異世界転移したら傭兵団を率いることになりました

響 恭也

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第4話 二重の罠

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 いまだ赤熱する地面を踏み越え、消し炭になった味方の死体を踏み砕いて敵はこちらに殺到してきた。

 背後には岩山の絶壁があり、半円状の陣地を築いている。今度は虎口はない。

 逆に言えば退路もないことになる。敵指揮官もそれに気づいたのか、両翼を開いて包囲してきた。

 土塁の上から矢を射かける。今度は土塁表面の加工はしておらず、何とか登ることができる。

 こっちの準備不足だと判断した敵は攻勢を強める。土塁上での白兵戦も増えて来た。



「逆賊ガイウスを討ち取れ! あやつを討ち取った者には爵位をくれてやる!」

 具体的にどの爵位と言わないあたりがあれだが、彼らの兵力の大半は徴兵された農民である。

 成り上がりができるとなれば目の色を変えて向かってきた。実際にそれが履行される保証はないのにな。



「そろそろころ合いか?」

「ですね」

 土塁の上で大立ち回りをして、騎士二人を討ち取ったガイウスだが、さすがに疲れた表情をしていた。

 何より矢が尽きそうなのだ。一応、スリングによる投石部隊も配備していて手数を補ってはいた。



「退け! 退却だ!」

 ガイウスが大音声で命じる。配下の兵たちはあらかじめ決められていた手順で退避して行く。

 土塁の上の兵が次々とその背後に消えて行く。その姿を見た敵兵は色めき立って追いかけて来た。

 追撃はローリスクハイリターンな状況だ。敵は背を向けているし、足を止めて迎撃などまずしてこない。追いついて背中から斬るか突けばいい。それだけで手柄が入る簡単なお仕事だ。



 馬上で大音声を上げている指揮官っぽいおっさんがいた。

「進め! 進め! 敵は崩れたぞ! 今こそ進め!」

 剣を振り回してひたすら叫んでいる。



「あのおっさん、進めって言葉しか知らんのかね?」

「さあ、どうでしょうな?」

 俺は周囲の兵に合図を出す。俺の麾下の小隊は素早く横に散開し、弓とスリングで指揮を執っているらしきおっさんに飽和攻撃を仕掛けた。

 矢が当たって馬が棹立ちになったところにスリングから放たれた投石が直撃する。

「閣下!」「お気をたしかに!」「ってこれ……首が折れていないか?」

「いかん! すぐに撤退だ!」「しかし敵は崩れているぞ?」「どうしたらいいんだ!?」



 うまい具合に前線の指揮官を叩くことができたようだ。周囲は彼らの混乱をよそにこちらの陣になだれ込んでくる。

「「うわあああああああああああああああああああああ!?」」

 そして中央にあった落とし穴にはまってくれた。

「撃てえええええええええええええええ!!」

 ガイウスのオッサンが喉も張り裂けんと絶叫する。岩山を削って作っておいた簡易の矢倉から弓兵が全力で攻撃を開始、混乱する敵兵に矢と投石が降り注いだ。

 穴にはまって混乱する敵兵は阿鼻叫喚の様相だ。そんな中、ガイウスが話しかけてくる。



「おうアル。あのスリングってのはいいな。何より金がかからん」

「射程は弓ほどないですけどね」

「うまく当たれば重装騎兵でも倒せるし盾も叩き割れる」

「使いどころは考えないと……」

「もちろんだ。まあ、今後の課題だな」

 こんな修羅場にもかかわらず、ガイウスのオッサンは平常運転だった。



 そして前衛部隊の混乱に業を煮やした敵将ピート・ヘインは断を下した。即ち……全軍による突撃である。



「うん、アホ極まりない」

「頭おかしい」

 俺たちの評価は特におかしくはないだろう。これだけ混乱している戦況にさらに兵を送り込むとか馬鹿じゃないだろうか。

 意図的に進撃ルートが絞られているのだ。であれば、まず味方の撤退ルートを開けるために陣を下げるべきだ。もしくは少数の兵を投入してこちらの戦力を分散させる。など取れる手はいくつもあるのだ。



 まさかこれだけはないだろうと思っていた手を打ってこられた状況で、敵が陣を下げたときに襲撃させる予定だった伏兵を敵の後方から襲い掛からせることにした。さらに逃げる敵兵を側面から叩くために配備していた兵を前進する敵本陣に向けて攻撃に移らせる。



 要するに初めから陣に籠っていた兵は全体の半数ほどだったのだ。丘に敷いた陣は囮で、敵がそれに気づいて包囲するならばそのまま時間稼ぎを、攻撃を仕掛けて来るならば……伏兵による包囲殲滅を馳走する。

 そうして敵は見事に罠にはまったわけだ。



 二時間後、戦闘は敵将ピート・ヘインの戦死によってほぼ終結した。前衛で進め進めとわめいていたのは彼の弟であり、兄弟そろって討死となった。

 オラニエ公の本隊が到着したが、戦力は半減している。こっちも損害はあるがそれでもまだ互角に戦うことができるだろう。そしてさらにこちらには皇帝軍本隊という援軍があるのだ。



「詰んだな」

 お互いの顔を見分けられるほどの近距離で布陣していた。まして敵は一千を超える負傷者を抱えている。逃げ切れる状況ではない。

 そして睨み合ってさえ居れば本隊が敵の背後を突く。もはやこちらの陣営の勝利は疑いのないところに来ていた。



「オラニエ公が敗北、もしくは降ればあとは小物をつぶしていくだけでいい」

「そう言うものか」

「ああ、陛下に逆らう連中の旗頭だからな。要をつぶせば後は烏合の衆よ」



 そこからはお互いフェイントの掛け合いのような小競り合いに終始した。小部隊を繰り出して相手の出方を探る。敵軍は撤退のタイミングを計っているのはありありで、こちらはそれをさせないように嫌がらせのように攻撃を加える。

 そして戦端を開いて五日目、ついに皇帝率いる本隊が到着し、オラニエ公の本陣に向け部隊を展開し始めるに至り、オラニエ公の降伏を持って白狼山の会戦と呼ばれたこの決戦は幕を閉じたのである。
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