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学園編 § 学校生活編

第72話 大西雄世(上)

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 好々爺
 白い、神主ルックのおじいさん。
 僕が言うのもなんだけど、背が低く、純和風の大きな部屋に、チョコンと座るその姿は、ある意味癒やし系、と、評されるかもしれない。
 だけど、僕は、彼がそんな見た目通りの人間ではないことを知っている。

 大西雄世おおにしゆうぜい

 一応、伏見神社の神主には別の名前が公表されていて、もちろんその人物は実在する。そして、ちゃんと神主としてたくさんの神職を率い、この稲荷の総本山のお役目を果たしている。そう、表の神社としては。

 この稲荷の本当の意味での神主、すなわち、ここにおわす神のお世話をする、という大役を、僕の産まれる前から行っている人物、それがこの前にチョコンと座るじいさんだ。そう。僕が産まれる前から、だ。
 その昔、まだ本当の中学生だったころ、この人に初めて出会った。そのとき、この世界ではまだ若造扱いされていたこの人に「なんだ、一回り以上も違うのか。」なんて、驚かれた記憶がある。ということは、90を超えている、ということか。あの頃のように若々しいお兄ちゃん、とはさすがに思えないけど、年齢に対しては十分若々しいと評してもいいのだろう。薄くなってしまった髪も、申し訳程度の量しかないひげも、真っ白になってしまっているのさえ、年齢を感じさせない、というのは、内から醸し出す、精気ゆえ、か、などと思ってしまう。
 初めて出会った、まだ20代の彼でさえ、何か得体の知れない怖さがあった。けど、今は、さらに・・・

 いや、よそう。こんなことを考えていることだってきっと筒抜けだ。
 どうやら僕はポーカーフェイスは苦手らしい。
 この世界の老獪な化け物相手だからだ、と、諦めていたけど、どうやら普通の中学生にさえ、わかりやすい、と僕の思考は読まれてしまうことに最近気付かされて、さすがに堪えている。
 だから、人と会うのはいやなんだ、そんなことを思いつつ、口を開かず、ニコニコと僕を見ている、昔なじみに、僕はいやいや向き合った。


 「ご神職。まずは、今回お手を煩わせたこと、お詫び申し上げます。」
 とまぁ、向き合う覚悟は行った僕だけど、実際に口を開いたのは、隣に座る淳平だった。
 「いやいや。むしろ、うちのおひいさまが呼び立てたんじゃ。よう来んなすった。」
 「まずは、これを。」
 淳平がチラッと僕を見る。
 僕は頷いて、管狐の管を神職に差し出した。
 「お返しします。」
 「ほぉ、これは驚いた。飛鳥も敬語が使えるようになったんじゃのぉ。年を取るはずじゃて。」
 「いや、元からしゃべるし。」
 「ははは。一瞬だけじゃったな。」
 面白そうに笑う神職だが、別に僕が敬語も出来ないわけじゃない。
 初めに会ったときが、間が悪かっただけだ。
 なのに、未だにこういうことを言ってきて、今は理由が分かってる淳平しかいないから問題にならないけど、他の人が大概まなじりをあげることになる。


 伏見の稲荷自体は山の中だが、町は川の近くにある。
 この川の水のお陰で、酒所としても有名だ。
 当然、この酒を使った料亭や飲み屋、なんてのもある。
 少し町中から離れたこじゃれた隠れ家風の料理旅館、なんてのも。
 が、そこは理想と現実。
 山の中の一軒家。大人の隠れ家。そんなフレーズで建てた旅館のすべてが成功するわけではない。廃業してうち捨てられた元旅館、なんてのも、所々、山の中にはあるもので、そんなところには悪しきモノが巣くうことも、ままある。それは人であろうとあやかしであろうとも・・・


 あれは、中3の夏休み。
 僕はここ伏見への出張を命じられていた。
 山の中に、人を喰らう魔物が現れた、そんな風な話だったか?
 あのときは、淳平と蓮華も一緒だったな。そして今は亡きチーム=同じ部隊の男女1名ずつ。

 その日、僕は偵察として、夜暗くなった山の中を、さちさん=そのチームの女性と二人、探っていたんだ。当時から、僕は霊力のコントロールは苦手だったけど、逆に自然に流れている霊力が、特に頭の良いあやかしに、罠を想起させないことから、大物釣りに徘徊する、という作戦をよく取っていた。
 さちさんは、家が山伏の家系で、山での行動が得意だった。
 彼女がいたから、夜の山道も、そんなに苦労せずに移動できたんだ。
 蓮華は山道は好きじゃない、と、被害者行脚をしていたし、それに学さん=もう一人のチームの男性 も付き合っていた。
 淳平は、伏見大社で待機だ。
 一応、霊山として、討伐の依頼は伏見大社、しかも大西から出ていた。
 が、その時はまだ、僕は、稲荷側の本当の依頼を知らなかったんだ。先に知っていれば結果は違っただろうか?それは分からない。けど・・・


 僕は、被害があった、という界隈を中心に徘徊していた。
 そして、ヒット!
 そう思ったけど、何か様子が変?
 『助け、たもれ!』
 そんな風に念話で叫びながら現れた獣。
 フェレット?
 僕が思わずそう思ったけど、「おこじょ?」ってすぐそばで驚いたようにさちさんが言ったから、有名なあやかしのオコジョなんだろう。

 それは、僕の背後に回って、ピタッとくっついてきた。
 「おい!」
 おもわずはがそうとしたけど、「待って!」と、さちさんが言う。
 さちさんは、昔見た動物大好きな作家が野生の動物に向かうみたいに、どうどう、とか、怖くないよ、とか言いながら、僕の背後に語りかけている。
 しばらくして、落ち着いたのか、そのオコジョがさちさんの腕に抱かれた。
 僕も、そのフェレットみたいなかわいいやつをのぞき込んだんだ。

 ガツン!

 その時、背後から何か硬い物で殴打されたことに気付いた。けど、気付いたときには意識がもうろうとして、下卑た笑い声だけが耳に残ったんだ。


 どのくらい経ったのだろうか。
 気がつくと、僕は後ろ手に縛られ、足にもロープがかけられていた。
 何故か着ていたジーパンが膝まで下ろされ、その反動で目覚めたようだ。

 「残念。男でしたぁ!」
 僕のジーパンを引きずり降ろしたであろう、僕をまたいでいた男が、ブーイングしながら、僕の急所をギュッと握った。
 ヒッ!
 経験したことのない激しい痛みに、思わず悲鳴を上げる。
 それを見て、さもおかしそうに笑う男たち。
 「そんだけかわいいなら、男でもありかぁ。」
 「無理無理、ぜっったい無理。きっしょー!」
 「むしろ俺の純情かえせ~!」
 「女みたいに怯えてんの、むかつく~!」
 ぎゃあぎゃあと笑いながらわめく男たち。

 「やめなさい!飛鳥にさわんな!」
 そのとき、少し離れたところで、そんなわめき声が聞こえた。
 「さち、さん?」
 
 「おいおい、おまえは母親か?にしては若いか。姉貴か?弟と違ってブスなんだからさぁ、いっちょ前な口きくんじゃねぇぞ!」
 そんな声がしたと思ったら、シャキッと金属の風切り音。そして、多分悲鳴をかみ殺したであろう、さちさんの吐息。
 「さちさん!」
 僕は押さえつけられて見えない、さちさんの方に向かって叫んだ。
 「大丈夫、何にもないわ。すぐに助けるからね。」
 バスッ。
 きっと殴られた音だ。
 何回も、何回も、さちさんが殴られてる?
 
 「ウワァッーーー!」
 その時は、ほとんど冷静な思考なんてなかった。
 僕は、ただただ、ありったけの力で霊力を放ったんだ。
 僕にまたがっていた奴が天井まで吹っ飛び、そのまま、壁に激突した。

 ガラガラガラガラ・・・

 どうやら古びた建物だったらしい。
 その壁が余波で崩れていく。

 「なんだ!」
 「地震か?」
 慌てる男たち。
僕は、多分、何かわめきながら、さちさんのいる方へと駆けつけた。
 「さちさん!」

 そこにいたのは、服をビリビリに破られ、刃物と拳で血みどろのボコボコになった、さちさんだった。
 さちさんを殴っていたのは、彼女に覆い被さっている男か。
 さっきの吹っ飛んだ影響でか、元は壁だったであろう、中に鉄骨が入ったブロックが、頭に刺さって気絶していた。僕は男をはねのけ、縛られてるロープを霊力で作ったナイフで切った。
 「ばかねぇ。泣かないの。まずはちゃんとズボンをはきなさい。」
 息も絶え絶えなのに、そんなことを言う。
 僕は下げられていたズボンを慌ててはいて、寝ていたたさちさんの上半身を抱き上げた。
 「良い子だから、落ち着いて。そんなに力を垂れ流していたら、怖がってせっかくの助けが来れないわよ。大丈夫。ちゃんと助けを呼んだからね。私、山の中じゃすごいのよ。さっきのおこじょも、じゅんちゃんを呼びに行って貰ったし、大丈夫。ほら深呼吸して。もう怖くないからね。大丈夫。大丈夫。」
 自分が死にかけているのに、ずっとそんなことを言うさちさん。

 「飛鳥!さちさん!」

 その時、淳平の声が聞こえた気がした。

 慌てて、そちらを振り返る。

 人が走ってきた。
 淳平、・・・じゃない。
 誰だ?
 見たことのない男。若い男。今まで僕らを蹂躙していたのと同じくらいの、男。
 そいつが僕らに寄ってくる。
 何か、言ってるけど、わかんない。
 さちさんを守る。さちさんを守らなきゃ。
 僕の中はそれだけでいっぱいになる。

 「てめぇ、汚い手でさちさんに触るんじゃねぇ!来るな!ぶっ殺すぞ!」
 僕は左手でさちさんを抱き、右手に一番得意な剣を出す。
 驚いた顔。
 そりゃそうだ。
 どこから、そんな剣が出てきたって話だよな。
 これは霊刀だ。霊だけを斬ることが出来る。だけどな、物質だって切れるようにできるんだ。お前の体ぐらい、バターみたいに斬ってやる。
 僕は、剣を振り上げた。

 「ばか!よせ!」
 その時、焦ったような淳平の声?
 そして、随分と慣れた、慣れてしまった、淳平の霊力が、僕の中に入って来る。そのまま、僕を拘束した?僕は体が動かなくなったことに気付き、一瞬呆けた。
 


 そのまま意識がブラックアウト。
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