何もしない悪役令息になってみた

ゆい

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本編

プロローグ

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彼の冷たい掌が私の頬を撫でる。
私を抱きかかえたまま、彼はソファに座り、頬を撫でる。
まるで壊れ物を扱うかのように、手付きが優しい。いや、今日はいつも以上に優しい。
彼は多分最高に良い笑顔をしているのだろう。
何も見えない私は、彼の表情は疎か顔すらわからない。
そして、私自身も今どんな表情をしているか、わからない。
でも多分幸せな顔をしているのは確かであろう。
私の頬を撫でている手が止まり、多分彼の親指が私の唇をふにふにと軽く押す。

「ここに口付けをしても、いいかい?」

彼は少し熱の籠もった言い方をしてきた。

「…口付けとは、何でしょう?」

知っているけど、知らないふりをする。
彼は性に対して無知な私が好みだから。
彼は私を一から全てを自分好みに育てたい性格だから。

「口付けとは、君の唇と私の唇を合わせることだよ。」

「それは、…何の意味があるのでしょうか?」

「ふふっ、意味か。君は面白い質問をするね。…でも、そうだね、君を愛しているからこそ、私は君の唇を奪いたい。そして君の体も心も全てを私のものにしたいんだ。」

「愛しているから、体が欲しいのですか?私は貴方に食べられてしまって、貴方の血肉となるんでしょうか?」

「ふふっ、本当に君は面白いね。本当に君を食べてしまったら、君がいなくなってしまうのは嫌だな。…そうだね、私と結婚式が無事に終わったら、その意味をきちんと教えてあげよう。」

「貴方と結婚するまでは、その意味は教えてくれないのですか?」

「いますぐにでも教えてあげたいところだけれど、君の家族に叱られてしまいそうだ。」

「叱られることなんですか?」

「ふふっ、結婚前だからね。結婚した後のお楽しみだよ。…ところで、口付けはしてもいいかい?」

「…口付けする意味が『愛している』という意味なら、私も貴方を愛しているのでしても構いません。」

「んんっ、本当に君のそういうところが愛しいよ。」

『そういうところって?』と聞き返そうとしたが、彼の唇が合わさってきた。
私より厚めの唇。少し乾燥していてかさついていたが、角度を変える度にしっとりと濡れていく。
私にとっての初めてのキスで、彼は優しく唇を合わせてくれる。
彼の唇は、掌と違って熱く感じられる。
しかし途中息苦しくなり、彼の胸を拳で叩いた。
鍛えてもいない私の拳は、鍛え上げている彼にとっては子供の拳よりも軽いのかもしれない。
それでも私は苦しさで抵抗をする。
彼が漸く離してくれた時には、私は酸欠状態でぜいぜいと呼吸をした。

「はぁはぁ、口付けとは苦しいものなんですね。はぁ、本当に愛し合う人同士でするものなんですか?」

「ふふっ、口付けの時は、鼻で呼吸するものなんだよ。ごめんね、最初に君に教えておけばよかったよ。」

彼は多分意地悪い顔をしているだろう。
私の頬をまた撫でながら、親指で唇をフニフニといじってくる。
昔から彼は誰かに何かを仕掛ける時は、1~5くらいまでしか説明をしない。6~10は、実体験でわからせるやり方をする。
私の目が見えないから、そんな意地悪をしないが、大人になっても根っこの部分は変わっていないようだった。
だから、私も彼に意地悪をし返す。

「こんな苦しいことなら、わたしはもう貴方と口付けをしたくはありません。」

少し怒ったように私は言う。
初心者相手なんだから軽くすると思っていたが、あんなに長く、しかも何度も角度変えて離してくれなかった。

「怒ったのかい?すまないね。君が相手だと、私はどうも箍が外れてしまうようだ。」

「私は、あなたみたいに口付けは慣れていないんです。優しくしてくれないのなら、もうしたくないです。」

「おや、まるで私が遊び人かの様な言い方をするねぇ。」

「違うんですか?私と違って口付けを知っていましたし、兄から貴方はとてもおモテになると聞いていますし。」

「…はぁ、アイツは余計なことを。…でもね、私は誰とも付き合ったことはないからね。例え一夜のお付き合いとかいうこともしたことはないから。君を婚約者にした時から、君に対しては誠実でいようと心掛けているのに。」

「……一夜のお付き合いとは?不誠実な事なんですか?」

私は『一夜のお付き合い』がどういうものか知りながら、また意地悪く無知なフリをして質問をする。

「う~ん、どうも今日の私はいらないことを言ってしまうようだ。だから黙秘権はダメかい?」

「ならば、兄に教えてもらいます。」

「それもそれで誤解が生まれるような…。とりあえずその質問の回答は次回に持ち越しでもいいかな?」

「……次回きちんとしたご回答をいただけるなら。誤魔化そうとしても、私は貴方の声の変化ですぐに嘘はわかるんですから。」

「君には敵わないな。」

彼はクスクス笑いながら、また唇を合わせてくる。
今度はすぐに離れてくれた。

「次回も口付けを許してくれるかな?」

「それは貴方の回答次第でしょう?」

今度は私がクスクスと笑う。

「本当に君には敵わないな。」

彼の帰る時間まで、何度も口付けを交わし、その度に私達はクスクスと笑い合った。


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