何もしない悪役令息になってみた

ゆい

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番外編

side アイン

私の母は、私の顔を知らない。
でも、私は母の端正な顔立ちも、綺麗な紫色の瞳も好きだ。
私に向けて柔らかく微笑み、高くもないけど低くもない、聞いていて心地良い声で、私の名前を呼んでくれることも好きなんだ。
私の顔を知らないことは、些末なことにしか思わなかった。





母は幼い頃流行病により、視力を失った。
父に聞いたところ、母は視力を失うまで、それは素晴らしい絵を描いていたそうだ。
実家から嫁入りの際に、何点かの絵画を帝国に持ち込んでいた。
それは、離宮にある父と母の部屋に飾られている。
私も毎日見ている絵であったので、母が描いたものだと知った時、驚きのあまりに『嘘だぁ』と言い続けてしまった。
母は少し困り顔をしていて、父は少し怒り気味。シリルに至っては、冷めきった眼で私を見ていた。
シリルは私に対して厳しすぎやしないかい?!
それに、5歳の子が描く絵ではないでしょ!!
私は母を困らす気はなかった。でも、母の少し淋しそうな顔が私の心を痛くする。
私は思わず、部屋から飛び出してしまった。






「で、オルクス様とシリルに怒られて家出してきたと。」

私は、皇宮の従兄弟のオレーロの部屋に来ていた。一つ上のオレーロは私の兄的存在だから、父やシリルに怒られると決まってオレーロの元に逃げ込んでいた。

「…だって、父上もシリルも母上が描いたって言うから。常識的に考えて、ありえないよ。」

「でも、リアム様に幼い時から付きっきりのシリルが言うんだから、嘘ではないんでないかい?」

「……わかっているよ。嘘でないことくらい。でもさ、私には、母上のような才能はないよ。それに父上のように剣術も得意ではないし。」

「……アインは、まだ将来を決められない?もう10歳だよ?」

「……本当は薬師になりたいんだ。でも、皇族がなる職業じゃないって、家庭教師に言われた。」

「なんで?薬師も大事な仕事だと思うけどな?」

「私が父上と母上の子だから、…みんな、皇帝になることを望んでいるんだよ。」

血筋からいって、大お祖母様の次にルキゥール皇族の血が濃いのは、アインだった。
皇帝は、血の濃さで決まる場合が多い。
皇弟の子である私は、皇帝の息子であるオレーロやその兄ムルトより、継承権の順位は高い。

「アインは争い事が苦手だからね。」

「皇帝になりたくないなら、皇妃としてムルトに嫁げば良いとまで言われた。」

「…ちょっと待って、それは誰に言われた?オルクス様もリアム様もそんなことは言わないだろ?」

「…家庭教師や皇宮の大人達。」

「それはきちんとオルクス様に伝えよう。兄上に嫁げなんて、私が許せないよ。」

「…なんで、オレーロは怒っているの?」

「いや、…怒ってないよ。……まだ、内密なんだけど、兄上の婚約者が決まったよ。アダマス王国の王弟の次男だよ。アインとは従兄弟に当たるね。」

「…知らなかった。でも私はアダマスに行ったこともないから、従兄弟と言っても知らない人だよ。」

「うん、アインは幼い頃は病弱だったから、離宮からあまり出れなかったもんね。」

「そっか、ムルトに婚約者が決まったんだ。おめでとう。」

「うん、兄上に伝えておくよ。兄上が終わったから、次は私かな。」

「オレーロも、誰かと婚約するの?」

「学園卒業までには、するんだろうね。皇族の務めはしないとだから。……アインだと嬉しいな。(小声)」

オレーロの婚約者の選定が始まるらしい。オレーロが決まったら、次は私。私の知らないところで、私の将来が決まって行くようで、気が沈む。
オレーロの小声は、アインの耳には入らなかった。

「……そっか。…私は帰るね。父上に相談できたら、してみるよ。」

「アイン?」

「話を聞いてくれて、…ありがとう。」

私は足早に、オレーロの部屋から立ち去った。







王宮から離宮に戻り、私は自室に閉じ籠もってしまった。
朝晩との食事の時間になっても、私は部屋から出てこなかったので、心配した母が翌日の昼過ぎに部屋まで来てくれた。
トントンと部屋をノックされ、

「アイン。お菓子持って来たから、一緒に食べないかい?」

と声を掛けてくれた。
私はドアの鍵を開け、少しだけ開けて、母以外の誰もいないことを確認する。
母からお菓子の皿を受け取り、母の手を引いて、部屋に招き入れると、また鍵を閉める。
母をソファに座らせて、隣に私も座る。

「料理長がね、アインの好きなアップルパイを作ってくれたよ。シナモン抜きのカスタードクリームがたっぷりのアップルパイだよ。」

「……母上、母上は絵のこと、怒っていない?」

私はこの前の絵画の話をする。

「怒ってないよ。でも、確かに5歳が描く絵ではないよね。……あの頃は、色々と記憶を思い出した頃でね、とにかく絵を描きたかったんだ。」

「…きお、く?」

「……そう、記憶。…オルクス様にも内緒の話なんだけど、アインだけに教えてあげるよ。」

母が【神の国の記憶】持ちだったことを教えてもらった。
父にも内緒にしていたのは知らなかった。
母曰く、【神の国の記憶】は前世の記憶で、母は前世では、絵を描くことが大好きだったそうだ。
記憶を取り戻してから、前世に引っ張られて、部屋に閉じこもって絵ばかりを描いていたそうだ。

「部屋に飾ってある私の部屋から見た庭園の風景画も、赤いバラの静物画も、記憶が戻ってすぐに描いたものだから、私からしたら拙いものでしかないよ。公爵家にまだ飾ってあるかどうかわからないけど、父と母の肖像画は一番上手く描けたと思っている。オルクス様が初めて見た時は本当に驚いていたよ。」

ふふっと笑いながら、当時を懐かしそうに母は語ってくれた。

「…目が見えなくなって、視力を失って、私は生きる意味ってあるのかなって思った。…気がついたら、ナイフを首元にあてていた。」

「!!」

「ルー兄様にナイフを叩き落されて、父に抱きしめられて、泣けるだけ泣いた。あとから思えば、ナイフって言ってもペーパーナイフだから、殺傷能力なんてないのにね。」

「…母上は、今も、絵を描きたいの?」

「描けるなら描きたいね。私はオルクス様もアインの顔を知らないんだよ。見えたら、毎日のように描きたいね。私の大好きな人達だもん。視力さえあれば、飽きることはなく、本当に毎日描いていると思うよ。」

「…ははうえ。」

私は思わず隣に座っている母に抱きつく。
母は私が急に抱きついてきたから驚いた様子だったが、すぐに背中を優しく撫でてくれた。
母がこんなにも父や私の顔を見たがっていたとは知らなかった。
個人を特定するまで極めた探査魔法。それでも顔だけはわからないと、困ったように言っていた母。
でも本当は、苦しい思いをしていたとわかって、思わず母に抱きついてしまった。

「アインも好きなことをしていいんだよ。私なんて公務ができないからって、調香師まがいのことをして、毎日楽しく過ごしているくらいなんだから。皇族の務めというなら、健康で毎日楽しく過ごした方が、魔力が増えて、国土が、大陸が豊かになる。その方が、みんなには良いと思わない?」

「…でも……。」

「本当に自分のやりたいことをしていいんだよ。それで文句を言う奴がいたら、私が黙らせるからね。血筋でいけば、今の皇帝陛下(オステオン様)より、私の方が継承権が高かったんだから。今、継承権1位のアインが、絶対に皇太子になって、皇帝になるってことはないんだから。」

「…うん。」

「もし、心配なら、弟を作ろうか?それなら、アインの肩の荷も半分は減るだろう?」

「へ?!」

「うん、それがいいね。早速オルクス様に相談しなくちゃ。」

と、母は名案を閃いたと、立ち上がり、父の元に行こうとする。
母は即行動派だった。

「私の分のアップルパイは食べていいからね。それと、きちんと食事の時間には来ること。アインの声が聞こえないと、淋しいからね。やっぱり、食事は家族で食べたいから。」

そう言うと、母はドアの前まですたすたと歩き、ノブを回して部屋から出る。…いや、出れなかった。私が鍵を掛けたため、ドアは開かなかった。

「アイン、…カギ、あけて。………どうして私は肝心なところで締まらないんだろう。……オルクス様の影響かな?残念が移ったのかな?」

鍵を開けてあげたら、ブツブツと言いながら、母は部屋から出て行ってしまった。
時々、母は父に『残念』と言っているのを聞く。母のひとりごとなんだろうけど、今や公然の秘密で、知らぬは父と母くらいなものだ。
夫夫は似るって言うけど、父の『残念』は母に似て欲しくなかった。

私はまた鍵を閉めて、一人、アップルパイを頬張る。
いつもより多く食べられて嬉しいはずなのに、一人で食べるアップパイは少し塩辛かった。塩なんて入っているはずがないのに。

私の未来は私が決めていいと、母は言ってくれた。

私は嬉しくて、いつの間にか泣きながら、アップルパイを食べていた。








夕食の時間になり食堂に行けば、父も母もいなかった。

「シリル、母上達は?」

と聞けば、シリルはシレっと言う。

「アイン様に弟君をと、教会に行かれた後、部屋に籠っておいでです。」

それって、子供に聞かせる内容の話ではないよね?
まぁ、父もわりにオープンに話すから、私は今更気にはしないけど。
母が気にして、悶えて、撃沈するだけだし。

でも、

「母上が食事の時間は、家族で食べたいって言っていたのに…。」

その言葉を聞いたシリルはニタリと笑む。

「明朝の食事には必ず来させますので、今は我慢のほどをお願いします。」

そう言われてしまったので、今は大人しく一人で食事をすることにした。
シリルが言うなら、明日の朝食は家族3人揃うことだろう。
父はシリルに『また邪魔しやがって』と文句を言うに違いない。
父とシリルが言い合いをするから、私は真っ赤になった母に、食事の手伝いをしてあげよう。
母の食事の手伝いは、密かな私の楽しみだから、父もシリルも頑張って口喧嘩をしてもらいたいものだ。







翌朝の食事の時間は私の予想通りで、父とシリルの言い合いをBGMに、私は母にオムレツやサラダを食べさせてあげる。
今朝の母は、指先がまだ震えているほど、お疲れのようだ。
父上、手加減て知らないのかな?

父もシリルも母第一主義だけど、絶対に相容れないところが面白い。
これが『同担拒否』っていうものかな?



「母上、私、薬師になりたいです。」

と、母が食べ終わったのを見計らって、自分の気持ちを伝えた。

「そう。医療系はザライア様以来だね。人の命を預かる仕事だから、しっかりと学んでね。私は応援するよ。」

「はい。母上、ありがとうございます。」

私は応援してくれると言ってくれた母にお礼を言う。
皇族でも医療を携えていた方がいたのは、今初めて聞いたんだけど。
あの家庭教師、本当にクビにしてやる。

「皇帝なんてしたい人がやればいいの。ただ、オステオン様もムルトもオレーロも国民を大事にしない皇帝になっていたら、私達がその権利を奪えばいいだけ。継承権1位のアイン、2位の私、どっちも皇帝にはなろうと思えばなれるんだから。ま、私は書類が読めないから、私だと名ばかりの皇帝になりそうだけど。」

ふふっと笑いながら、怖い話を平気でする母。
年々、大お祖母様のアムール様に、本当によく似てきている。

「リアム?!朝から怖いこと言わないでくれ!」

と、父はシリルとの言い合いをそっちのけにして、私達の話に入ってくる。

「アイン、オルクス様が一番皇帝に向いてないからね。」

「『残念』だからですか?」

「「ぶっ!!」」

母とシリルが笑い出す。周りで給仕をしている者達も声に出してはいないが、肩が震えるほど笑っている。

「いや、違うから。策士過ぎて、周りがついていけないだけだから。重要な連絡事項ほど、周りには伝えないから。…まぁ、『残念』は否定しないけど、ククッ。あはは!」

母はツボにハマったように笑い出した。

「ちょっと待て。何故私が『残念』なんだ。おかしくないか?リアム?」

父は母に問いただすが、母は笑っていて答えられない。

「父上が『残念』なのは周知の事実なので、今更否定されても、誰も信じませんよ?」

「アイン?!」

「本当に、20年前から変わりませんからね。こればかりは。」

「シリル?!」

「オルクス様、二人目の子には『残念』なことがバレないように、子育てを頑張りましょうね?」

「リアム?!!」

父は自分の残念感を理解出来ずに叫ぶ。
母に関してその残念さは20年前から変わらないとは、本当に残念である。






私に弟ができることは確定したらしい。
願わくば、父似でないことを祈るばかりだ。













----------

以上で、番外編追加分を終了します。
本編エピソードで【ここが謎でした】部分はほぼ回収して、書き残しはないはずです。もし、あったら、…本当に申し訳ないです。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
たくさんのいいね、エール、感想を本当にありがとうございます。

感想 36

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みんなの感想(36件)

sumi
2026.03.12 sumi
ネタバレ含む
2026.03.16 ゆい

ご指摘ありがとうございます。
これには私も色々と悩みまして。父方・母方で『叔父』・『伯父』の区別をするのはわかっていますけど、世界観が男性だけで、しかも父にも母にもなれるのが前提としていますので、『叔父』で統一しました。
混乱させて申し訳ございませんでした。

解除
読み物はよい
2026.01.03 読み物はよい

リアムの真実の後のお話、ありがとうございます。やっぱり涙でした。(⁠。⁠ノ⁠ω⁠\⁠。⁠)

2026.01.03 ゆい

読み物はよい 様

いつもお読みいただきありがとうございます。

リクエストにお応え出来たかは不安でしたけど、感想をいただけて、こちらこそありがとうございます。

解除
ぴぴぴ
2025.12.16 ぴぴぴ

今本編の5を読んだところです。
既に泣きそうです、とても優しい文章でここから続きを読むのが楽しみです!
もったいないので大事に続きを読みたいと思います!

2025.12.16 ゆい

ぴぴぴ 様

お読みいただきありがとうございます。
『大事に読みたい』とのことで、嬉しく思います。
読み終わりましたら、また感想をいただければ、と思います。

解除

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