アイリスとリコリス

沖月シエル

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第1章/1-36

9 ▼科学者クロノス▼

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…ここは?

しばらく眠っていたようだ。まだくらくらする。

「よお、起きたか? レンブルフォート人」

男が話しかける。

俺は椅子に座らせられているようだ…

「…何のつもりだ!」

動こうとした瞬間、手がベルトで固定されていることに気づく。

!!

両手が椅子の肘掛けに、両足も椅子の脚に、それぞれ黒い分厚いベルトでしっかり固定されている。もう絶対自分では外せない。

部屋の中は薄暗く、地下のようだ。がらの悪い男達が数人、俺の方を見てにやにやしている。

…なんかヤバい予感。

「お前、レンブルフォート人だろ? しかもこんなに金を持っているときやがる」

男は机の上にある札束を持ち上げる。俺の部屋にあった分、全部だ。

「前々から狙ってたんだよ。金持ちのレンブルフォート人の女が一人で住んでるってな。ちょうど戦争も始まったし、俺らは敵同士、ちょうどいいぜ。さ、まだ持ってんだろ? 金の在り処をいいな! さっさと吐いちまった方が、痛い思いしなくて済むと思うぜ?」

周りの男達がげらげらと笑う。くそっ、油断した。金目当てのチンピラか。

「金は無い」

「まあ、こっちもそうすんなりと白状されてもつまらんしな。始めるか。じゃ、先生、後はよろしく」

眼鏡を掛けた男が歩み寄る。この男は周りの連中と全然雰囲気が違う。整った服装に、ふさふさのグレーの髪。だが若く見える。頭良さそうだなー。

「はじめましてだね。私はクロノス。拷問の専門家だ」

!?なんだそりゃ!? いい趣味してんな!!

クロノスは俺の目の前まで来ると、俺の頬を撫でながら紳士的な落ち着く声で言う。

「君みたいな美しい人を拷問できて、幸せだよ」

サイコパス!!

クロノスは傍にある台へ近寄る。台の上にはいろいろな形をした金属の刃物が並べられてある。手術メスの進化系って感じだ。他にもいろいろ変な道具が置いてある。四角い金属の箱は、大きさ的に頭に被せるんだろう。被せられた後どうなるんだ?

いやこれヤバすぎるだろ!!

「君のために説明しておくよ。私は彼らに雇われた。私は君に私の技術で拷問を施す。無駄を省き、ただ痛みと苦痛を与えることそれだけに特化した、洗練された方法さ。君がそれに耐えかねて金の在り処を吐けば、私にもその金の一部が支払われる。といったところだ」

クロノスは刃物の一つを取り上げる。大きな針のような形をしていて、先端が禍々しくとげとげしている。部屋のランプの灯りが反射して、ぎらぎらっと光る。

待て待て待て待て!!

「…ななな何に使うんだよそれ!」

「刺すんだよ」

「どこに!?」

「君に」

意識飛びそう。

逃げようとあがくが、両手両足は全く動かない。

「レンブルフォートの道具だよ。向こうは拷問の本場だからね。私はてっきり、君ならどうやって使うか知ってると思ったが?」

知らんて! 知らん!

「ちなみに、現在のところ、自白成功率は100パーセントだよ」

いらん情報! クロノスはにっこりと微笑む。不気味。

「…なあ、先生、さっさと始めてくれや! 俺らも楽しみにしてたんだからよ!」

周りの男達がクロノスを急かす。

「ああ…そうだね」

クロノスは別の刃物を取る。細長いナイフが途中でぐにゃぐにゃっと悪魔的に曲がったような形。

血の気が引いていく。

「…うーん…これじゃ肉を抉る量が多すぎるな…輸血すればいいか…血液のストックはあったかな? 君、血液型何型だい?」

「ビ、B型…」

「良かった。たっぷりあるよ」

何がいいんだ! 不吉すぎるだろ! 想像してしまうからやめてくれ!

「ま、待ってくれ、俺は本当に何も知らない!」

「私は焦らない。君が最大限に痛みを感じてくれるよう、時間をかけて丁寧に進めなければならないからね」

再びクロノスが優しく微笑む。本物だ。このタイプが一番ヤバいんだよ!

「…さて、まずはこの子に催眠をかけなくてはならない。悪いが、お前たちは部屋を出てくれないか」

「何だって!?」

男達が不満を叫ぶ。

「先生、そりゃないぜ! 俺らにも見せろ!」

「催眠が終わって、この子に恐怖が浸透すれば、拷問の準備はできたから、もう一度戻ってもらって構わない」

「その間何してろってんだ?」

「他の人間がいると気が散ってしまって、催眠の効果が十分でなくなる可能性もある。そうなると、その後の拷問もこの子の苦しみが減ってしまう。それではつまらないだろう? せっかくこんな上玉を拷問できるというのに」

「…ちっ、しかたねえな。行くぞ」

男達がしぶしぶ部屋を出ていく。

バタン。

最後の男が出ていき、扉が閉められた。クロノスは俺に近づいて、少し小さな声で話しかける。

「会えて光栄だよ。レンブルフォート皇子、ルシーダ」

!!

「何!? 何で知ってる!?」

「君のことはずっと気にかけていた。王都に着いた時からね。街中ですれちがったこともあるんだが、覚えてないだろう」

はい、全然。

「大丈夫。すでに通報してある。もうそろそろ憲兵がのり込んでくるはずだ。私は君に近づく機会をずっとうかがっていた。それで今回たまたまやつらを利用しただけだ」

そういうことかよ!…よかったぁ…緊張が一気に解けて、体から力が抜ける。マジでびびった…

突然、男達の騒ぐ声が聞こえた。

「…憲兵だ! 全員抵抗を止めろ!」

男達の言い争う怒声。何発かの銃声。走り回るあわただしい足音。物が落ちる音。どうやら憲兵がのり込んだようだ。助かった…

「…君とはまた後で、2人きりで会いたい。話したいことがある」

2人きりか。ちょっとヤなんですけど。でも俺も、何でこいつが俺が帝国の皇子だって知ってるのか聞きたいしな。

「…そうだな」

バン!

扉が開けられる。

「ご無事でしたか!」

憲兵が駆け寄る。

「ご苦労様です」

クロノスが挨拶する。憲兵相手に何だか堂々としている。

「クロノス先生、今回は協力してくれてありがとうございます」

「いいえ。なんてことはありません」

クロノスは俺の方を見る。

「正式の自己紹介が遅れたね。私は王立科学戦術兵器研究所のクロノスだ」

俺はいろいろ理不尽な気がしてクロノスに抗議する。

「…拷問しないならはやく言えよ!」

「いやぁ、すまない。怖がらせてしまったね。ちょっと調子にのってしまったよ。涙目で怖がる君があんまりかわいいものだから、つい、ね」

クロノスは俺の涙を指で拭う。

「楽しませてもらったよ。ごちそうさま」

ぬぅ~~!!!


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