乾坤一擲

響 恭也

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周辺諸国情勢と戦勝の宴

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 今回の戦で吉継が率いた兵は現地の住民から募ったものだった。さらに副官は、先日彼が一目ぼれした娘の兄であった。最初は異国の男に嫁がせるのはと渋っていた彼も、この戦いで見事な指揮を見せた吉継に心酔することとなる。そもそも、彼女は非常に美しく、南蛮人が攻め寄せてくればさらわれていた可能性が高いと言われていた。
 南蛮人たちは彼らから奪うばかりで、人間扱いされていたかも疑問だった。だが日ノ本の人は命がけで戦い、彼らを守った。マラッカの地はアユタヤ朝の王から租借という形で治外法権を認めさせている。事実上の侵略ではあるが、アユタヤ朝は南蛮人から民衆を守ることができなかった。日ノ本の使者は礼節を重んじ、表面上は対等の立場を崩さなかった。そして交易による利益はかの地の民衆をも潤すこととなる。
 現在でいうベトナムの地は明の冊封を受けていた。現在明は内乱でまともに国家としての体をなしていない。そして日ノ本は明と対等の盟約を結んでいる。条件も明より明らかに緩やかであったため、日ノ本の冊封下に入ることを決意し、事実上の属国となった。
 このたびの戦の結果、ジャワ島のジャカルタに石田三成が封じられた。大小の島々が浮かぶ地域であり、それらを平定する任についた。王と呼べるほどの大きな権限を持った者はいないが、大小の島にはそれぞれの首長がいる。彼らをまとめ上げるという意味で、非常に困難な任であった。

 様々な交渉や準備が行われ、ゴア総督との間に講和が結ばれた。捕虜も返還されたが、彼らが再び戦場に立てるかはそれこそ神のみぞ知る、である。
 吉継の結婚話を聞いて、ある人物がすっ飛んできた。それこそ大阪から直行の船を用意して、借り上げてきた。彼の主君たる秀吉である。
「平馬よ、お主もついに嫁を貰うとか。思わずすっ飛んできたぞ!」
「殿、わざわざありがとうございます!」
「秀吉よ。相変わらず情に篤いな(部下の結婚話と出世祝いにかこつけて観光に来たのか)」
「秀隆様はお見通しですな。まあ、寧々と旅をしたかったのもありますぞ。女房孝行にござります」
「うむ、そうじゃの」
「秀吉よ、久しいな」
「これは大殿。ご無沙汰しております」
「なに、お互い隠居の身じゃ。おぬしはすでに我がもとで一生分の働きを上げたと思っておるよ」
「これはありがたきお言葉にございます。なれど息子の面倒を見てしまうんですなあ」
「ふふ、我が子はかわいいゆえにな」
「まことにござる」

 現地の風習と日ノ本の様式を折衷した形で、盛大に宴は開かれた。主役は今回の戦で南蛮人の部隊を撃破した大谷吉継の婚礼である。戦勝の宴も兼ねており、戦いに参加した兵やその家族も招かれていた。
「此度は良く戦ってくれた。皆の勇戦のおかげじゃ。今宵はたらふく飲んで食って騒ぐがよい! 乾杯!」
 信長のあいさつに参加者は歓声を上げる。日ノ本の風習に従って、信長の膝の上には帰蝶が座っていた。妻を大事にするのが我が国の国風である、と大真面目な顔で宣言した信長は、皆の目の前で妻を抱き上げ膝の上に座らせたのである。
 南国の陽気な民はそのやり方に大いに感銘を受けた。そして妻や恋人を抱き寄せ、大いにいちゃつき始めた。吉継も新妻を膝に乗せ照れ笑いを浮かべていた。
「平馬よ、お主もにやつくんじゃのう」
「やかましいわ。だが妻とは良いものじゃ。力が無限に湧いてくる心地じゃ」
「あー、先日の戦ではかなりすさまじかったようじゃの」
「佐吉よ。お主とて妻に危機が及べば…」
「根切りじゃ」
「だろうが」
「うむ」
「守るべきものができるということはだ、さらに力がわくということじゃ」
「そうだのう」

「オリンサマ。コンゴトモヨロシクオネガイシマス」
「はい、私にできることならばなんでも言ってくださいね」
「アリガトウゴザイマス」
 各旦那の膝の上で、妻たちも親交を温める。もともと三成と吉継は兄弟同然の間柄であった。たどたどしい口調で覚えたばかりの日ノ本の言葉でしゃべろうとする吉継の妻、彩であった。名前はもっと長かったのだが、呼びやすい名前でということで、最初の二文字をそのまま呼び名として、字を当てたといういきさつである。彼女は天性の明るさで、吉継を支え、また兄をはじめとする一族は勇敢な戦士であった。日ノ本からきた吉継の家臣らと交わり、婚姻などで結びついてゆくのだった。

「帰蝶、好きじゃああああああああああああああああああああああ!!!」
「桔梗、ひなた、愛しているぞ!」
「寧々、儂の嫁になってくれてありがとう!!」
 なんかこの場で偉い順に上から3人が壊れた。特に秀吉は号泣している。息子同然に思っていた子飼いの家臣が結婚し、さらに出世を遂げたことを喜び、酒がいつもより進んだとは後日寧々が語るところである。
 そして珍しい光景が続いた。
「おりん、結婚してくれ!!」
「もうしておりますが?」
「あ、そうだったわ。わはははははははははは!!」
「もう、仕方のない殿ですねえ。うふふ」
 普段下戸である三成が酔っぱらって高笑いを上げている。不愛想仏頂面しか見たことのない彼の部下たちは唖然としていた。
「そなたがいれば儂はなんだってできるぞ! この地を発展させて、蓬莱の地とするのじゃ!」
「あらあら、殿がかわいいです。何この可愛い生き物。にゅふふふふふふふ」
 こちらも表情がないという意味で、夫に匹敵しているはずの妻であったが、とろけそうな笑顔で夫の顔を撫でまわしている。そういえばこいつらすでに子供が4人いたな。今日あたり5人目か、とか周囲がもうやれやれといった雰囲気で見ている。
 主君ののろけというある意味一番見たくないものを見せられた家臣たちであったが、ある種人間味を感じられてほっとしているのも事実であった。なんだ、うちの殿も笑うんだ、と。
 そしてふと目線を移すと、嫁に抱き着かれて全開で鼻の下を伸ばし、別室になだれ込もうとする大谷吉継の姿が見えた。彼は人目を気にする余裕もなく、というか嫁に引きずられるように広間から消えたのだった。
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