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断崖へ挑む

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「拠点に駐屯する兵と物資が届いた」
 ゴンザレスのオッサンが報告を上げてきた。
 時間がある程度あったので、拠点はかなり堅牢なつくりになっている。

「ここなら多少のゴブリンが来ても何とかなるだろ」
「キングが来なければ、ね」
 
 周辺の捜索を行ったが、奴は影も形もなかった。王級ともなれば、死ねばその体はエーテルになって霧散する。
 死体が見つからないとしても不思議ではないのだ。

「いっそ死体が見つかっていれば面倒もなかったんだけどな」
「見つからなくても不思議じゃないですし」
 ローレットの言葉に、ひとまず奴のことは頭から追い出すことにした。

「次の難所は……ある意味こことは比較にならないな」
 こちらで拠点の建築と並行して先の調査を行っていた。用心棒として謎の怪人がくっついて行って、ワイバーンを叩き落とすという戦果を挙げた。
 この先は桟道と呼ばれる断崖に木の足場を組み、そこに板や丸太を渡すと言った原始的な足場だ。
 ほぼ垂直の壁面をアーチ状に削って道を作ることも考えたが、崩落のリスクを考えると現実的じゃない。

 桟道は狭く手すりなんかもないので常に滑落のリスクがある。当然大きな荷物も運べない。
 ここを改善しないとこの先に多量の物資を運ぶことは難しいのだ。
 そして、すでに現地での少量を含めた物資の不足が出始めている。ここに何らかの形で道をつけなければいけない。

 俺は馬上で図面を確認しながら考えに耽っていた。
「桟道を強化しても安全性はそれほど高くない。壁面を削るにしても強度に不安がある……」
 進行方向は徐々に標高が高くなる。若干肌寒さを感じていた。
 背後を振り向くと、登ってきた高さは帝都の城壁をゆうに超える。
 この高さから落っこちたら…‥死ぬな。
 ってことは桟道から落ちたら……言うまでもない。
 桟道専門の渡し人が高い報酬を執るのもそういうことだろう。命がけだからだ。
 道は徐々に狭くなり、隊列はどんどんと伸びていく。

「この辺でワイバーンに襲われました」
 クリフの報告に背筋が寒くなる。こんなばらけた状態じゃまともに戦うことなんかできないだろう。
「魔物の襲撃も対策考えないとな」
「そうですね。ワイバーンとか相手にするなら高位の魔導士がいないと厳しいですが」
 そしてついに桟道の近くまで来た。暗くなってから桟道を通るのは自殺行為外の何物でもない。それゆえにある程度の人間が野営できるだけのスペースが確保されている。

 荷車を外周に置き、簡易な陣を敷く。そうして、焚火のそばで図面を見て再び考えをまとめていた。
 正直なところ、現地を見て愕然とした。岩壁の表層はもろい砂岩でできており、なんとか打ち込んだ杭もところどころぐらついている。
 まだ安定している場所でも、数回踏みしめればぐらつき始める。
 こんなのどうしろっていうんだと叫びだしかけた。
 結局、なるべく上下に負荷をかけないようにすり足でゆっくりと進むしかできない。
 頭を抱えるしかできなかった。
 周辺の測量を行いながら、何とか迂回路を探したが、それも望みは薄い。そもそもそんな場所があったらすでにそちらを切り開いているだろう。
 ここへきて完全に行き詰ってしまった。

 そしてブレイクスルーは意外なところから訪れた。
「あ、ギルバートさん。これ、完全に素人の考えなんだけど……こういうのは?」
 ローレットが図面に引っ張った一本の線。それは目の前の岩山の真ん中を貫いて先に抜けていた。

「どういう意味だ?」
「ほら、生き埋めになったことあったじゃない」
「あった」
「あの時どうやって逃れたっけ?」
「土砂の薄いところを掘りぬいて……あっ!」
「岩山のど真ん中を掘りぬいてみたらどうなるかなって思ったの」
「それだ!」
 最短距離は測量から計算できる。

「クリフ! 来てくれ!」
 俺は寝ていたクリフを叩き起こして今のプランを説明する。
「……なるほど。では地質調査からですね。坑道を掘るイメージで行きましょうか」
「桟道の壁面から水が出てるところは注意してくれ」
「ああ、水脈ですね。たしかに穴掘ってたら水が落ちて来たとか笑えないです」
「では、こちら側と、向こうに人を渡して、そのついでに壁面のチェックを」
「もちろん「「安全第一」」で」
 
 こうして計画が動き出した。
 兵たちには周囲の警戒をしてもらい、半数は桟道を渡って向こうに配置した。

「「ひいいいいいいいいいいい!!」」
「大声出すな! 振動で壁面が崩れるぞ!」
 鉄の杭を打ち込んでさらにそこにロープを渡し、取っ手替わりにしていた。
 ただ、相当深く打ち込んだはずだが砂岩だからかところどころ崩れる。
「ロープに頼りすぎるな! 引っ張り過ぎたら外れるぞ!」
 桟道はまっすぐではなく壁面に沿って曲がっている。さらに風が吹くタイミングによってはバランスを崩すこともある。
 互いに腰にロープを結わえ、命綱として10人単位で渡って行った。そもそも100人乗せたら崩れる。
 渡った先で拠点を設営することと、俺とクリフで両方から掘り進める。こっち側には騎馬を置く関係上、俺が残りクリフが今まさに桟道に足を踏み入れていた。

「んー……これだ!」
 クリフは魔力を操り、一時的に壁面を強化した。そしてロープをつかんで悠々とわたっていく。
 俺も同じことは考えた。そして断念したのだ。理由は……。

「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
 息も絶え絶えになり、顔色は真っ白だ。というか最後の方は向こうに渡った兵たちに腰のロープを引っ張ってもらっている。当人はへたり込んでいた。

「あの距離を魔力を出したまま渡り切れるわけないんだよなあ」
 先に忠告しておくべきだったと悔やんでも後の祭りってやつだった。
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