乾坤一擲

響 恭也

文字の大きさ
56 / 172

閑話 井伊万千代

しおりを挟む
「たあああああああ!」
 万千代が木刀を振り上げ裂帛の気合とともに目の前の男に切りつける。
「甘い」
 振り下ろしの斬撃はすっと外され、上から柄本を叩かれた。軽く打っただけに見えるが、手がしびれてしまい万千代は木刀をとり落とす。
「万千代は力が強い。だがその力に振り回されてるな」
「むう、もう一本です!」
「いいだろ、かかってきなさい」
「とおおおおおおおおお!」
 今度は突きを放つがそれも外され、手が伸び切った刹那を横から叩かれる。木刀が宙に舞った。
「一撃必殺が悪いとは言わんけどな、外された時のことも考えないとこうなる」
「ううう、ですが戦場では二合目はありませぬ」
「そうだな、それも正しい。だが、一対一だけしかないと誰が決めた?」
「あっ!」
「どこから敵が現れるかわからぬ。そこで一点集中して力を振るえる機会はほとんどない。むろん一心不乱に敵と戦うこともあるだろう。だが、広く視野を持ち、それこそ背後からの攻撃を捌けるほどにならねばならぬ」
「はいっ!」
 秀隆は背後の近習に目配せをする。
「さあ、もう一本だ。来い!」
「はい!」
 一直線に突進してくる。だが体ごとぶつかって来るような刺突ではなく、しっかりと足を踏みしめた状態で重心を残した動きだった。体をそらして外すが、手首を返して薙ぎ払いに変化する。そこをあえてがっしりと受け止める秀隆。そこで万千代が横に飛びのいた。
 背後から迫った近習が万千代に背後から木刀を振り下ろしたのである。
「おお、見事!」
 そこから秀隆ともう一人の近習が交互に万千代に攻撃を仕掛ける。万千代は体を捌き、常に二人が視界に入るよう立ち回り、最小限の動きで攻撃を防ぎ続けた。そのまま打ち合って最後には追い詰められるが、万千代は近習に突進し全力の攻撃で叩き伏せる。そして再び秀隆に向き合った。
「うん、合格!」
「ありがとうございます!」
「さすがにあの目配せはあからさますぎたか」
「そうですね。話の内容と合致しすぎていて、ピンときました」
「うん、それでいい。どこに手掛かりがあるかわからないからな。あらゆることに神経をとがらせるのだ」
「はい!」
「それでだ。元服を許す。諱は直政と名乗れ」
「父上の偏諱はいただけないのですか?」
「それは今後の働き次第だな。励め半人前!」
「はい!」
「あ、それと、次からは利益にお前の武術指南を任す」
「はい…って、え?」
「利益はうちでも一番の武者だからな。お前を厳しく鍛え上げてくれよう」
「は、はい…」
「あー、それと、利益から一本取るまではひなたに指一本触れることは許さん!」
「父上、本音が駄々漏れです…」
「やかましいわ! そう思うならとっとと一人前になりやがれ!」
「わかりました!」

 こうして井伊万千代改め直政は織田でも有数の猛将として名を轟かせることになる。皆朱の具足を信長に与えられ、井伊の赤備えは、山県、真田と合わせて武勇と畏怖の象徴となるのであった。
 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

処理中です...