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その場に居合わせた貴族たちは、私に好奇の眼差しを向けた。値踏みするような視線、面白がるような視線、そして――自分には関係ないと線を引いた、安全な距離からの視線。主催者の姉妹が公の場で言い争う光景など、彼らにとっては格好の夜会の余興なのだろう。
火の粉が自分にかからない限り、貴族たちは残酷なほど楽しんで、あとでその話題を何度でも出して、酒の肴やお茶菓子にする。誰も止めようとはしない。ただ、静かに見ているだけだ。
以前の私なら、ここで言葉を飲み込んでいたかもしれない。これ以上、空気を壊さないように、場を乱さないように。
けれど今回は違う。これは感情の言い返しではない。立場を、はっきりさせる場だ。自分の身は自分で守らなければならない。我慢しても損をするのは自分。
「私たち貴族は、王太子様をお支えする立場の臣下です。王太子様の健康を気遣い、お役に立つことも、私たちの務めではありませんか。それを、どうしてそのように歪んだ見方しかできないのです? そのような心こそ、恥じるべきですわ」
言い切った瞬間、場が静まり返った。そして遅れて、ぽつり、ぽつりと拍手が起こる。もっとも、それは称賛というより、正論に逆らえない者たちの、消極的な同意だった。王太子様を支えることが貴族の務め――この建前に、真正面から異を唱える者などいない。だから拍手はする。けれど、誰も前に出てはこない。
その空気を、読めない男がいた。私の婚約者、ルシアン様だ。こういうところが、妹のリリアーナとよく似ている。似た者同士で、実にお似合いだと思う。
「そんなふうに言わなくてもいいじゃないか。リリアーナがかわいそうだろう? それに、セシリアは最近、王太子様のお世話を焼きすぎだ。君は王太子様付きの侍女じゃない。公爵令嬢で、私の婚約者なんだぞ」
その言葉に、空気がわずかにざわめいた。
(違う。なぜ、リリアーナ様の味方をしているんだ? お前はセシリア様の婚約者だろう?)
誰もが、心の中でそう思ったはずだ。もちろん、この私も例外ではない。
「確かに、私はルシアン様の婚約者ですわ。ですが、その前に私は、王家に忠誠を誓うこの国の貴族です。王太子様の体調を良好に保つお手伝いをするのは、当然のことではありませんか?」
そこまで言ったところで、私の背後から、低く落ち着いた声が響いた。振り返らずとも分かる。この声は王太子様だ。
「ルシアン! セシリアが私の世話を焼いて、何が悪いのだ? お前の婚約者は、最高に素晴らしい女性だ。お前には、実にもったいないよ。セシリアは私に薬を調合してくれているだけだ。それを、婚約者だからといって、批判する権利があるとでも? 私とセシリアを疑っているのか?」
一歩づつ距離をつめ、言葉が進むごとに、空気が冷えていく。
「幼い頃から私のそばにいながら、今は近衛兵として仕えているというのに……なんて、情けない男なんだ」
ルシアン様は、怯えたように口をつぐんだ。これほど真っ向から否定されるとは、思っていなかったのだろう。
「私の行動が気に入らないのなら、どうぞ婚約破棄でも、なんでもなさってください」
私も、はっきりとそう告げた。ルシアン様と結婚する気など、今となっては微塵もない。
(リリアーナを好きな男。私を見殺しにした男。そんな人は願い下げよ。このまま破談になってしまえばいい!)
「淑女が、このような場で婚約破棄などと口にしてはいけません。はしたないですよ」
けれど、横から割り込んできたのは、母だった。この人は、いつもそうだ。公爵家としての体面、評判――そればかりを気にして、私がどう扱われているかなど見ていない。
「そうだぞ。リリアーナに対する言い方も、少しきつすぎだ。ルシアン様への発言も、女性らしさに欠ける。謝りなさい」
(……やはり、か)
驚きはなかった。ただ、胸の奥が静かに冷えただけ。王太子様は、信じられないものを見るような目で、私の両親を見つめた。
「セシリアが謝る必要は、一つもない。謝るのはルシアンだ。ルシアン、謝罪せよ」
するとルシアン様は渋々と頭を下げた。
「……王太子殿下に不敬な発言をしてしまい、誠に申し訳ございません」
「違う。セシリアにだ。そもそも、自分の婚約者を庇うのが筋だろう? なぜ、リリアーナの肩を持つ? 実に、おかしな男だな」
吐き捨てるように放たれたその言葉で、ルシアン様は、完全にこの場での立場を失ったようだった。 なぜならその場にいたご婦人たちが、皆口々にこう言ったからだ。
「確かに王太子様のおっしゃる通りですわ。自分の婚約者の味方もしないなんて……」
「セシリア様の妹を庇いましたわよ? どういうことなのかしら?」
「おかわいそうなセシリア様。婚約時代でこんなことでは、この先思いやられますわねぇ」
リリアーナにも冷たい視線が注がれたのだった。さすがのリリアーナも恥ずかしくなったのか、パタパタと夜会の場を去り、戻ってくることはなかった。ルシアン様も早々と自分の屋敷へと戻り、両親もそれ以上は口をつぐんでいたのだった。
そしてその数週間後、いつものように王宮の調合室で作業をしていると、今度は王妃様からお呼びがかかった。
火の粉が自分にかからない限り、貴族たちは残酷なほど楽しんで、あとでその話題を何度でも出して、酒の肴やお茶菓子にする。誰も止めようとはしない。ただ、静かに見ているだけだ。
以前の私なら、ここで言葉を飲み込んでいたかもしれない。これ以上、空気を壊さないように、場を乱さないように。
けれど今回は違う。これは感情の言い返しではない。立場を、はっきりさせる場だ。自分の身は自分で守らなければならない。我慢しても損をするのは自分。
「私たち貴族は、王太子様をお支えする立場の臣下です。王太子様の健康を気遣い、お役に立つことも、私たちの務めではありませんか。それを、どうしてそのように歪んだ見方しかできないのです? そのような心こそ、恥じるべきですわ」
言い切った瞬間、場が静まり返った。そして遅れて、ぽつり、ぽつりと拍手が起こる。もっとも、それは称賛というより、正論に逆らえない者たちの、消極的な同意だった。王太子様を支えることが貴族の務め――この建前に、真正面から異を唱える者などいない。だから拍手はする。けれど、誰も前に出てはこない。
その空気を、読めない男がいた。私の婚約者、ルシアン様だ。こういうところが、妹のリリアーナとよく似ている。似た者同士で、実にお似合いだと思う。
「そんなふうに言わなくてもいいじゃないか。リリアーナがかわいそうだろう? それに、セシリアは最近、王太子様のお世話を焼きすぎだ。君は王太子様付きの侍女じゃない。公爵令嬢で、私の婚約者なんだぞ」
その言葉に、空気がわずかにざわめいた。
(違う。なぜ、リリアーナ様の味方をしているんだ? お前はセシリア様の婚約者だろう?)
誰もが、心の中でそう思ったはずだ。もちろん、この私も例外ではない。
「確かに、私はルシアン様の婚約者ですわ。ですが、その前に私は、王家に忠誠を誓うこの国の貴族です。王太子様の体調を良好に保つお手伝いをするのは、当然のことではありませんか?」
そこまで言ったところで、私の背後から、低く落ち着いた声が響いた。振り返らずとも分かる。この声は王太子様だ。
「ルシアン! セシリアが私の世話を焼いて、何が悪いのだ? お前の婚約者は、最高に素晴らしい女性だ。お前には、実にもったいないよ。セシリアは私に薬を調合してくれているだけだ。それを、婚約者だからといって、批判する権利があるとでも? 私とセシリアを疑っているのか?」
一歩づつ距離をつめ、言葉が進むごとに、空気が冷えていく。
「幼い頃から私のそばにいながら、今は近衛兵として仕えているというのに……なんて、情けない男なんだ」
ルシアン様は、怯えたように口をつぐんだ。これほど真っ向から否定されるとは、思っていなかったのだろう。
「私の行動が気に入らないのなら、どうぞ婚約破棄でも、なんでもなさってください」
私も、はっきりとそう告げた。ルシアン様と結婚する気など、今となっては微塵もない。
(リリアーナを好きな男。私を見殺しにした男。そんな人は願い下げよ。このまま破談になってしまえばいい!)
「淑女が、このような場で婚約破棄などと口にしてはいけません。はしたないですよ」
けれど、横から割り込んできたのは、母だった。この人は、いつもそうだ。公爵家としての体面、評判――そればかりを気にして、私がどう扱われているかなど見ていない。
「そうだぞ。リリアーナに対する言い方も、少しきつすぎだ。ルシアン様への発言も、女性らしさに欠ける。謝りなさい」
(……やはり、か)
驚きはなかった。ただ、胸の奥が静かに冷えただけ。王太子様は、信じられないものを見るような目で、私の両親を見つめた。
「セシリアが謝る必要は、一つもない。謝るのはルシアンだ。ルシアン、謝罪せよ」
するとルシアン様は渋々と頭を下げた。
「……王太子殿下に不敬な発言をしてしまい、誠に申し訳ございません」
「違う。セシリアにだ。そもそも、自分の婚約者を庇うのが筋だろう? なぜ、リリアーナの肩を持つ? 実に、おかしな男だな」
吐き捨てるように放たれたその言葉で、ルシアン様は、完全にこの場での立場を失ったようだった。 なぜならその場にいたご婦人たちが、皆口々にこう言ったからだ。
「確かに王太子様のおっしゃる通りですわ。自分の婚約者の味方もしないなんて……」
「セシリア様の妹を庇いましたわよ? どういうことなのかしら?」
「おかわいそうなセシリア様。婚約時代でこんなことでは、この先思いやられますわねぇ」
リリアーナにも冷たい視線が注がれたのだった。さすがのリリアーナも恥ずかしくなったのか、パタパタと夜会の場を去り、戻ってくることはなかった。ルシアン様も早々と自分の屋敷へと戻り、両親もそれ以上は口をつぐんでいたのだった。
そしてその数週間後、いつものように王宮の調合室で作業をしていると、今度は王妃様からお呼びがかかった。
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