[完結]見殺しにされた私が助けるわけがないでしょう?

青空一夏

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 リリアーナが王宮に姿を見せなくなってから、作業は驚くほど、はかどっていた。余計な邪魔が入らないというだけで、これほど違うものなのかと思う。王妃様や王太子様の体調を考えた薬の調合にも集中でき、静かな一日が続いていた。このまま、何事もなく過ぎていけばいい――そんなことを考えながら、私は作業台に向かっていた。

 ところが、そんなある日。

「セシリア様。ヴァレンティア公爵家からお手紙が届いております」

 呼ばれて顔を上げ、差し出された封筒を見る。確かに、私の家からの手紙だった。けれど、わざわざ手紙を寄こされるような用件は、思い浮かばなかった。とりあえず封を切り、中身に目を通す。そこには、父が倒れたから至急帰るように、とだけ書かれていた。

(……帰らなきゃだめかしら。とても気が重いわ)

 私は王妃様と王太子様に手紙のことを申し上げ、ヴァレンティア公爵家へ向かうことにした。屋敷に着くと、寝込んでいるはずの父はサロンで元気にお茶を飲んでいた。その横には、今日は公休日だと言っていたルシアン様の姿もあった。母もそこにいて、リリアーナは私を睨みつけている。

「あの時、お姉様はかばってくれなかったわね。私が王妃様に叱られていた時よ」

 そう言ってリリアーナが責めれば、母もすぐに口を挟んだ。

「姉なんだから、そういう時には守ってあげるべきでしょう?」

「なるほど。文句を言うために私を呼んだんですね。仮病まで使うなんて、ずいぶん手が込んでいますわ」
 私はサロンを一瞥する。
「お父様もお元気そうですし、もう帰ります」

 その瞬間、父が私の前に立ちはだかった。

「お父様。これは一体どういうことでしょうか? そこをどいてくださいませ」

 ところが父はどくどころか、私を無理やり部屋に閉じ込めた。そこは確かに私の部屋だったけれど、今では物置のようになっていて、荷物で溢れていた。

「お姉様がいなかったから、私の使わないものを、ちょっと置かせてもらっているの。いいわよね。だって、お父様たちもいいって言ってたもの」
 リリアーナは悪びれもせず言った。そして、外から鍵がかけられた。

 しばらくして、扉の向こうから足音が聞こえた。現れたのは、たくさんの薬草を抱えた父とルシアン様。
「基本的な薬草は、すべて揃っているはずだ。王妃様や王太子様に薬を作るのはいい。だが、ヴァレンティア公爵家に金は入ってこない。だったら、金になるように他の貴族に売ろう。才能の無駄遣いだろう?」

「王妃様のもとでは、それ相応の待遇を受けています。必要なものは王宮から支給されますし、不自由のない生活を送っていますわ。私はそれで十分です」

 父は鼻で笑った。
「そんなものでは、ヴァレンティア公爵家のためにならん。お前は素晴らしい才能を持っているのだ。ならば、我が家のために薬を作れ。あっという間に大金持ちだ」

「嫌です!私は助けたい人を助けているんです」

 父は顔を歪め、苛立ちを隠そうともせず言い放つ。
「作らないなら食事は抜きだ。侍女もつけない。それどころか、メイドがするような仕事をすることになるんだぞ。おまえは洗濯などしたこともないだろう?」

 続いて、ルシアン様が私を見て口を開いた。
「セシリア。君はヴァレンティア公爵家の跡継ぎだろう? 父親の言うことは、ちゃんと聞くべきだよ」

 父とルシアン様は、私を閉じ込めて薬を作らせたいようだった。けれど、私はこの公爵家のために薬を作るつもりはない。その結果、夕食は与えられず、家族が食べ終えた後の食器を洗わされた。さらに、汚れた衣服まで積み上げられ、夜遅くまで洗濯物と格闘することになった。
 
 それでも――私は、薬を調合しなかった。

 明け方。まだ皆が寝静まっていて、外は少し暗い。隙を見て屋敷を抜け出し、王宮へと逃げ込んだ。昨日の格好のままで髪も乱れていたため、自分に与えられた部屋へ戻って着替え、ほんの少し休む。それから、いつも通り調合室へ向かい、王太子様のお茶を作った。時間を見計らって執務室にお茶を運ぶと、途端にお腹がきゅるきゅると鳴った。

「お腹が空いているのかい? それに、もう戻ってきたなんて早すぎるな。ヴァレンティア公爵は大丈夫だったのかい?」

「昨日から食事をとっていなくて……つい、お腹が鳴ってしまいました。お恥ずかしい限りですわ」

 私は目を伏せ、困ったように微笑んだ。王太子様は私の手を見つめ、声を上げた。

「手が赤い。ちょっと見せてくれ。どうしたんだい? すっかりガサガサじゃないか」
 王太子様は私の手をとって、そっと撫でた。心配そうに眉を寄せて。

「これは……慣れない水仕事をしたからですわ。昨夜は皆が使った食器や、洗濯物をしていましたので」

「は? 公爵令嬢が洗い物? なぜだ?」

 訝しむ王太子様に、私は実家での出来事を話した。両親のことを口にするうちに、自分でも情けなくなり、気づけば目に涙が滲んでいた。

「甘いものを用意してくれ。すぐにだ。暖かい紅茶も」
 王太子様は控えていたメイドにそう命じると、私をソファーに座らせ、湯気の立つ紅茶を前に置いた。

「昼食までにはまだ間がある。先に口にしておくといい。薬は自分で作れるだろう? 後で、ちゃんと手に塗っておくように」

 その声は優しくて私を気遣うようだった。
 この方のそばにいると、自然と肩の力が抜ける。
 私は温かい紅茶を口に含み、安堵のため息をついた。
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