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29 追い詰める……けれど
――時は少し遡る。リリアーナが教会に行く前の出来事である。
私はエルファ公爵家に招かれていた。そこにはエルファ公爵家の派閥の貴族たちが集う。
「こちらはセシリア・ヴァレンティア公爵令嬢ですわ。何の罪もなく研究棟に閉じ込められて……しかもその発端となったのは実の妹です。以前から申し上げていた通り、エルファ公爵家はセシリア様の味方です!」
凛とした声が大広間に響く。はっきりとした宣言だった。居並ぶ貴族たちが神妙な顔で頷いた。
少し前まで腕が上がらず困っていたエルファ公爵も、私の薬のおかげで今は不自由なく動かせるようになっている。そのため夫人の言葉に大きく頷き、ひと言添えた。
「セシリア様に害をなす者は、エルファ公爵家が許さん!」
その後は、和やかにお茶会が続いた。私は派閥の方々と順に言葉を交わし、美容液を望む方には適正な価格で譲り、体調に不安を抱える方には「薬を処方いたしましょう」と請け負った。数日もすれば、お礼の手紙が届く。あるいは直接、感謝の言葉を告げに来る方もいた。
リリアーナとルシアン様が周りの人々から相手にされない日々を過ごしている間、ずっと私は薬の他に、化粧品も作り続けていた。保湿クリームや、 リップクリームなどだ。多くの方があまりにも欲しがるので、王妃様にお願いして販売会を開いていただくことになった。
――販売会当日。
王宮の大広間が会場となり、ほとんどの貴族が集まった。まるでお祭りのような賑わいだ。王妃様をはじめ、陛下や王太子様までご出席なさり、社交界の重鎮方も顔を揃えていた。
私は家族やルシアン様にも招待状を送っていた。それは、私がある宣言をするためだ。彼らは私の姿を見つけるなり、すぐに近づいてきた。
「お姉様、聞いてください。最近、皆から無視されています。なんでなのかしら? お姉様から言ってよ。妹を無視するな、って。だってお姉様、こんなに人気があるのでしょう?」
「リリアーナ、あなたのしてきたことをよく考えてみて。私があなたを助けると思う? ところで、ルシアン様に宣言したいことがありますの。よろしいかしら?」
「何かな?」
ルシアン様は不思議そうに首を傾げた。
私は小さく息を吸い込むと、大広間全体に響くよう声を張り上げた。
「私、セシリア・ヴァレンティアは、国王陛下の御前にて、ルシアン・クロコード様との婚約を破棄いたしますわ!」
場が一瞬、静まり返った。
「え? どういうことだい? 婚約破棄なんて認められないぞ。私には何の落ち度もないじゃないか」
「私を助けるべき場面で、あなたは何度も私を裏切ってきました。婚約者である私を守らず、その妹ばかりを庇う。それでも婚約破棄の理由として足りないとおっしゃるの?」
周囲の貴族たちがざわめいた。
しかし次の瞬間、彼らは一斉に私の側へと移動する。王妃様を筆頭に、この場の空気は完全に私へと傾いていた。
さらにエルファ公爵夫人が、派閥の貴族たちに呼びかける。
「私はセシリア様の味方ですわ! セシリア様が婚約破棄なさるのも、もっともではありませんか?」
「もちろんですわ」
「むしろ、もっと早く破棄してもよかったほどです!」
誰も異論は挟まない。他派閥の有力貴族までも、すでに私の側に取り込んでいるのだから。
「……私にはセシリアが必要なんだ。リリアーナは守ってやりたい存在なだけさ。だが、妻となるなら君のほうがふさわしい。君は感情で騒がず、家を守り、私を支えられる。子を産み、社交をこなし、家名を安定させる――そういう役目はセシリアが担うべきだろう?」
ルシアン様は都合のいい言葉を並べた。
「私には宮廷薬師という仕事と、夫人方のお肌を守る使命がありますの。ですから、ヴァレンティア公爵家は継ぎませんわ」
当然のように答えた。
すると、私の隣で声がした。王妃様だ。
「全く妻をなんだと思ってるのかしら……セシリアを子供を産ませる使用人とでも思ってるの?」
王妃様はこめかみに指先を当て、小さく息をついた。
「妻以外の女性を守りたい、ですって? そんな男性は、セシリア様に相応しくありませんわ!」
エルファ公爵夫人は扇子で口元を隠した。その目だけが、冷たく細められる。
けれど、ルシアン様は自分が女性たちに嫌悪されている意味が、わからないらしい。
「どちらも、私にとっては大事な女性なのに。なぜ、そんなに責められなければいけないのだろう」
本気で悩んでいる。手を顎の下に当てて首を傾げていた。
「お姉様はやきもちを焼いているのね。安心して。私はルシアン様の妻になりたいと思ったことはないわ。クロコード侯爵家の三男でしょう? 爵位は継げない。しかも、今は第四騎士団の雑用係なのよ」
クスクスとバカにしたように笑う。こういう子なのよ。ルシアン様の顔色が悪い。
(まだ、リリアーナの本性が、わかっていなかったのかしら?)
「リリアーナ、ひどいよ。私が近衛騎士を外されたのは、君のせいでもある」
「能力のない人って、悪いことがあると、すぐに人のせいにするのよね。私は何の関係もないと思いますわ!」
喧嘩をしだした二人に、周りの貴族たちは軽蔑の目を向けていた。
「こんなところで、未来の夫に喧嘩を売るなんて良くないわ、 リリアーナ」
私は、にっこりと微笑む。
「未来の夫? 何、わけのわからないことを言ってるのよ!」
途端に、リリアーナは噛みついてきた。
私は、二人がいかにお似合いかを、リリアーナへ説明してあげた。
これまで幾度となく、リリアーナばかりを守り続けてきたルシアン様。
それを当然のように受け取り、疑いもしなかったリリアーナ。
そして、その歪んだ関係を正そうともしなかった両親。
「これほどまでに調和の取れた組み合わせは、他にないですわ。二人は結ばれるべき運命なのです! 是非、王様におかれましては、王命で二人の結婚をまとめていただきたいです。皆様も賛成してくださるでしょう?」
盛大な拍手が鳴り響く。
王様は周囲を見渡し、その声が収まるのを待ってから口を開いた。
「では、ここに、セシリア・ヴァレンティアからルシアン・クロコードへの婚約破棄を認める! そして、ルシアンとリリアーナは夫婦となり、領地で静かに暮らすことを命じる!」
はっきりと王命が下された。
そんな中では、私の両親も文句ひとつ言えなかった。
「……そ、そんな嫌よ。私、ルシアン様が好きなわけじゃないもの。お慕いしていたのは、ずっと王太子様なのに!」
リリアーナは王太子様に縋ろうとした。
けれど、王太子様はその手を冷たく払いのける。
「セシリアを貶めるような女性を、私が妃に迎えることは、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
その声には強い嫌悪感が込められていた。
令嬢達の間からクスクスと笑いが漏れる。
「身の程知らずですわ」
「あの方が王太子妃? この国が滅びますわ」
夫人達も眉を潜め、冷ややかな視線を向けた。
「リリアーナ。諦めなさい。もうあなたに縁談は来ないし、夜会やお茶会の招待状も届かないわ。残された道はひとつだけよ。ルシアン様と結婚し、領地で静かに暮らすこと。今までルシアン様を散々利用してきたのだから、最後まで彼に守ってもらいなさい」
私は静かに言い放つ。
( 意地悪をしている自覚はあるわ。でも、それだけのことをリリアーナはしてきたのよ。……あのとき……体を焼くように巡った毒の苦しみを思えば、まだ手ぬるい。でも……私の前から消えてくれれば、それでいいわ)
ルシアン様とリリアーナは結婚し、領地に居を移した。私の両親も一緒だった。なぜなら、王都にいても誰にも相手にされなかったから。
とりあえずこれ以上、私に関わってこないように、領地へ封じ込めることには成功した。けれど、あのしつこいリリアーナのことだ。また何か仕掛けてくるかもしれない。なので、王太子様に相談して、リリアーナには監視をつけてもらった。
そして“やはり”というべきか――リリアーナの性根が腐っていたことを、この後、私は知ることになるのだった。
私はエルファ公爵家に招かれていた。そこにはエルファ公爵家の派閥の貴族たちが集う。
「こちらはセシリア・ヴァレンティア公爵令嬢ですわ。何の罪もなく研究棟に閉じ込められて……しかもその発端となったのは実の妹です。以前から申し上げていた通り、エルファ公爵家はセシリア様の味方です!」
凛とした声が大広間に響く。はっきりとした宣言だった。居並ぶ貴族たちが神妙な顔で頷いた。
少し前まで腕が上がらず困っていたエルファ公爵も、私の薬のおかげで今は不自由なく動かせるようになっている。そのため夫人の言葉に大きく頷き、ひと言添えた。
「セシリア様に害をなす者は、エルファ公爵家が許さん!」
その後は、和やかにお茶会が続いた。私は派閥の方々と順に言葉を交わし、美容液を望む方には適正な価格で譲り、体調に不安を抱える方には「薬を処方いたしましょう」と請け負った。数日もすれば、お礼の手紙が届く。あるいは直接、感謝の言葉を告げに来る方もいた。
リリアーナとルシアン様が周りの人々から相手にされない日々を過ごしている間、ずっと私は薬の他に、化粧品も作り続けていた。保湿クリームや、 リップクリームなどだ。多くの方があまりにも欲しがるので、王妃様にお願いして販売会を開いていただくことになった。
――販売会当日。
王宮の大広間が会場となり、ほとんどの貴族が集まった。まるでお祭りのような賑わいだ。王妃様をはじめ、陛下や王太子様までご出席なさり、社交界の重鎮方も顔を揃えていた。
私は家族やルシアン様にも招待状を送っていた。それは、私がある宣言をするためだ。彼らは私の姿を見つけるなり、すぐに近づいてきた。
「お姉様、聞いてください。最近、皆から無視されています。なんでなのかしら? お姉様から言ってよ。妹を無視するな、って。だってお姉様、こんなに人気があるのでしょう?」
「リリアーナ、あなたのしてきたことをよく考えてみて。私があなたを助けると思う? ところで、ルシアン様に宣言したいことがありますの。よろしいかしら?」
「何かな?」
ルシアン様は不思議そうに首を傾げた。
私は小さく息を吸い込むと、大広間全体に響くよう声を張り上げた。
「私、セシリア・ヴァレンティアは、国王陛下の御前にて、ルシアン・クロコード様との婚約を破棄いたしますわ!」
場が一瞬、静まり返った。
「え? どういうことだい? 婚約破棄なんて認められないぞ。私には何の落ち度もないじゃないか」
「私を助けるべき場面で、あなたは何度も私を裏切ってきました。婚約者である私を守らず、その妹ばかりを庇う。それでも婚約破棄の理由として足りないとおっしゃるの?」
周囲の貴族たちがざわめいた。
しかし次の瞬間、彼らは一斉に私の側へと移動する。王妃様を筆頭に、この場の空気は完全に私へと傾いていた。
さらにエルファ公爵夫人が、派閥の貴族たちに呼びかける。
「私はセシリア様の味方ですわ! セシリア様が婚約破棄なさるのも、もっともではありませんか?」
「もちろんですわ」
「むしろ、もっと早く破棄してもよかったほどです!」
誰も異論は挟まない。他派閥の有力貴族までも、すでに私の側に取り込んでいるのだから。
「……私にはセシリアが必要なんだ。リリアーナは守ってやりたい存在なだけさ。だが、妻となるなら君のほうがふさわしい。君は感情で騒がず、家を守り、私を支えられる。子を産み、社交をこなし、家名を安定させる――そういう役目はセシリアが担うべきだろう?」
ルシアン様は都合のいい言葉を並べた。
「私には宮廷薬師という仕事と、夫人方のお肌を守る使命がありますの。ですから、ヴァレンティア公爵家は継ぎませんわ」
当然のように答えた。
すると、私の隣で声がした。王妃様だ。
「全く妻をなんだと思ってるのかしら……セシリアを子供を産ませる使用人とでも思ってるの?」
王妃様はこめかみに指先を当て、小さく息をついた。
「妻以外の女性を守りたい、ですって? そんな男性は、セシリア様に相応しくありませんわ!」
エルファ公爵夫人は扇子で口元を隠した。その目だけが、冷たく細められる。
けれど、ルシアン様は自分が女性たちに嫌悪されている意味が、わからないらしい。
「どちらも、私にとっては大事な女性なのに。なぜ、そんなに責められなければいけないのだろう」
本気で悩んでいる。手を顎の下に当てて首を傾げていた。
「お姉様はやきもちを焼いているのね。安心して。私はルシアン様の妻になりたいと思ったことはないわ。クロコード侯爵家の三男でしょう? 爵位は継げない。しかも、今は第四騎士団の雑用係なのよ」
クスクスとバカにしたように笑う。こういう子なのよ。ルシアン様の顔色が悪い。
(まだ、リリアーナの本性が、わかっていなかったのかしら?)
「リリアーナ、ひどいよ。私が近衛騎士を外されたのは、君のせいでもある」
「能力のない人って、悪いことがあると、すぐに人のせいにするのよね。私は何の関係もないと思いますわ!」
喧嘩をしだした二人に、周りの貴族たちは軽蔑の目を向けていた。
「こんなところで、未来の夫に喧嘩を売るなんて良くないわ、 リリアーナ」
私は、にっこりと微笑む。
「未来の夫? 何、わけのわからないことを言ってるのよ!」
途端に、リリアーナは噛みついてきた。
私は、二人がいかにお似合いかを、リリアーナへ説明してあげた。
これまで幾度となく、リリアーナばかりを守り続けてきたルシアン様。
それを当然のように受け取り、疑いもしなかったリリアーナ。
そして、その歪んだ関係を正そうともしなかった両親。
「これほどまでに調和の取れた組み合わせは、他にないですわ。二人は結ばれるべき運命なのです! 是非、王様におかれましては、王命で二人の結婚をまとめていただきたいです。皆様も賛成してくださるでしょう?」
盛大な拍手が鳴り響く。
王様は周囲を見渡し、その声が収まるのを待ってから口を開いた。
「では、ここに、セシリア・ヴァレンティアからルシアン・クロコードへの婚約破棄を認める! そして、ルシアンとリリアーナは夫婦となり、領地で静かに暮らすことを命じる!」
はっきりと王命が下された。
そんな中では、私の両親も文句ひとつ言えなかった。
「……そ、そんな嫌よ。私、ルシアン様が好きなわけじゃないもの。お慕いしていたのは、ずっと王太子様なのに!」
リリアーナは王太子様に縋ろうとした。
けれど、王太子様はその手を冷たく払いのける。
「セシリアを貶めるような女性を、私が妃に迎えることは、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
その声には強い嫌悪感が込められていた。
令嬢達の間からクスクスと笑いが漏れる。
「身の程知らずですわ」
「あの方が王太子妃? この国が滅びますわ」
夫人達も眉を潜め、冷ややかな視線を向けた。
「リリアーナ。諦めなさい。もうあなたに縁談は来ないし、夜会やお茶会の招待状も届かないわ。残された道はひとつだけよ。ルシアン様と結婚し、領地で静かに暮らすこと。今までルシアン様を散々利用してきたのだから、最後まで彼に守ってもらいなさい」
私は静かに言い放つ。
( 意地悪をしている自覚はあるわ。でも、それだけのことをリリアーナはしてきたのよ。……あのとき……体を焼くように巡った毒の苦しみを思えば、まだ手ぬるい。でも……私の前から消えてくれれば、それでいいわ)
ルシアン様とリリアーナは結婚し、領地に居を移した。私の両親も一緒だった。なぜなら、王都にいても誰にも相手にされなかったから。
とりあえずこれ以上、私に関わってこないように、領地へ封じ込めることには成功した。けれど、あのしつこいリリアーナのことだ。また何か仕掛けてくるかもしれない。なので、王太子様に相談して、リリアーナには監視をつけてもらった。
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