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第1章/1-36
17 ▽盗賊ニキータ▽
しおりを挟む僕はイスカール、ニキータと一緒に3人でレンブルフォートの宮廷を脱出する。宮廷の端の森にイスカールが馬車を隠しておいたので、それに乗り込む。とりあえず戦場から離れよう。
「…ニキータ、君はどうする? 一緒に行く?」
「当然さ。そうさせてもらうぜ。まだあんたらといた方が安全そうだからな」
僕とニキータは馬車に荷台に乗り込む。イスカールが馬車を走らせる。
「これからどこ行くんだ?」
「とりあえず、人目につかない、安全で静かな場所へ」
「…え? それだけ?」
「それだけ」
実はこれから先のことはあまり考えていない。僕も案外無計画だなと反省する。ただちょっと弁解するなら、あえて考えなくてもよかったんだ。前の村に戻るのはそれなりに危険。あそこで捕まったわけだし。今なら戦闘でこの近辺は混乱しているから、適当に身を隠す場所はいくらでもある。帝国陣営も王国陣営も、お互い僕どころではないはずだ。しつこく追われることもないだろう。事前に細かく計画を立ててしまうと、それにとらわれて、その場の状況に合わせて柔軟に対応できなくなる。外の環境や戦闘の状況は前もって詳しく知ることはできない。計画は立てられないし、立てるべきでない。大まかにうまくいくのが分かっているなら、後はその場その場に合わせて対応していくのが、正解。
「ニキータはどこまで行くの? アジトにはいつ戻るの?」
「アジト? そんなもんねえよ」
「え? シーフなんでしょ? 仲間とアジトにいるんじゃないの?」
「ああ…そういうふうに思うんだな。まあ素人なら無理もない。確かにそんなやつらもいるかもしれないが、そういうのは本当にただのチンピラか、昔ながらのギャングだよ。ほとんどの盗賊ってのはそんなふうに拠点を持ったり仲間と年中つるんだりしない。目立つし、財宝1ヶ所にまとめたらリスキーだろ。すぐ憲兵に目つけられちまう」
「じゃあニキータはどうしてるの?」
「ま、兼業、って言えば分かりやすいかな。ロマンは無いかもしれないが実体はそんなもんさ。オレの知ってる範囲では9割以上そうだぜ。昔は専業盗賊もやってみたこともあるけど、食えたもんじゃない。中には怪盗って呼ばれるようなスターもいるが、一握りさ。リスクの低い盗みじゃうまくいっても稼げないし、普段はうまくいっててもそのうちついボロが出ちまう。所詮人間のやることだしな。盗賊家業は一回のミスが命取りなんだ。そんで捕まっちまう。だから普段は別の仕事をして、今回みたいな確実に盗める時にだけ行動して、盗む。盗賊家業のコツは確実に勝てるチャンスが来るまで待つことだ。何年でも。それがプロってもんよ」
「そうなんだ…ニキータは1人で盗むの?」
「仲間はいるにはいるが、普段はバラバラで行動しててな。今回のことがあったから久々に集まって、協力して宮廷に入れたんだけど、俺はしくじったからな。あいつらはもうとっくにお宝くすねて宮廷をおさらばしてるだろうよ」
「え、仲間を助けないの!?」
「そういうふうに決めてあるんだ。あまくないんだよ、盗みは」
「ごめん…僕のせいだ」
「謝んなよ、さっきも言ったろ、お前が一番のお宝なんだからな! 結果オーライ、大成功だ。オレも、仲間がしくじれば見捨てることになるし、恨みもなにもない、お互いさまさ。何も心配することないぜ」
ニキータは僕に向かって微笑む。
「ま、なかなか計画通りってわけにはいかないけどな。でもそれがおもしろいんだよ」
…うん。なるほどね。僕はニキータが好きかもしれない。
「…ところで、気になったんだけど」
ニキータが少しトーンをおさえる。
「…アナスタシア、お前、コルフィナ吸うんだな。ちょっと意外だぜ」
「ああ…捕まる前にコルフィナの工場で働いてたからね」
「そうなのか!?」
ニキータが少し驚く。
「オレはてっきり王女様か何かだと思ってた…だってあのじいさん、お前のこと殿下って呼んでるし、お前貴族か何かだろ? 違うのか?」
あーそうか。いろいろ訂正しなくては。
「僕は貴族じゃないよ…あと、面倒なことにならないように一応言っておくけど、僕は男だよ」
「ふあっ!?」
ニキータがまぬけな声を出す。
「子供の頃に去勢されたからね。男らしく成長しなかったんだよ」
「…きょせい…?」
「切っちゃって、無いんだ」
僕は股のあたりで手の平をひらひらさせる。切る動作のジェスチャー。
「…それ、本当か?」
「本当」
「…そ、そうか…うん…」
ニキータは事実を受け止めるのに少し時間がかかっている。いつものことだが、毎回少し申し訳ない気持ちになる。
「…うん。言われてみればそんな感じかもしれない。でも言われないと全然分かんないな」
「よく言われるよ」
「そうか…」
ニキータが少し考え事をしている。
「…これからお前、どうすんだ? 工場戻れないし、無職だろ?」
「確かに…」
混乱がおさまるまでしばらく身を隠すにしても、どうやって生活しよう。お金持ってないんだよな…この状況でお金が使えるかは知らないけど。
「…オレの今いるとこ、来るか?」
「え?」
「それなら一緒にいられるだろ。オレの職場なんだけど、身を隠すには好都合なんだ。こんな状況でもな。盗賊やってるオレがいられるようなところだから」
「ニキータが働いてるところ?」
あ、ちょっと待って。なんかイヤな予感する。
「…大丈夫。お前にぴったりなんだよ。お前ならきっと人気でるぜ」
どゆこと。
「なんかちょっと…」
「どうせ行くとこないんだろ?」
「そうだけど」
「…なあ、じいさん!」
ニキータは馬車を操縦するイスカールに話しかける。
「今からオレの言う通り走ってくれないか」
イスカールは僕の方を振り向く。
「…いかがします、殿下?」
んー…
「…ニキータの言う通りにしてくれ」
「分かりました」
ニキータがイスカールに指示して、イスカールがその通り馬車を走らせ始める。
さて、どこに連れていかれるのやら。
…なかなか、計画通りには、いかないものだ。でも、それが、おもしろい。
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