諦めることを諦めてみた

ゆい

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付き人編

3

僕たちがホッと一安心したところで、皇子殿下と中年男性、カートを押した侍従が部屋に入ってきた。
中年男性の身なりが良いので、多分高位貴族、もしくは高官なのだろう。
尚様、大司教は座ったままだけど、ロア様と僕は立ち上がり、胸に手を置き、頭を下げる。

皇子殿下と中年男性がソファに座る。

「頭を上げて、座ってくれ」

と、皇子殿下に言われて、ロア様と頭を上げて、ソファに座る。

「ネメティスは初めて会うな。この人は、この国の宰相をしているアウグストだ」

「はじめまして、宰相のアウグストです」

と、柔らかな笑みで自己紹介をしていただいた。
僕は急いで立ち上がり、

「ユーク=ネメティスです」

と、頭を下げて名乗った。
僕の記憶にあるアウグストという家名は、この国では公爵位に位置して、歴史は建国前より存在して、千年以上続いていると習った。
そして、公爵令嬢の父上だ。

「緊張しなくても大丈夫だから、まずは座りなさい」

宰相から優しく声をかけていただいた。
僕は再びソファに座る。
侍従は主人の場の空気を読みながら、琥珀色の紅茶を配った。
ただテーブルにカップを置くだけなのに、流れるような無駄のない綺麗な所作で、僕は思わず魅入ってしまった。
僕は侍従に気を取られてしまい、宰相の軽い咳で、宰相のほうを慌てて向いた。

「ウィリアム殿下よりお話を伺いました。……困りましたね、貴族でありながら、洗礼の儀を受けさせていないとは」

宰相は深い溜息を吐く。
僕は意味がわからなかった。『貴族でありながら』とは?
でも、宰相も怒っているから、やっぱり良くないことなのかな、とも考える。
僕が首を傾げていると、皇子殿下が教えてくれた。

「ネメティス、貴族は特権階級であるから平民より良い暮らしができる。でもそれと同時に国を守る義務が生じるのは、わかっているね」

「はい」

僕は、こくんと頷く。

「災害や敵国が攻めてきた時には、国を守らないといけない。でも貴族の中では、騎士や冒険者のように鍛えていない者もいる。さて、どう国を守る?」

「……魔法です」

「そう、魔法だ。貴族によっては、魔法も得意・不得意な属性がある。例えば、水魔法が使えない貴族の領土で、大火事が起きた際にどう消火する?ネメティスなら、全部燃え尽きるのを待つかい?」

「ううん、助けられる力があるなら、助けたい」

僕は首を振り、両拳に力を入れて答えた。

「ん。……でも、井戸の水が枯れるまで消火活動をしても、火が消えてくれない。こんな時にもっと水があったら、もし水魔法が使える人がいてくれたら、って人は考えてしまうものだ。だから、国で足りないところを補うために、貴族の魔法適性を知っておき、その地に必要な人材を派遣をしなくてはいけないんだよ。なら、その適性をどうやって知る?」

「……あ、洗礼の儀だ」

「そう、教会から報告を受けて、学園で適性魔法の能力を伸ばし、国を守る力をつけてもらうんだよ。そのために、貴族の通う学園に魔法の授業があるのだからね。実地訓練が始まる前に、始まってからも、学年が上がってもこの話は、教師からしつこいほど聞くことになるんだけどね」

「……僕の家は、義務を果たしていない、ということですか?」

「まぁ、そうなるかな」

皇子殿下は少し困った顔をした。

「ユーク、洗礼の儀は貴族なら魔法適性、平民なら戸籍の意味合いがあるんだ。この世界、役場なんてないから戸籍なんてものは存在しないんだ。……乳幼児の生存率も高い方ではない世界だから、7歳まで無事に育ったお祝いの意味も兼ねているんだよ。もちろん、そればかりでなく、平民で魔法を使える子がいたら、教会で教わるように指導もしているし。暴発なんてしたら、その子も周りも大変なことになっちゃうし」

神子様は追加で僕に分かりやすく、洗礼の儀の意味を教えてくれた。

「それで、ネメティス。君を一旦、皇宮で保護をする。伯爵が貴族の義務を放棄したことは、国に対して義務を果たしていないと同じだ。これについては伯爵を呼び出さないといけない。しかし今、君と伯爵と顔を合わせたら、君は自分が悪いことをしたと思い込ませられるだろうし、今後生家での扱いも、もっと酷くなるだろう。だから、君と家族を引き剥がす」

皇子殿下は、あの家族から僕を保護すると言ってくれた。
それは今までなかった出来事だ。
他人が僕を助けようとしてくれたことは、今までなかったから。

「形式上、皇宮で保護はするけど、神子様と一緒に教会で生活をしてもらう。こういう時の管轄は、教会の方が向いているからね。それに神子様は君と一緒にいることを望んでいるし、教会で神子様と一緒なら、家族すら君に手出しは出来ないしな」

確かに皇宮から僕の件で呼び出されて、処罰なんかされたら、更に酷い扱いをされることはわかる。
でも、僕が家族から離れようとすると、すぐに連れ戻される。
いくら隠れても、何故かすぐに見つかる。そして、今度は何処にも行かせないように、監禁をされる。酷い時は、足首に鎖で繋がれたこともあった。
また今回もそうなると思うと怖い。
あの家族の元に戻されることが確定しているようで、怖い。

「ネメティス様、教会は、助けを求める全ての人に開かれた場所です。神子様が望んでいても、あなた自身が我々に助けを求めなければ、神子様の我儘になってしまいます。それは神の本意ではないでしょう。あなた自身、どう望みますか?」

大司教が僕の気持ちを尊重すると言う。
どうしようと悩んでいたら、尚様とロア様が両隣から僕の手を握ってくれた。
二人の顔をそれぞれ見れば、頷いてくれた。僕を助けたいていう気持ちが伝わってくる。それに、二人の真っ直ぐな眼差しが、僕の背中を押してくれる。

「僕……、家族から離れられるなら、離れたいです。……もう、お腹が空くのも、痛い思いをするも、自ら命を絶つことも、やだ、もう、やりたくない、もう、苦しいこと、したくない。……僕も、僕も、大事にしてもらいたい。愛して、もらいたかった」

僕は意を決して、気持ちを伝える。

僕も、家族団欒の時間を過ごしてみたい。
僕も、一緒に買い物に行ってみたい。
僕は、兄として弟を助けられる存在になりたかった。
僕も、子どもとして愛情が欲しかった。
どれも叶わないから諦めた。諦めたはずなのに、心が苦しい。

途中から、苦しく惨めな記憶が蘇り、涙が溢れて辿々たどたどしい話し方になってしまった。けれど、誰も何も言わずに、僕の気持ちを聞いてくれた。
自分の気持ちを言い切ったら、『頑張った』と、尚様とロア様からぎゅっと手を握られる。二人の手の温かさが、僕をさらに泣かせた。





僕は、泣き疲れて眠ってしまった。
身体は疲れて眠って動けないけど、意識はしっかりとあり、みんなの話を聞いていた。
ロア様が僕の涙を拭いて、膝に頭を寝かせて、頭を撫でてくれる。
侍従がブランケットを僕にかけてくれる。

「ネメティス様、寝ちゃいましたね」

と、大司教が言う。

「まぁ、今日泣くのは2回目だし、疲れたんだろう」

と、神子様は、僕が学園でも泣いていたことを暴露する。

「……一つ、わからないのですけど」

と、宰相が尚様に質問をする。

「彼は『自ら命を絶つ』と言っていましたけど、普通に9歳の子が、しますか?」

「それは私も気になった」

と、皇子殿下も疑問に思ったらしい。

「ああ、それは俺たちも詳しくは聞いていないけど、ユークは生まれ変わる度に、前世の記憶を覚えているみたいなんだよ」

と、尚様が言う。

「一番古い記憶では、家族からの扱いが酷くて、生きることを諦めたって言ってました。その一番古い記憶に、アイドル?をしていた神子様を知っているそうです」

ロア様が補足説明をしてくれた。
尚様は、『疑問形にするな!アイドルは立派な職業だ』とロア様に怒っている。

「……なるほど。だから神子様の名前を知っているのですか。……もしかして、生まれ変わる度に、自ら……」

と、大司教。

「話の流れでは、……そうなるのかな?」

「直接的には言いませんでしたけど、『記憶を思い出す度に、生きることを諦めた』って言ってましたから」

ロア様は、昨日の馬車の中の会話をしっかりと覚えていた。

「……痛ましいお話ですね。神からの試練にしては、あまりにも残酷です」

大司教は沈んだ声で言う。

「だから、教会で詳しい話を聞こう。俺と一緒にいることで、浄化が作用して、少しは悪い縁を切れたらいいなって、思うんだ」

神子様はそんなことを考えていたらしい。

「ユークは欲がないからな。私たちを困らせるくらいに、我儘が言えるようになる頃には、生きることを諦めるなんて、考えないだろう」

ロア様は、優しく優しく頭を撫でてくれる。

自然に流れる雫で、ロア様の膝を濡らしてしまった。
僕が起きた時にそのことに気が付き、謝ったら、笑って許してくれた。
ロア様の懐の深さには、僕は昨日から助けてもらってばかりだ。







「ところで神子様のお名前は、ミャオォ様なのですね」

大司教が尚様の名前の確認をしてくる。どうしても、『ナ』が『ミャ』に聞こえているらしい。

「いやいや、ナ・オだよ」

尚様は訂正をしてくる。

「ミャ・オン様ですよ」

宰相も正確に聞き取れないでいるみたい。

「だぁかぁらぁ、なんで俺の名前は猫の鳴き声に聞こえるの⁈俺、猫は好きだけど、なる予定はないよ!」

ここでも尚様の名前を言える人はいなかった。

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