彼の提案によって実現したものだった。
王太子様と合流し王宮の庭園に敷物を広げ、和やかな雰囲気の中で昼食会が始まった。私は機を逃さず、用意してきた水筒を王太子様へ差し出した。もちろん、これは前回にはなかった展開だ。
「王太子様にぴったりの飲み物を用意してまいりましたわ。こちらです。どうぞ、飲んでみてくださいませ。疲れが抜けないと、日頃からおっしゃっていましたでしょう? ルシアン様から聞いたことがあります」
「うん、気にかけてくれたんだね。ありがとう」
王太子様はそう言って一口含み、すぐに表情を和らげた。
「飲みやすいし、なんだか頭がすっきりするよ。これはいいね。とても気に入った。できれば毎日飲みたいぐらいさ。これからも、私のために作ってくれるかい?」
「ふふっ。もちろんですとも!」
嬉しそうにお茶を飲む王太子様の笑顔は、隠しようもなく晴れやかだった。それを見て、自然と気持ちが和らいだ。
けれど、その空気を、乱す声が割り込んだ。リリアーナだ。
「王太子様、そんなつまらないものばかり飲んでいないで、このシャンパンを飲んでください。ヴァレンティア公爵家で一番上等なシャンパンを持ってきたんですから」
前回も、リリアーナは同じように王太子様へシャンパンを勧めていた。
(リリアーナ、今回はあなたの思い通りにさせはしない。私が王太子様を守るわ!)
「王太子様、今日はお酒を飲まないほうがいいですわ。このお茶をしばらく飲んで、様子を見てください」
「あぁ、そうだね。私もそう思う。しばらく禁酒したほうがいいね」
王太子様は頷いて、シャンパングラスに手を伸ばそうとはしなかった。
「そんなことおっしゃらずに。せっかくのシャンパンが……」
なおもしつこく勧める妹に、私はきっぱりと言い切った。
「王太子様の体調を心配するなら、無理にシャンパンを勧めるのはやめなさい! シャンパンが大好きなのは、リリアーナでしょう? あなたが飲めばいいじゃないの」
ぴしりと空気が張りつめた、そのときだった。
「婚約者は僕なのに、どうして王太子様だけにお茶を持って来たんだい? 僕は少し悲しいな。そのお茶、僕も飲んでみたい」
軽い調子で割って入ってきたのは、ルシアン様だった。
「私たち貴族は皆、王太子様をお支えする立場です。王太子様の健康を気にかけるのは当然のことではありませんか。くだらないことを言うのはおやめくださいまし。近衛騎士の立場で、あまりにも情けない。それに、このお茶は王太子様のお体に合わせたものですから、ルシアン様が飲んでも何の効き目もありませんわ」
そこで、私は意図的に視線をリリアーナのシャンパンへ向けた。
「それよりも、リリアーナがしつこく勧めているシャンパンは、きっと私のお茶より美味しいですわ。ルシアン様が飲まれてはいかが? あなたも、シャンパンがお好きでしたでしょう?」
「ああ、そうだな。今日は非番のようなものだ。ルシアンは近衛騎士だが、飲んでも構わない。私が許す。さあ、飲め。極上のシャンパンは美味しいぞ? 私の代わりに飲んでくれ」
王太子様は、にこやかな口調で、ルシアン様へ微笑みかけた。王太子様はそのシャンパンに媚薬が入っていることなど、もちろん知らない。善意からきた有無を言わさぬ圧に、ルシアン様はなんの言い訳もできずに、シャンパンを飲み干すしかなかった。
リリアーナはシャンパンを飲み干すルシアン様を、がっかりした表情で見つめていた。王太子様に飲んでほしかったのだから当然だろう。ルシアン様はそれが媚薬入りだとわかっているので、グラスを持つ手は震えていた。
(王太子様には平気で飲まそうとしたくせに、自分で飲むのは怖いのね。卑怯な人だわ。私が毒を飲んだ時に比べたら全然ましなのだから、さっさと飲みなさい)
そして、それからしばらくして、ルシアン様は――
(ルシアン様はリリアーナがいればいいのだから、放っておいてもいいわよね。王宮に行くにはまだ時間があるわ。いったんお部屋に戻ろう)
そのとき、ヴァレンティア公爵家の庭園から、再び声が響いた。
「雪鈴さまー。ほら、私を摘んでくださいな。王太子様とお食事に行かれるのでしょう? でしたら、私を煮出してお茶にして飲ませてあげてください」
戸惑いながらも、私はその草を摘み、煮出して水筒に詰めた。
自分でも、なぜかわからないけれど、その声は確かに信じられた。
(どうして私は、こんな声が聞こえるようになったの?)
疑問はつきない。それでも、私はその水筒を持っていくことにした。やがて時間になり、玄関に向かう。リリアーナがおめかしをして、シャンパンを入れた籠を手に馬車へ乗り込むところだった。ルシアン様も同乗し、自然な仕草でリリアーナの隣に腰を下ろした。
(今思えばこれも変よね……妹の隣に腰をおろすなんて)
私は二人の正面に座り、リリアーナの隣りに座るルシアン様に、冷たい眼差しを向けていた。でも、彼は私の軽蔑の眼差しにも気づいていない。相変わらず、目はリリアーナを追っていたから。私が小さなため息をついたと同時に、リリアーナの持っていたシャンパンから、ふたたび声がした。
「んもぉ、このリリアーナって子、お馬鹿さん過ぎるわぁ。だいぶ私を入れすぎてるわよぉ。これ、飲んだらしばらくは起き上がれないわね。死にはしないけど……まぁ、残念なことになるかもねぇ」
(え……? 今の声……さっきの媚薬の声? しかも、シャンパンから……?)
ぞわりと背筋が粟立つ。けれど、今は顔に出している場合ではない。
王宮に到着すると、私たちは中庭へと向かった。ルシアン様はクロコード侯爵家の三男で、王太子様のご学友。現在は王太子様付きの近衛騎士を務めている。この軽食会――ピクニック気分の集まり――も、彼の提案によって実現したものだった。
王太子様と合流し王宮の庭園に敷物を広げ、和やかな雰囲気の中で昼食会が始まった。私は機を逃さず、用意してきた水筒を王太子様へ差し出した。もちろん、これは前回にはなかった展開だ。
「王太子様にぴったりの飲み物を用意してまいりましたわ。こちらです。どうぞ、飲んでみてくださいませ。疲れが抜けないと、日頃からおっしゃっていましたでしょう? ルシアン様から聞いたことがあります」
「うん、気にかけてくれたんだね。ありがとう」
王太子様はそう言って一口含み、すぐに表情を和らげた。
「飲みやすいし、なんだか頭がすっきりするよ。これはいいね。とても気に入った。できれば毎日飲みたいぐらいさ。これからも、私のために作ってくれるかい?」
「ふふっ。もちろんですとも!」
嬉しそうにお茶を飲む王太子様の笑顔は、隠しようもなく晴れやかだった。それを見て、自然と気持ちが和らいだ。
けれど、その空気を、乱す声が割り込んだ。リリアーナだ。
「王太子様、そんなつまらないものばかり飲んでいないで、このシャンパンを飲んでください。ヴァレンティア公爵家で一番上等なシャンパンを持ってきたんですから」
前回も、リリアーナは同じように王太子様へシャンパンを勧めていた。
(リリアーナ、今回はあなたの思い通りにさせはしない。私が王太子様を守るわ!)
「王太子様、今日はお酒を飲まないほうがいいですわ。このお茶をしばらく飲んで、様子を見てください」
「あぁ、そうだね。私もそう思う。しばらく禁酒したほうがいいね」
王太子様は頷いて、シャンパングラスに手を伸ばそうとはしなかった。
「そんなことおっしゃらずに。せっかくのシャンパンが……」
なおもしつこく勧める妹に、私はきっぱりと言い切った。
「王太子様の体調を心配するなら、無理にシャンパンを勧めるのはやめなさい! シャンパンが大好きなのは、リリアーナでしょう? あなたが飲めばいいじゃないの」
ぴしりと空気が張りつめた、そのときだった。
「婚約者は僕なのに、どうして王太子様だけにお茶を持って来たんだい? 僕は少し悲しいな。そのお茶、僕も飲んでみたい」
軽い調子で割って入ってきたのは、ルシアン様だった。
「私たち貴族は皆、王太子様をお支えする立場です。王太子様の健康を気にかけるのは当然のことではありませんか。くだらないことを言うのはおやめくださいまし。近衛騎士の立場で、あまりにも情けない。それに、このお茶は王太子様のお体に合わせたものですから、ルシアン様が飲んでも何の効き目もありませんわ」
そこで、私は意図的に視線をリリアーナのシャンパンへ向けた。
「それよりも、リリアーナがしつこく勧めているシャンパンは、きっと私のお茶より美味しいですわ。ルシアン様が飲まれてはいかが? あなたも、シャンパンがお好きでしたでしょう?」
「ああ、そうだな。今日は非番のようなものだ。ルシアンは近衛騎士だが、飲んでも構わない。私が許す。さあ、飲め。極上のシャンパンは美味しいぞ? 私の代わりに飲んでくれ」
王太子様は、にこやかな口調で、ルシアン様へ微笑みかけた。王太子様はそのシャンパンに媚薬が入っていることなど、もちろん知らない。善意からきた有無を言わさぬ圧に、ルシアン様はなんの言い訳もできずに、シャンパンを飲み干すしかなかった。
リリアーナはシャンパンを飲み干すルシアン様を、がっかりした表情で見つめていた。王太子様に飲んでほしかったのだから当然だろう。ルシアン様はそれが媚薬入りだとわかっているので、グラスを持つ手は震えていた。
(王太子様には平気で飲まそうとしたくせに、自分で飲むのは怖いのね。卑怯な人だわ。私が毒を飲んだ時に比べたら全然ましなのだから、さっさと飲みなさい)
そして、それからしばらくして、ルシアン様は――
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