乾坤一擲

響 恭也

文字の大きさ
140 / 172

嫁軍師の知略

しおりを挟む
 信長と秀隆の視察前、東南アジア、ブルネイの港にて。

「佐吉よ。ゴアの南蛮人が蠢動しておるようでな」
「ふむ、かといって広い洋上では奴らの方に分がある。我らが水軍の力はまだ及ばぬ」
「うむ、ゆえに何か良い知恵はないものかと…」
「軍略ではわたしは平馬に遠くい呼ばぬゆえなあ」
「まあ、それゆえお主のところの女軍師殿に頼れぬものかと」
「うちの嫁を勝手に使うでない。だがまあ、聞いてみようか」
「恩に着る!」
 三成と吉継は連れ立って三成の宿舎に向かう。まだ居城と呼べるようなものはなく、簡単に築いた陣屋の中に居館を作っていたのだった。
「あら、大谷様。うちの殿がいつもお世話になっております」
「ああ、奥方、お構いなく」
 りんは身ごもっていた。三成の子供たちが母親のそばでドタバタと動き回っている。そんな様を見て三成は相好を崩すのだった。
「おまえ、ほかの人間の前でもそういう顔をしてみろ。それだけでお前を敵視している者は半分以下になるぞ」
「どういう意味だ?」
「お前は普段から表情が硬いのだ。ただでさえお堅いお役人がそれでは周りは委縮するだろうが…」
「うぬ。わかってはおるのだが…なかなかに」
「今度仕事中に、奥方の顔を思い浮かべてみよ」
「あらあら、そんなことをしたらこの人は仕事にならなくなりますよ」
「そうだな。儂はお役目の時以外はそなたと子供たちのことで頭がいっぱいなのだ」
「佐吉…もういい、今の言葉をお前の部下たちの前で言ってみろ」
「何を言う、仕事中は仕事の事だけを考えねば」
「…お前にそういう情操を説いたのが間違いだったようだ」
「失礼な奴だ。ひとを朴念仁のように」
「朴念仁に目鼻を生やしたら、石田佐吉になるのだ、知らなかったのか?」
「あらあら、仲がよろしい事です」
 りんがくすくすと笑いだす。周りにいた子供たちも笑顔になる。その雰囲気に吉継は毒気を抜かれ苦笑いを浮かべた。
 りんに食事をふるまってもらい、三成は子供を寝かしつけていた。
「奥方、ちと困りごとがありましてな」
「殿がまた何かやらかしましたか?」
「いや、そうではないのです…また??」
「あー、同輩の方といさかいを…?」
「ああもう、いらぬ騒ぎばかり起こしやがって。心配するほうの身にもなれ!」
「あらあら、ありがとうございます。大谷様のような方がいらっしゃって、私も安心です」
「ああ、いや。腐れ縁です」
「それでもです」
「佐吉は幸せ者じゃなあ。こんな良き奥方がいる」
「お世辞はそれくらいでお願いしますね。それで、何がありましたか?」
「南蛮人が動きを見せているようでしてな。ただ、洋上では我らに勝ち目がない。だが奴らも警戒していて海峡に引きずり込むこともできぬ。警戒態勢が長く続くと負担が大きくなりましてな」
「あー、それは確かに。兵がまず疲弊しますね」
「そうなのです。間もなく御先代様がご家族連れで来られるというのに」
「あ、それです!」
「はい?」
「御先代様が少数の供を引き連れマラッカに来ることを相手に流しましょう。そうすれば引きずり込むことができます」
「は…はあ!?」
「敵を罠に落とすには、落とし穴の上に相手が最も望むものを置くことがコツです。相手に起死回生の機会を与えることで、どっぷりはまり込んでもらいましょう」
「なんと大胆な…」
「それほどでも」
「平馬、どうした?」
「いや、奥方殿の策に感嘆してな」
「どんな策だ?」
「マラッカに交易に来ている商船は諜報も兼ねている。そこを逆手にとって御先代様がマラッカに来ることをあえて漏らす」
「ふむ。おりんが考えたか。ならばその策で行こう」
「おい、曲がりなりにも御先代様を危険にさらすのだぞ?」
「だが、おりんが考えた策であろ? そこに平馬が加わるのだろう?」
「そうだが…」
「ならばよい。現地で藤堂殿とすり合わせる必要はあろうが、わたしが反対する余地はない」
「うむむ、そこまで言われてはやるしかないではないか」

 こうして地図を前に迎撃作戦が練られてゆく。三成は前線部隊が円滑に運営できるよう物資の集積場所と進軍ルートのすり合わせをしていった。また必要な物資の分量を確認する。
 数日後、ルソン経由でブルネイに船が入ってきた。御先代様こと信長と、秀隆、ほか彼らの妻、及び護衛の小隊がついている。
「ふむ、これがその策か…面白いではないか。この儂をおとりに使うという大胆さも気に入った!」
「ありがたき」
「なればマラッカに向かうぞ。先触れも出すがよい」
「はは!」
 秀隆は船酔いでピクリとも動かなかった。

 平馬の率いる兵はあまり多くなく、500足らずであった。
「吉継よ。このような戦術も世にある。そして南蛮人は現地の民を人と思っていない節がある。恐怖を与え、この地に来れなくするのじゃ」
「はは!」
 こうして秀隆からゲリラ戦術を教わった平馬は多大な戦果を挙げるのである。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...