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仕事の後は

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「杭が曲がっています。垂直に立ててください」
「はいっ!」
 クリフの指摘に若い兵は表情をゆがめながら応える。実際、たかが杭打ちと思うかもしれないが、土台を決める重要な要素である。
 というか、剣を振るうことに慣れていてもハンマーを振り下ろすのはまた違った身体の使い方になる。
 大きく息を吸い込んでハンマーを振り下ろした兵には濃い疲労の影がにじんでいた。

 外周部は一回り堀が完成し、盛り土も完了した。

「整列!」
 ビシッと隊列を組んで、こちらを見ている兵たち。慣れていない作業で疲労困憊といった風情だ。

「本日はここまで! 解散!」
 ゴンザレスのオッサンの号令にビシッと敬礼を決めるが、直後に気が抜けたのかへたり込む者たちが続出した。

「むう、鍛え方が足りんか」
 神経細胞まで筋繊維で来ているようなコメントをしているオッサンには一応フォローをしておく。
「不慣れな作業を丸一日こなしたんだ。そりゃ疲れるだろ」
 俺の一言に無言でうなずく兵たち。
「だが戦場ではそんなことを言っていては死ぬぞ?」
 ギラリと眼光を光らせたゴンザレスのオッサン。顔を横一文字に分ける傷跡がその言葉にやたら説得力を持たせていた。

「ま、それはそうかもしれないけどね。工事は安全第一だ。そもそも事故で人員を失うのは困るだろ?」
「正論だな」
「なら必要のない無理はしないさ。明日砦が完成してないと死ぬって状況ならともかくな」
 軽口のつもりで言ったこのセリフを俺は後日ものすごく後悔することになった。まさか今口にした状況が実際に来るなんて思っていなかったからな。

「まあ、それはそうだ」
 重々しくうなずくゴンザレスのオッサン。どうもこのやり取りで俺は兵たちの信頼を得たらしい。
 皇女直属で皇帝陛下の信頼も厚い。元近衛の貴族様。そんな出自が平民出身の兵たちと微妙な距離があったようだ。
 そんなゴンザレスのオッサンに真っ向から反論してそれを認めさせた。平民、さらに言うなら孤児出身で大学を卒業した。
 自分たちの仲間だ、同じ立場だ。そういうふうに思ってもらえたらしい。

「お疲れ様です」
 そこにローリアがギルド職員数名を引き連れてやってきた。
 彼女の後ろには荷車が続いている。その上にはおそらく食料や野営の道具が満載されていた。
 俺の顔を見るとにっこりを笑みを浮かべるローリアに表情を変える若い兵たち。
「ああ、ローリアもお疲れさん」
「ギルさん。物資を持ってきました」
 さっきは仲間を見るような目で見ていた兵たちの視線が痛い。ざくざくと突き刺さる視線を可視化したら俺はハリネズミになるんじゃないだろうか。

「炊き出しだ!」
 俺の指示にギルド職員たちが荷物を降ろして展開を始める。
 土魔法でかまどを作り、薪を組む。その上に鍋を設置して火属性のクリスタルのくずをかまどに投入した。
 
「点火(ティンダー)」
 かまどの中で赤々と火が燃え盛る。歩哨小屋の井戸から水を汲んできて、鍋に流し込まれた。
 ローリアが見事なナイフさばきで野菜を刻んでいく。ゴンザレス隊からも炊事が得意な兵が出てきて、捌いた鳥をざくざくと切り分けて鍋に投入していった。

 同じ釜の飯を食べると言う言葉があるが、一緒に飯を食えばなんとなく相手のことが分かったような気分になる。
 この気分というやつがなかなかに侮れない。なんだかんだ仲間意識を持った相手は見捨てられないし、危機に陥った時には素晴らしい底力を発揮したりする。
 
「おめえら、はじめての割によくやったじゃねえか!」
 いつの間にか現れたガンドルフが兵たちの間を歩いて酒を注いで回っている。
「ありがとうございます!」
「明日も頑張ります!」
 さっきまでへたり込んでいたとは思えない元気な声が聞こえてくる。
 
「ギルさんもどうぞ」
 いつの間にか隣にローリアがいて、俺にグラスを差し出している。
「ああ、ありがと「フン!」ぐがぶ!?」
 どこからともなく飛んできたバールが俺の側頭部を直撃する。
「ふん、いいご身分ね!」
 なぜか不機嫌な表情のローレット殿下が仁王立ちしている。
「何をするの?」
 ゆらりとローレットが立ち上がる。
「現場責任者のくせにデレデレしてるから制裁を加えたのよ」
「わたし相手にデレデレして何が悪いの?」
 衝撃から立ち直ったと思ったらいきなりローリエが俺の腕を抱きかかえた。普通なら幸せな感触のはずなんだが、起伏のないローリエの「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」やめておねがい、ごめんなさいごめんなサイ。
「かわいそうでしょ!」
「……当然の報い」
 肘関節を外す寸前で止めてさらに細かく揺らすことで神経を刺激している。格闘技というよりも拷問のスキルだ。
 俺の苦悶の表情を見てローリエを見る目に恐れが混じった奴と、ごく一部恍惚とした表情を浮かべている奴がいる。
 恍惚の表情を浮かべているのは大盾隊の連中だ。

 なんとかローリエの責め苦を回避して地面を転がって離脱に成功した。

「ふふん」
 腕組みをしたローレット殿下は自身の自慢の胸部装甲をゆさっと揺らしている。
「……死にたいのね?」
 ローリアの上体がお辞儀をするように倒れたと思ったら……瞬時に間合いを詰める。両手には逆手に持ったダガーが握られていた。
 そのまま両手のダガーが不規則に繰り出される。
「ティルフィング!」
 ローレット殿下が呪を紡ぐといつぞや見たレイピアが現れる。
 そのまま繰り出される連撃を一本の剣で防いで見せた。
 というか、いいのかこれ? と周囲を見渡すと、能天気に応援を始めている。

「いいぞ! 姫様!」
「ナイスパリィ!」
「お嬢ちゃん、見事な連撃だ!」
「姫様じゃなかったら決まってたな」
「ローリアさん、縦の動きだ!」
 その一言にローリアのダガーの軌道が変わる。すくい上げるような動きが加わってより攻撃が立体的になった。
「ふん!」
 おお振りの攻撃をさばいたあと、連続の刺突で距離を開ける。

「あの娘。できるな」
 ゴンザレスのオッサンがのんきに感想を漏らす。
「おい! いいのか?」
「ふふ、あの程度の相手に害を加えられるなら姫様は何回死んだかわからんわ」
「それ護衛が無能ってことになりゃしないか?」
「ならん!」
 
 距離を開けて刺突主体に攻撃するローレット殿下に、低い姿勢から足元を狙って攻撃を加えるローリエ。
 コロセウムあたりでやれば満員の観衆を沸かすことができる内容だろう。

 兵たちに入り混じって、ゴンザレスのオッサンと同年代の男が声援を送っていた。
「陛下!?」
 ゴンザレスのオッサンの悲鳴は兵たちの歓声にかき消されるのだった。
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