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第1章/1-36
6 ▼憲兵エリオット▼
しおりを挟むレディ・バンカーと別れた俺はエレノアから渡されたメモにかかれてある住所まで向かう。指定された俺の住み家は王都内の一般街にあるらしい。確かに身を隠すにはそれもいいかもしれない。地下に閉じ込められたりしても気が病むからな。
市場を通る。飛空挺完成記念式典の祭りの最中だったな。人が多く賑やかだ。楽器を演奏している人もいる。
アイスクリームの店を見つける。王国のアイスか。これは見過ごしてはいけない。
「いらっしゃい、お嬢さん」
店員の前にカラフルなアイスクリームが並んでいる。
ときめくっ!
「32種類あるから、どれでも好きなの3つ選んでね」
そういうシステムなのか! これはベストな調合を選ばなくてはならない。イチゴとブドウのどちらか一方は外せない。ナッツの風味で変化をつける。さらにコーヒーかチョコのほろ苦さを足してちょっぴり大人ななフレーバーに。完璧だ。
俺は紙幣を一枚を渡して店を後にする。
「お嬢さん、お釣り!」
「構わない。取っておいてくれ」
▼ ▼ ▼
ある酒場の前を通り過ぎようとした時。
酒場の中から突然大きな物音がした。瓶が割れる音。複数人の怒鳴り声。俺は中を覗きこむ。
がらの悪そうな数人の男と一人の女が言い争っている。
…!!
オフィーリア!?
…そんなわけはない。女は、短い髪に、動きやすそうな軽装。いつもドレスを着ていて、髪も長くのばしていたオフィーリアとは全く違う格好だが、でも顔が本当によく似ている。俺は思わず酒場の中に入る。少し暴れたような形跡があって、椅子やテーブルがいくつか倒れている。割れた瓶の破片が散らばっている。店員が不安そうにオロオロしている。
女が男達に向かって叫ぶ。
「…分かった、脱げばいいんでしょ!」
おだやかでないな。
「ハッ! やっと観念したぜ、この女!」
男達がゲラゲラと品の無い笑い声を上げる。
「おい! どういうことだ」
俺が声をかけるとその場にいた全員がこっちを見た。
「なんだこの小娘?」
男達が口々に罵る。
「邪魔するな! お前もこいつと同じ目にあわせるぞ!」
「どういうことかと聞いているんだ」
男が一人近寄って来て俺の胸倉を掴む。
「待って! その子は関係ないでしょ」
言い争っていた女が駆け寄る。
「お嬢さん、わたしは賭けに負けたの。今もうお金がないから、こういうことになってるだけ。わたしのことはいいから。あなたは関係ないから」
近くで見ると本当にオフィーリアにうりふたつだ。本人じゃなかろうか…なわけない。そもそも俺の記憶の中のオフィーリアと同じっていうのがおかしい。当時から十年以上時間が経っているし、容姿もそれなりに、多少は変わるはず。
ていうか俺、今さら気づいたが、当時のオフィーリアとほとんど同じ歳になってたんだな…年上のイメージがあって今まであまり意識しなかった。死人は歳をとらない…ちょっと残酷だ。
「そうか」
それにしても、こんなたちの悪そうな連中と賭けをするとか。この女もなかなか度胸が据わってるな。
「いくらだ?」
俺は札束を取り出す。
「これで足りるか?」
「な、なんじゃこりゃあ!?」
男が素っ頓狂な声を上げる。周りの男達も急いで寄って来る。
「ほ、本物か?」
男は夢中で紙幣を数えている。
足りたようだ。それでは酒場を出ようか。せっかくのアイスが溶ける。
「待って!」
ちょうど酒場を出たところで、さっきの女が慌てて出てきて呼び止める。
「…助けてくれてありがとう。でもよかったの? あんなにたくさん」
「ああ、気にしないでくれ」
「ごめんなさい、迷惑かけちゃって…後で絶対、お礼するね。どこに行けば、あなたにまた会えるの?」
「いやその…」
ちょっと面倒なことになってきた。
「…近くに住んでるんだ。一応」
「行っていい?」
「後で…後でな」
「住所教えてくれる?」
しゃーないな…俺は住所を伝える。
「…じゃ、必ず後で行くからね、待っててね!」
女は帰ろうとして、また俺の方をふり返ると、ちょっと困ったような表情をする。
「実は…わたし憲兵なの。ホントはだめなんだけど、酔った勢いで賭けをやっちゃって」
!!
憲兵! よりによって一番面倒な種類の人間に関わってしまった。
去り際、女が振り向いて、いたずらっぽく人差し指で口元を押さえて、ひみつ、のポーズをする。
「…わたしが賭けしてたってこと、絶対内緒でお願いね?」
▼ ▼ ▼
翌日、あの女憲兵が俺の家に来た。
「これ、よかったら食べて。口にあうといいけど」
何か料理を持ってきてくれたようだ。これは素直にありがたい。
「また来るね」
いろいろ困る。あんた憲兵だし。
「…ところで、あなた何者? あんなにお金持ってるのに、こんな所住んでるし…」
「いや、普通だ」
「それにあなた…なんだか雰囲気ちょっと変わってるね」
するどいな…さすが憲兵だ。何か誤魔化さなくては。
「実は…」
「実は?」
「その…男なんだ」
それを言ってどうする。
「…え? 男!? あなた男なの!?」
予想外に驚いている。気付かれてなかったのか。
「でも女の子にしか…あ! あなたもしかして、レンブルフォート人?」
しまった! それをばれたくなかったのに!
「そういうことだったのね! どうりでなんか綺麗だと思った」
褒められた。どうも。
「その、俺が帝国人だってことは内緒にしてほしい」
「どうして?」
「いやその…」
憲兵に余計なことは言えない。困ったな。
「…うん。分かったよ。あなたわたしの恩人だし」
助かった。
「名前まだ言ってなかったね。わたしはエリオット。あなたは?」
「俺はルシーダ」
つい本名を言ってしまった。オフィーリアと話しているような気がしてならないんだよな。まあでもばれないだろう。
「あら! 帝国の第二皇子と同じ名前じゃない」
やってしまった。
「素敵な名前だね。あなたにぴったり」
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