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手取川の戦いー決着ー
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「ふむ、やはり越中を抜けてきたか?」
「いえ、越中の神保からは知らせは来ておりませぬ。かといって奴らが寝返った様子もありません」
「なれば面妖な。織田軍は空を飛んで現れたとでもいうのか?」
謙信は酒杯を手に愉快そうに笑いを漏らす。戦において自らの想像を超えた相手をたたえる気持ちすら沸いていそうだ。
「後詰めの直江勢と喜平次の手勢を向かわせよ。後、景虎の手勢を北に振り向けよ」
「は…はは!」
指示を聞いた家臣は北への備えに首をかしげつつ使い番に命を伝えた。
「ははは、不識庵め、今頃度肝を抜かれておろうな」
「油断は禁物にござる。一隊が北に向かったと物見から報告がありました」
「あ奴はどんな頭をしてるんだ?」
「さて、まあ動物的な勘でもあるんじゃないですか?」
「越後の龍だからのう」
「まあ、あれです。とりあえず後衛を切り離してこっちに振り向けたようです。迎撃しますよ」
「であるか。まあ、あれだ。東西に細長く領土を広げたがあ奴の失策よ」
「はいはい、んじゃいきますよー。鉄砲隊前へ! 構え…うてええええええええええい!!」
秀隆の命により鉄砲隊が一斉に火を噴く。尾張筒はすでにある程度の部隊に普及しており、そもそも今この戦場にいるのは信長の直属部隊である。訓練の成果を大殿に見せるのだと、非常に士気が高い。
この戦で活躍すれば寝所に呼んでいただけるかも…?とか一部別方向で萌えていた連中は…たぶんいなかった。うん、いないと思おう。
上杉勢は常識外れの射程で着弾したことに驚き一瞬足が止まる。だがすぐに距離を詰めねば不利になるのは自らであると思い直し、全速全身を命じ…られなかった。前衛部隊の指揮を執る部隊長がほぼ同時に狙撃されたのである。即死しないにしても戦闘や行動はできないものが多い、そこにさらに銃弾が撃ち込まれる。とくに直江勢は大混乱に陥った。
「よし、かかれ!」
「おうよ、任せな!」
長身巨躯の武者があり得ない巨馬に乗って朱色に塗られた槍を手に駆ける。彼に続くは同じく体躯の大きな兵だった。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
先頭を走る武者が喊声を上げて切り込む。巨大な槍身が振るわれるたびに血煙が舞い、切断された人体が弾け飛ぶ。続く徒歩武者は目にもとまらぬ速さで槍を振るい、急所を貫かれた死体が後に残るだけだった。さらに続くのはまだあどけなさの残る少年兵だが、一番凶悪だったのは彼かもしれない。長大な樫の棍棒を振るい、当たるを幸いと敵兵を撲殺する。
精強をうたわれた越後の兵だが、次々と織田の特攻隊に討たれてゆく。一文字に矢のような勢いで飛び込んできたため、包囲しようとする動きが出るが、秀隆の指揮する鉄砲隊に牽制され、一気に陣列が切り裂かれていった。
彼らが引き上げていったあとで追撃してきた喜平次景勝が見たものは、陣城が築かれ土塁の中から突き出される筒先であった。5000の兵、しかも最先端の鉄砲を抱える織田勢に、同数程度の兵力では太刀打ちできない。景勝は即座に後退を指示した。
「なんと、織田は底知れぬ戦力を持って居る。尾張の弱兵と侮れぬな」
報告を聞いた謙信は嘆息する。実際問題挟撃が完成しつつある。全軍で陣城にかかれば何とか抜けるかもしれないが、後方から浅井率いる織田軍に攻撃されれば潰走は避けられない。絶体絶命とはこのことかと謙信は苦笑いを浮かべる。
「申し上げます。鰺坂殿より早馬が参りました」
「通せ」
「はっ!」
「申し上げます。先日羽咋より上陸した羽柴筑前が七尾城を奇襲、城は陥落いたしました!」
「そうか、当たってほしくない予想ばかり当たるものじゃな」
「御実城様はそのことを予見しておいででしたか?」
「景虎の兵だけではしのぎ切れまい。とすると方法は三つじゃ」
「それはどのような?」
「まずは正面の浅井の兵を叩く。もしくは後方の砦を落とす」
「どちらも短期決戦が求められますが、勝機は薄いかと」
「であるな。となると3つ目かの」
「それは?」
「うむ、和睦じゃ、向こうの砦には当主自ら入っておるらしいからの。直談判としゃれこもうか」
「危険です!」
「だがなあ、儂の首一つで多くの兵の命が助かるとなれば、そりゃあ行くだろ?」
「われら全滅すれども構いませぬ」
「たわけが、ここで兵が全滅すれば、儂一人おっても上杉は潰されるわ。おそらくじゃが明日には飯山が攻められているとか報告が来ると思うぞ」
「な…」
「なればこれより談判に参る。喜平次、供をせよ。ほかの人選はおぬしに任す」
「はは!」
「景虎には守りを固めて打って出るなと伝えよ」
「はっ!」
そうして馬に乗ると謙信はゆったりと歩ませた。白旗を掲げた使い番が走るのを笑みすら含んだ表情で見送っていた。
砦に籠っている織田軍も実は戦々恐々としていた。謙信率いる本隊が攻めてこられたらどれだけ持ちこたえられるかはかなり厳しいと言わざるを得ない。先日の戦闘で雨あられと矢玉を使ったため、実はあと2日ほどの戦闘に耐えられる量しか備蓄がない。
「謙信はどう出るかの?」
「兄上ならどうされますか?」
「まあ、恥も外聞も捨てて和睦じゃの。土下座は只じゃ」
「はっはっは、そんな兄上が大好きです。そんな真似ができるのは日ノ本でも兄上くらいでしょう」
「おい秀隆、それは褒めているのか?」
「いざというときに最も思い切った判断ができるのが天下取りに欠かせぬと思っておりますよ」
「むう、まあよい。って来たかな?」
「そのようですな。では手はず通りに」
「うむ。任せよ」
謙信は案内されるままに織田の陣内に入り、一つの陣屋に通された。1日で建てたとは思われぬほどしっかりとした建物に謙信は興味深げに周りを見渡す。
しばらくして南蛮胴の甲冑に身を包み、天鵞絨のマントを羽織った信長が近習を引き連れて入ってきた。当然のように上座に坐する信長に上杉の近習は怒気をはらませるが、謙信のひとにらみでしゅんとする。信長は飼い犬のようじゃと場違いな感想を持ったが脳裏にとどめおいた。
「お初にお目にかかる。関東管領、上杉不識庵と申す」
「織田弾正忠である」
「さて、此度は提案をもって参った。当家は織田家との同盟を申し込みたい。織田殿を盟主と仰ぎ、その下知に従おう。また越中は織田の分国として割譲いたす。いかがだろうか?」
「儂に頭を下げると?」
「左様。して、今の条件を容れていただけぬ場合は、儂が率いる軍はすべて死兵となり、この砦に攻めかかるでありましょう。返答やいかに?」
「であるか。なれば一つ。追加を飲んでいただければその条件受けよう」
「なにかな?」
「この酒杯に当家の者が作った酒を注ぐ。これを飲み干していただこう。できれば今の条件全て容れる。できなくば、佐渡をいただこう。如何?」
「ふ、なれば勝手に固めの杯とさせていただくぞ?」
「よかろう。飲めれば…な」
信長の目元が笑っていることに上杉陣営は気づいているが、それは謙信が全面降伏を申し出たことによる上機嫌であると思っている。
一人の青年が入ってきた。手の徳利から無色の酒を大杯に注ぐ。わずかな麦の香りと濃い酒精のにおいが鼻を突く。謙信は今まで飲んだことがない酒に知らず固唾をのむ。
信長に一礼し、おもむろに大杯を掲げ、酒を口に流し込み…あまりに強い酒精の刺激に噎せた。もうそれは派手に吹き出した。対面の信長はこらえきれず大笑いしていた。
「佐渡はいただくがよいか? 不識庵よ」
「むう、これは参った。いろいろと儂の負けであるな。これより殿と呼ばせていただこう」
「わははははははは、まあ、改めてよろしく頼む。で、その酒だが生の一番きつい状態で注いだ。ほぼ酒精そのものじゃ。飲み干したらお主しばらくは立てなくなっていたであろうよ」
「ほう、それは酒飲みとしての矜持に耐えかねる。再度挑ませていただきたい!」
「まあ、急くな。秀隆、あれを持ってこい!」
「はっ!」
先ほど酒を注いだ青年、秀隆が持ってきたのはガラス細工のグラスであった。
「立山の石清水です。昨晩組み置きました」
「おぬし、あの行軍中にそんなもん調達しておったのか…」
「はっはっは、立山の清水なればただ飲んでもうまいですが、それで割って飲む酒は一味違った味ですぞ?」
その一言に謙信がピクリと反応する。
「酒半分、水半分で混ぜて飲んでくだされ。楽しめますぞ」
「ほう…これは!?」
謙信は行軍中に奇襲を受けたときより驚いた顔をしていたとのちに喜平次景勝は語っている。
「うまい!」
「でしょう?」
「で、実はこの酒ですが、まだ未完成なのです」
「なんじゃと?!」
「これはこののち甕に詰めて、寝かせます」
「それは…如何ほど?」
「そうですなあ、5年か、10年か。うまく保存すればこの酒はどんどん深みを増します。飲みたいですよね?」
「むろんじゃ! むしろ飲ませてくれなければわしは化けて出てやるぞ!」
「なれば、一つ約束しましょう。天下に静謐が戻ったとき、この酒で祝杯を上げましょう」
「のった!」
「御実城様…」
ここで謙信以外の人間の考えは一致していた。
「「「こいつ酒で釣られやがった」」」
こうして手取川河畔における織田と上杉の戦は集結した。不識庵謙信の降伏によって。謙信は織田に降伏したに非ず、主上に対する勤王の士に降ったのだ。と言いつくろっていたが、尾張焼酎の軍門に下ったのは謙信を知る者にとってはあからさますぎる事実であったという。
「いえ、越中の神保からは知らせは来ておりませぬ。かといって奴らが寝返った様子もありません」
「なれば面妖な。織田軍は空を飛んで現れたとでもいうのか?」
謙信は酒杯を手に愉快そうに笑いを漏らす。戦において自らの想像を超えた相手をたたえる気持ちすら沸いていそうだ。
「後詰めの直江勢と喜平次の手勢を向かわせよ。後、景虎の手勢を北に振り向けよ」
「は…はは!」
指示を聞いた家臣は北への備えに首をかしげつつ使い番に命を伝えた。
「ははは、不識庵め、今頃度肝を抜かれておろうな」
「油断は禁物にござる。一隊が北に向かったと物見から報告がありました」
「あ奴はどんな頭をしてるんだ?」
「さて、まあ動物的な勘でもあるんじゃないですか?」
「越後の龍だからのう」
「まあ、あれです。とりあえず後衛を切り離してこっちに振り向けたようです。迎撃しますよ」
「であるか。まあ、あれだ。東西に細長く領土を広げたがあ奴の失策よ」
「はいはい、んじゃいきますよー。鉄砲隊前へ! 構え…うてええええええええええい!!」
秀隆の命により鉄砲隊が一斉に火を噴く。尾張筒はすでにある程度の部隊に普及しており、そもそも今この戦場にいるのは信長の直属部隊である。訓練の成果を大殿に見せるのだと、非常に士気が高い。
この戦で活躍すれば寝所に呼んでいただけるかも…?とか一部別方向で萌えていた連中は…たぶんいなかった。うん、いないと思おう。
上杉勢は常識外れの射程で着弾したことに驚き一瞬足が止まる。だがすぐに距離を詰めねば不利になるのは自らであると思い直し、全速全身を命じ…られなかった。前衛部隊の指揮を執る部隊長がほぼ同時に狙撃されたのである。即死しないにしても戦闘や行動はできないものが多い、そこにさらに銃弾が撃ち込まれる。とくに直江勢は大混乱に陥った。
「よし、かかれ!」
「おうよ、任せな!」
長身巨躯の武者があり得ない巨馬に乗って朱色に塗られた槍を手に駆ける。彼に続くは同じく体躯の大きな兵だった。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
先頭を走る武者が喊声を上げて切り込む。巨大な槍身が振るわれるたびに血煙が舞い、切断された人体が弾け飛ぶ。続く徒歩武者は目にもとまらぬ速さで槍を振るい、急所を貫かれた死体が後に残るだけだった。さらに続くのはまだあどけなさの残る少年兵だが、一番凶悪だったのは彼かもしれない。長大な樫の棍棒を振るい、当たるを幸いと敵兵を撲殺する。
精強をうたわれた越後の兵だが、次々と織田の特攻隊に討たれてゆく。一文字に矢のような勢いで飛び込んできたため、包囲しようとする動きが出るが、秀隆の指揮する鉄砲隊に牽制され、一気に陣列が切り裂かれていった。
彼らが引き上げていったあとで追撃してきた喜平次景勝が見たものは、陣城が築かれ土塁の中から突き出される筒先であった。5000の兵、しかも最先端の鉄砲を抱える織田勢に、同数程度の兵力では太刀打ちできない。景勝は即座に後退を指示した。
「なんと、織田は底知れぬ戦力を持って居る。尾張の弱兵と侮れぬな」
報告を聞いた謙信は嘆息する。実際問題挟撃が完成しつつある。全軍で陣城にかかれば何とか抜けるかもしれないが、後方から浅井率いる織田軍に攻撃されれば潰走は避けられない。絶体絶命とはこのことかと謙信は苦笑いを浮かべる。
「申し上げます。鰺坂殿より早馬が参りました」
「通せ」
「はっ!」
「申し上げます。先日羽咋より上陸した羽柴筑前が七尾城を奇襲、城は陥落いたしました!」
「そうか、当たってほしくない予想ばかり当たるものじゃな」
「御実城様はそのことを予見しておいででしたか?」
「景虎の兵だけではしのぎ切れまい。とすると方法は三つじゃ」
「それはどのような?」
「まずは正面の浅井の兵を叩く。もしくは後方の砦を落とす」
「どちらも短期決戦が求められますが、勝機は薄いかと」
「であるな。となると3つ目かの」
「それは?」
「うむ、和睦じゃ、向こうの砦には当主自ら入っておるらしいからの。直談判としゃれこもうか」
「危険です!」
「だがなあ、儂の首一つで多くの兵の命が助かるとなれば、そりゃあ行くだろ?」
「われら全滅すれども構いませぬ」
「たわけが、ここで兵が全滅すれば、儂一人おっても上杉は潰されるわ。おそらくじゃが明日には飯山が攻められているとか報告が来ると思うぞ」
「な…」
「なればこれより談判に参る。喜平次、供をせよ。ほかの人選はおぬしに任す」
「はは!」
「景虎には守りを固めて打って出るなと伝えよ」
「はっ!」
そうして馬に乗ると謙信はゆったりと歩ませた。白旗を掲げた使い番が走るのを笑みすら含んだ表情で見送っていた。
砦に籠っている織田軍も実は戦々恐々としていた。謙信率いる本隊が攻めてこられたらどれだけ持ちこたえられるかはかなり厳しいと言わざるを得ない。先日の戦闘で雨あられと矢玉を使ったため、実はあと2日ほどの戦闘に耐えられる量しか備蓄がない。
「謙信はどう出るかの?」
「兄上ならどうされますか?」
「まあ、恥も外聞も捨てて和睦じゃの。土下座は只じゃ」
「はっはっは、そんな兄上が大好きです。そんな真似ができるのは日ノ本でも兄上くらいでしょう」
「おい秀隆、それは褒めているのか?」
「いざというときに最も思い切った判断ができるのが天下取りに欠かせぬと思っておりますよ」
「むう、まあよい。って来たかな?」
「そのようですな。では手はず通りに」
「うむ。任せよ」
謙信は案内されるままに織田の陣内に入り、一つの陣屋に通された。1日で建てたとは思われぬほどしっかりとした建物に謙信は興味深げに周りを見渡す。
しばらくして南蛮胴の甲冑に身を包み、天鵞絨のマントを羽織った信長が近習を引き連れて入ってきた。当然のように上座に坐する信長に上杉の近習は怒気をはらませるが、謙信のひとにらみでしゅんとする。信長は飼い犬のようじゃと場違いな感想を持ったが脳裏にとどめおいた。
「お初にお目にかかる。関東管領、上杉不識庵と申す」
「織田弾正忠である」
「さて、此度は提案をもって参った。当家は織田家との同盟を申し込みたい。織田殿を盟主と仰ぎ、その下知に従おう。また越中は織田の分国として割譲いたす。いかがだろうか?」
「儂に頭を下げると?」
「左様。して、今の条件を容れていただけぬ場合は、儂が率いる軍はすべて死兵となり、この砦に攻めかかるでありましょう。返答やいかに?」
「であるか。なれば一つ。追加を飲んでいただければその条件受けよう」
「なにかな?」
「この酒杯に当家の者が作った酒を注ぐ。これを飲み干していただこう。できれば今の条件全て容れる。できなくば、佐渡をいただこう。如何?」
「ふ、なれば勝手に固めの杯とさせていただくぞ?」
「よかろう。飲めれば…な」
信長の目元が笑っていることに上杉陣営は気づいているが、それは謙信が全面降伏を申し出たことによる上機嫌であると思っている。
一人の青年が入ってきた。手の徳利から無色の酒を大杯に注ぐ。わずかな麦の香りと濃い酒精のにおいが鼻を突く。謙信は今まで飲んだことがない酒に知らず固唾をのむ。
信長に一礼し、おもむろに大杯を掲げ、酒を口に流し込み…あまりに強い酒精の刺激に噎せた。もうそれは派手に吹き出した。対面の信長はこらえきれず大笑いしていた。
「佐渡はいただくがよいか? 不識庵よ」
「むう、これは参った。いろいろと儂の負けであるな。これより殿と呼ばせていただこう」
「わははははははは、まあ、改めてよろしく頼む。で、その酒だが生の一番きつい状態で注いだ。ほぼ酒精そのものじゃ。飲み干したらお主しばらくは立てなくなっていたであろうよ」
「ほう、それは酒飲みとしての矜持に耐えかねる。再度挑ませていただきたい!」
「まあ、急くな。秀隆、あれを持ってこい!」
「はっ!」
先ほど酒を注いだ青年、秀隆が持ってきたのはガラス細工のグラスであった。
「立山の石清水です。昨晩組み置きました」
「おぬし、あの行軍中にそんなもん調達しておったのか…」
「はっはっは、立山の清水なればただ飲んでもうまいですが、それで割って飲む酒は一味違った味ですぞ?」
その一言に謙信がピクリと反応する。
「酒半分、水半分で混ぜて飲んでくだされ。楽しめますぞ」
「ほう…これは!?」
謙信は行軍中に奇襲を受けたときより驚いた顔をしていたとのちに喜平次景勝は語っている。
「うまい!」
「でしょう?」
「で、実はこの酒ですが、まだ未完成なのです」
「なんじゃと?!」
「これはこののち甕に詰めて、寝かせます」
「それは…如何ほど?」
「そうですなあ、5年か、10年か。うまく保存すればこの酒はどんどん深みを増します。飲みたいですよね?」
「むろんじゃ! むしろ飲ませてくれなければわしは化けて出てやるぞ!」
「なれば、一つ約束しましょう。天下に静謐が戻ったとき、この酒で祝杯を上げましょう」
「のった!」
「御実城様…」
ここで謙信以外の人間の考えは一致していた。
「「「こいつ酒で釣られやがった」」」
こうして手取川河畔における織田と上杉の戦は集結した。不識庵謙信の降伏によって。謙信は織田に降伏したに非ず、主上に対する勤王の士に降ったのだ。と言いつくろっていたが、尾張焼酎の軍門に下ったのは謙信を知る者にとってはあからさますぎる事実であったという。
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