契約彼氏と蜜愛ロマンス

ichigo/小日向江麻

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1巻

1-2

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 冷たい水で顔を洗い頭を覚醒かくせいさせながら、どうして天才ピアノ王子の夢を見たんだろう、と考える。
 そして、その理由にすぐに思い当たった。昨日の帰宅前に、彼のことをうっすらと思い出したからだ。
 好きな人、素敵だなって思う人――そんなキーワードから連想した、中学生のころの天才ピアノ王子。みんなの憧れの的。

「本当、私ってヤバいかも……」

 いったい当時から何年経っただろう。頭のなかで計算してみる。……十四、五年は経過しているはずだ。
 そんな昔じゃないと該当者がいないなんて!
 どんよりと気分が落ちこむ。もっとほら、高校時代とか大学時代とか、キラキラした思い出がありそうなものでしょ!? と自分に問いかけるも、何も浮かんでこない。ということは、やはりうっすら付き合っていた相手とは、その程度のものだったのだろう。なりゆきで付き合いはじめて、なりゆきで音信不通になったりした、薄っぺらい関係だった、という。
 それに比べて、天才ピアノ王子とは直接の交流はほぼなかったものの、私にとって彼の存在はかなりインパクトがあった。
 そうは言っても、告白をした、とかそういうことは何もない。結局、意欲不足がMAXに達した私は、あのあとピアノ教室を辞めることとなり、それっきり彼を見かける機会もなくなった。

「名波くん、元気かな……」

 フェイスタオルで顔にしたたる水分をぬぐいながら、誰に言うでもなくつぶやく。くぐもった声が、水分を含んだタオルの繊維せんいの隙間に吸いこまれた。
 大人になった今もピアノを続けているのだろうか。それとも、進学や就職を機にキッパリと止めた?
 もしそうならもったいないようにも思うけれど、彼には王子様のような美貌びぼうというもうひとつの強みがある。
 ピアノから離れたとしても、あのずば抜けて美しい容姿を、他人は放っておかないだろう。
 案外、モデルとか俳優とかになってたりして。その線も十分にあり得る。
 おそらくもう二度と会うことのない彼の現在を想像しつつ、洗面台で手早くメイクをすませると、会社へ持っていくお弁当作りをはじめた。
 時間がないときはコンビニで買ったり、近くの定食屋さんですませたりなんてこともあるけれど、基本的には毎日自分で用意して、持って行っている。
 普段の中身は、半分は前日の残り物だ。が、昨夜は飲み会だったために、その手が使えない。
 フライパンでたまご焼きを作る。冷凍庫から小分けに保存していたほうれん草を取り出し、スライスベーコンと合わせてソテーした。並行して、レンジでこれまた小分け保存していたご飯と、お弁当用のミニグラタンを解凍する。
 二段式のお弁当箱の下段にご飯を、上段におかず三品をそれぞれ詰める。いろどりが足りなく思えたので、隙間にプチトマトを入れこんだ。
 蓋をあけたまま粗熱あらねつをとっている間に、朝食にする。
 お弁当箱に入りきらなかったたまご焼きとほうれん草のソテー、それとお茶碗一杯分のごはんを食べながら、テレビでニュースの続きをチェックした。
 すでに政治や経済の情報は終わり、今は芸能コーナーだ。
 ふうん、イケメン俳優と、人気女性アイドルグループのメンバーが結婚、か。
 派手な色味で強調されたテロップの文字を横目に立ち上がり、冷蔵庫からアイスコーヒーのペットボトルを取り出して、白無地のマグカップに注ぐ。
 砂糖の甘みのまったくないコーヒーを喉奥に流しこみつつ、朝食の前に座り直すと、今度は二時間ドラマの宣伝だ。タイトルと内容を見る限り、青春ラブコメらしい。

「はぁ……」

 右を向いても左を向いても、恋愛、恋愛。
 どうして世の中ってやつは、他人に恋をさせたがるのだろう。
 そっちがその気なら、でき得る限りあらがってやろうか――なんてささくれた気分になる。
 そんなに恋愛させたければ、名波くんくらい魅力的な男を私の前に連れて来いっていうのよ。
 苛立ちながら食事を終わらせ、もう一度テレビに視線を向けた。
 テレビのなかでは、お天気お姉さんが「夕方から雨です」と伝えている。
 ――いけない、折りたたみ傘を持って行かなきゃ。
 私は通勤用のバッグに折りたたみ傘とお弁当をしまうと、着替えなどの支度をすませ、家を出た。


     ■ □ ■


「瀧川、ちょっと」

 お昼休み。自分のデスクでお弁当を広げようとしていたとき、部長が私を呼んだ。

「はい」

 返事をすると、部長は視線で「こちらに来なさい」というような指示をした。
 何だろうか。取り出したお弁当箱はそのままに、彼に着いていく。
 フロアの最奥に位置する部長のデスクの前に辿たどり着くと、そこには戸塚の姿もあった。おそらく、私と同じように呼ばれたのだろう。

「瀧川、元気~?」
「何でしょう、部長」

 私を見るなりフルスマイルで話しかけてくる戸塚を無視し、身体ごと部長を向いた。
 運営管理部の笹崎ささざき部長は四十代半ばで、優しく穏やかな愛妻家だ。
 部下に対する面倒見もよく、部長クラスにしては圧迫感の少ない上司といえる。だから、他の上司の面々に比べて話しかけやすく、あまり距離を感じない。そのとっつきやすさが、私たち部下の心をガッチリと掴んでいる。
 私は、やけに機嫌のよさそうな部長を見上げた。

「昨日の真辺さんの話、本当によかったよねえ」
「あ、はい」

 理穂ちゃんの話――ああ、結婚報告のことか。うなずくと、部長は同じ笑顔のまま深い相槌あいづちを打つ。

「そうだよねえ、おめでたいよねえ。いや、結婚っていいものだよ、愛する人がそばに居る生活って、張り合いがあるし、やされるものなんだよ。真辺くんの幸せそうな顔、見ただろう?」
「はぁ……」

 確かに理穂ちゃんは幸せそうだったけれど……それと私と、どんな関係があるのだろうか?
 話していくうちにどんどん高くなっていく部長のテンションに圧倒されつつ、とりあえずうなずきを返してみる。

「失礼だけど、瀧川は結婚の予定は――」
「ないです」

 部長がみなまで言い終わらないうちに、さえぎって答えた。
 こういうのは変に会話を長引かせないために、ハッキリ答えてしまうに限る。

「そ、そうか……じゃあ、彼氏は――」
「いません」

 先ほどと同じように答えてみせる。
 よくあるパターンだ。

『いい歳だし、そろそろ結婚は考えてないの?』
『せめて彼氏くらいはいるんでしょう?』

 ……聞き飽きてウンザリするレベルの。
 部長は何も、私を異端者扱いしようと思ってこんな質問を浴びせかけているわけではない。
 彼の温厚な性格を考えると、おそらくは純粋に心配してくれているだけだろう。それはわかっている。
 でもまあ、私にちっともそのつもりがないことが伝われば、すんなりと引き下がるだろうことも予想がつく。
 本人にその予定と意思が感じられないことに気付くと、大抵は気まずくなって顔をそむけるものだ。
 ――そう思ったのに、部長は私の答えを聞き届けると、「そうか」なんて嬉しそうにうなずいて、スーツのポケットから白い長封筒を取り出した。

「何です、それ?」
「映画のチケットだよ、二枚入ってる」

 開けてみなさいと言わんばかりに、部長がそれを差し出して来たので、受け取ってなかを確認してみる。
 確かに映画の前売りチケットが二枚入っていた。それも、いかにも若い女性が好きそうな、男女の純愛をテーマにした『ラブリー・ストレンジャー』という邦画だ。最近、よくCMや駅前のポスターなどで宣伝しているのでその映画の存在は知っている。
 恋愛ものという時点であまりそそられなかったために、具体的なストーリーはよく知らないけれど、確かカッコいい男性に片想いし、それが実っていくようなものだったはず。

「観に行かないか? これを」
「は?」

 突然の問いかけにぽかんとしてしまう。

「えっ、その、部長とですか?」

 それはさすがに、問題があるんじゃ……?
 部長には愛する奥様がいるのに、二人きりで恋愛映画なんて観に行けるはずがない。

「いやいや、僕じゃないよ」

 両手を大きく振って、否定する部長。そして。

「――戸塚と行ってきなさい」

 なんて言いながら、私と部長のやりとりを聞いていた彼を示した。

「いや、前々から瀧川と戸塚は合うんじゃないかと思っていたんだよ。聞けば、戸塚も今付き合っている女性はいないらしいし、ちょうどいいじゃないか。どうだ、ここはひとつデートしてみるっていうのも――」
「いやいやいやいや」

 どうして、と言いたげな私の表情を読み取ったらしい。流暢りゅうちょうに説明しはじめる部長に、私はストップをかけた。

「冗談じゃないですよ、戸塚とデートだなんて……彼はただの同僚、いやそれ以下ですから!」

 入社の時期も同じで付き合いは長いけれど、戸塚のことを男として意識したことなんて、ただの一度もない。それどころか、好感を抱いたことだって皆無かいむだ。
 そんな男とデートしろなんて言われても、正直言って大迷惑だ。

「ただの同僚以下って! 瀧川、そりゃひどくない?」

 さすがに本音を言いすぎただろうか。いや、でも事実だし――。戸塚は眉をハの字にして、四の五の言っている。

「本当のことだもの。っていうか、戸塚だってそんな気ないくせに」
「オレは大歓迎だよ?」

 彼は、実にあっさりと了承してしまう。

「はっ?」
「映画だろ。それくらい、別にいーじゃん。部長がせっかくチケットを譲ってくれるとおっしゃってるんだから、ご厚意に甘えようぜ~」
「な、な、何言ってんの!」

 思わぬ反応に、声がついつい震える。そして、手にした封筒をぎゅっと握りしめてしまった。

「瀧川、チケット」
「あっ」

 戸塚にあごで示されたので、慌てて封筒についたしわを伸ばす。

「――私と戸塚が映画? 休みの日に? バカも休み休み言ってよ、あんたなんてただの同僚以下って、今言ったの聞こえなかったの?」
「聞こえたけど、それって瀧川の強がりだろ?」
「……強がり?」
「それだけ過剰に反応するなんて、実は瀧川もオレに気があるってことじゃなくて?」
「はぁっ!?」

 この男、正気なんだろうか。勘違いもはなはだしい。
 彼に拒否反応をしめしていた私の感情に気付くどころか、あまつさえ、戸塚なんかに気があるって?
 唖然あぜんとしている私を尻目に、部長が満足そうにうなずいた。

「戸塚、よく言った。それでこそ男だ」

 そして、戸塚の肩にポンと手を乗せる。
 それから部長は、おもむろに私のほうへと向き直った。

「瀧川。僕は君の男っ気のなさが心配なんだよ。君と同期入社の女の子、今いる子も含めて、みんな結婚してしまったろう」
「ぐっ……」

 痛いところを突かれ、返す言葉がない。

「決まった相手がいないなら、戸塚もこう言ってることだし、お試し感覚で一度デートくらいしてみたらどうだ? もしかしたら、運命の相手はここにいました――なんてことになるかもしれないぞ」
「オレ、別にお前のこと嫌いじゃないし。『戸塚くんが好き~、付き合って~』って思ってるなら素直にそう言えよ。願いを叶えてやらないこともないぜ」
「明日は土曜日で会社は休みだ。鉄は熱いうちに打てというし、早速明日、行ってきなさい」
「瀧川って最寄り駅どこだったっけ? それとも、会社の近くにする?」
「ちょ、ちょっと待ってって!」

 テンポのいいコメディを見ているかのように、たたみかけてくるふたり。
 私の意見などまれずどんどん「デート」の詳細しょうさいが決まっていってしまうことが怖くて、制止をかけてみるも、

「何だ瀧川、何か不都合でもあるのか?」
「不都合なわけないよなー?、お前、土日はいつも暇なんだろ? 忙しいなんて嘘は通用しないぞ」

 とか、間髪容かんはついれずに指摘される。
 いくら暇だとしても! 戸塚とデートだなんて死んでも嫌だっ!! 私のプライドにかかわる!

「そういうわけで、明日は戸塚と楽しんで来なさい」
「詳しいことはスマホに連絡するから。くれぐれもドタキャンだけはめろよ、大人として」
「あっ……あ」

 反論するタイミングを失ったまま――いや、むしろ私に反論をさせないつもりで、部長は別の社員のデスクへ、戸塚は自分のデスクへとそれぞれ戻ろうとする。

「――私、か、彼氏いるんで!」

 苦し紛れに吐いた言葉で、ふたりが動きを止めた。
 そして、はとが豆鉄砲を食らったような顔で、こちらを向く。

「瀧川、嘘はよくないぞ」
「さっき彼氏いないって言ってたじゃん。それに、今までそんな素振そぶり見せたことないし」

 部長と戸塚は、冗談だと思って苦笑している。
 ――その通り、彼氏がいるだなんて、まったくの嘘だ。
 でもこうでもしなければデートの刑が執行されてしまうというなら、足掻あがくしかない!

「う、嘘じゃないっ!」
「ふーん、そ」

 ちっとも納得してない様子で戸塚がうなずく。そして。

「本命がいるっていうなら、映画館にその彼氏とやらを連れて来いよ。そしたら信じてやってもいいけど……ま、ちゃんと連れて来られたらの話だけどね~」
「っ……!」

 彼はそう挑発すると、部長に挨拶あいさつをしてから席に戻ってしまった。

「瀧川、一回くらい戸塚に付き合ってあげてもいいんじゃないか?」

 部長も、苦し紛れの嘘をつく私を不憫ふびんに思ったらしく、そうさとすように言ってから立ち去った。
 ひとり残された私は、どこにもぶつけられない苛立ちで戦慄わななく。
 戸塚と映画デート? それも、部長公認で?
 ――もうっ! 何でこんなことになっちゃったの!?
 私はしわのついた封筒をにらんでから、まだ手をつけていないお弁当の待つ自分のデスクへと戻った。


     ■ □ ■


 仕事終わりの夕刻。私は昨日に引き続き、あの公園に向かっていた。

『映画だろ。それくらい、別にいーじゃん』
『オレ、別にお前のこと嫌いじゃないし。「戸塚くんが好き~、付き合って~」って思ってるなら素直にそう言えよ。願いを叶えてやらないこともないぜ』

 戸塚に言われた台詞せりふうずのようにぐるぐると回って、午後の仕事はまるで手につかなかった。
 恋愛モードが思いっきりオフだった私なのに、いきなりデート。しかも相手は、よりによって完全に対象外なあの戸塚。

「どうしてこんなことに……」

 歩きながら、心からの叫びがこぼれてしまう。本当、何でこんなことになっちゃったんだろう。

「行きたくないなぁ……」

 再びもれてしまう本音。戸塚と恋愛映画を観に行くなんて、ありえない。
 大体、戸塚のことなんてまったく好きじゃない。特に異性としてということであれば、できればお近づきになりたくないレベルと言っていい。
 というのも、彼はチャラいし馴れ馴れしいし騒がしい上、あの通り、妙に自分に自信を持っている勘違い男だ。私は彼のそういう部分に、入社当時からイライラしっぱなしだった。
 後輩の女子社員からも、一応先輩ということもありそれなりに気遣われているように見えるけれど、よくよく聞いてみると『戸塚先輩ってテンション変じゃない?』とか『絶対自分がカッコいいと思ってるよね』など、評価は散々だ。
 容姿は特別悪いわけではない。黒い短髪に、ほどよく日に焼けた健康的な肌。芸能人に似てるとかそういう華やかなイメージではないものの、どこにでもいそうなお兄さんといった風。
 だけど、問題は彼の持つ雰囲気というか、『オレモテてる!』的なオーラだ。それがすべてを台無しにしているといっても過言ではない。
 そんな戸塚と一緒にいたところで、ちっとも心が動かない。ドキドキしない。男の人だと思えない。
 どうせデートするなら、好きな人がいい。もっとも、今好きな人なんていないわけだけど、それならせめて自分が男性として魅力を感じる人としたいものだ。
 こんなとき、ふっと頭をよぎるのはやっぱりあの人――名波くんだった。
 あーあ。会えないのはわかっているけど、急に彼みたいな人が現れたりはしないだろうか。
 こんな状態だからこそ、断言できる。名波くんみたいな男性と出会うことができたら、恋愛に対して前向きになれるのに。
 ……いやいや、そんな素敵な男性が現れたところで、私なんかを相手にするわけがない。夢ばっかり見てないで、現実的なところから考えよう。
 戸塚とのデートを回避したい。でも、それには口から出まかせに言った彼氏を連れていかないことには無理だろう。
 あぁ、どうしても嫌だったとはいえ、どうしてあんな嘘吐いちゃったかな。
 彼氏役を頼めそうな男友達なんていないし、こんな不名誉な事情を話すのも気が進まない。うう、本当に私、どうしたら――
 そのとき、鼻の頭にポツリと冷たいものが落ちた。
 雨だ、と気付いたときには、コンクリートの地面の色を変える勢いで強く降りはじめている。
 慌ててカバンのなかから折りたたみ傘を取り出した。
 紺地に白や黄色のドットが散ったデザインは、控えめだけれど可愛らしい印象だ。
 本当は、自室のようにもっとピンク地に白とか、赤地に薄ピンクだとか、いかにも可愛くて女性らしいものが好きなのだけど、周囲から見た自分のイメージには合わない気がして、つい敬遠してしまう。
 友達には、決めつけすぎだとか自意識過剰だとか言われるものの、なかなか自分の思うようには振る舞えないのだ。そういう性格も、直したいんだけどなぁ……
 とにかく天気予報に従って傘を持ってきてよかった。
 アメリもきっと、土管のトンネルのなかで雨粒から身を守っていることだろう。
 それとも、こんな日はもっと平和な、あたたかい部屋に移動して、丸くなったりしているのだろうか。
 会えたらラッキーくらいのつもりで、公園に行ってみた。すると、こんな激しい雨にもかかわらず、土管には先客がいた。
 ――誰だろう?
 傘も差さないその人は、いつもの私のように土管の前にしゃがみ、内側を覗きこんでいる。
 背格好を見るに、男性だ。黒っぽいTシャツに、ジーンズ、それに赤いスニーカーというシンプルでラフなよそおいをしている。
 薄暗い土管のなかからは、水分を含んで毛羽立った灰色の手がひょこっと覗いていた。
 見慣れた風景なのに、いつもはいない彼の存在によって、まるで違う場所を訪れたような気分になる。
 ……ここはいつも私がアメリと過ごしている公園、だよね?
 確かめるように、一歩一歩、砂利じゃりを踏みしめて近づいていく。
 すると、その男性も私に気付いたらしい。振り返り、土管のなかに向けていた視線をこちらに注ぐ。

「っ……」

 目が合った瞬間、思わず息を吞んだ。
 何てカッコいいの、この人。えっ、ていうか、これって現実?
 しっかりした形のいい眉に、くっきりとした二重ふたえの瞳、高い鼻梁びりょう。半月のような色っぽい弧を描いた唇に、逆三角形の小さな顔!
 彼は、雨に濡れた前髪をかき上げながら、私を観察するみたいにじっと見た。
 まさに、水もしたたるいい男。いや、彼の場合、したたろうがそうでなかろうが、どうあってもイケメンだろう。下手な芸能人なんかよりもよっぽど美形だ。
 どういう事情で、幻かとも思えるレベルのイケメンが、この小さな公園に?
 ここしばらく味わったことのない、心がきゅうっと締めつけられるような感覚に襲われていると、彼が私を見つめたまま薄く微笑んだ。
 その瞬間、何とも言えない懐かしい感覚を覚える。
 ……初めて会うはずなのに、どうしてだろう。不思議。

「こんなところで、何してんの」

 イケメンは声までイケメンだ。すこし低めの、ぐっとくる声。こもった印象のない、聞き取りやすいトーンが好印象だった。

「えっ……あっ……」

 私が考えていたことを、先にかれてしまった。戸惑いですぐに返事ができない。

「しかも、こんな雨の日に」

 ――えっ。傘も差してないあなたに言われたくないのだけれど。

「ね、猫に会いに」

 突っこみたくなる気持ちをこらえて、素直に答えた。緊張して、声が震える。

「へー」

 私の返答に対してイケメンは、興味があるんだかないんだかわからない相槌あいづちを打った。
 ちょうどそのとき、土管のなかから「にゃあ」と小さな鳴き声がした。
 すこし姿勢を低くして、様子をうかがってみる。すると、かすかにだけど、暗がりのなかにキラリと光る眼が見えた。やはり、アメリだ。

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