イレーヌ

青葉めいこ

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「誰か! 誰かいないのか!」

 早朝、イレーヌが女子修道院の回廊を歩いていた時、少女の声が聞こえてきた。ここに来て十八年、初めて聞く声だった。

 イレーヌは声の方向に向かって駆け出した。助けを求める者がいれば誰であれ手を差し伸べる。人間の最後の拠り所。それが修道院だからだ。……よりによって、イレーヌは、そこで自分の最後の希望だった我が子を奪われてしまったが。

 修道院の中庭に彼らはいた。二人の姿を見てイレーヌは息を呑んだ。

 一人は少女。栗色の髪と瞳。それ以外はイレーヌにそっくりだった。彼女も髪と瞳の色以外、自分に似たイレーヌに驚いている。

 少女の腕の中には血だらけの青年がいた。意識はないのか瞳の色は閉じられているが超絶美形だ。癖のある眩いばかりの金髪。均整の取れた長身。

 それらの特徴はまさしく――。

「……まさか、

 イレーヌの呟きは青年の呻き声にかき消された。

「大丈夫か! しっかりしろ!」

 少女は青年の体を揺さぶった。

「駄目! 揺らさないで!」

 見た所、怪我は顔と急所以外の全身だ。頭にも何らかの衝撃を受けているのなら揺さぶるのはよくない。

「お前、人間だろう! だったら、彼を治せよ!」

 同じ人間なら治せると思う思考回路がよく分からないが言い合いをしている時間が勿体ない。

「お医者様を連れてくるわ! とにかく揺らさないで! 彼を見ていて!」

 イレーヌは再び駆け出した。




 幸い急所に怪我はないので、ゆっくり静養させれば大丈夫と医者からは言われた。

 それに、イレーヌは安堵した。

 怪我をしている箇所に包帯を巻き青年は眠っている。顔は無傷なので毛布をかけていると眠っているように見える。

「よかった。よかったな」

 診察の間も少女は青年から離れようとせず、はっきりいって邪魔だった。何とか引き離して診察してもらったのだ。

 医者が出て行き、この部屋に残ったのは眠っている青年、少女、イレーヌと修道院長ドノーだ。

 ドノーは十八年前イレーヌから赤ん坊を取り上げ王妃に渡した女だ。今は修道院長になっている。

「話があるわ。一緒に来て」

「私に話はないし、彼の傍から離れない」

 ドノーの言葉を少女は即座に拒絶した。

「……怪我人の傍で会話するのは気が引けるけど、仕方ないわ。あなたと彼の名前は?」

 少女の態度に怒るよりも呆れたらしいドノーは気を取り直して言ったが今度も少女は素っ気ない。

「お前に名乗る必要はない」

「では、あなたの事はいいわ。彼は誰? ここで面倒を見ると決めた以上、知る必要があるの」

 イレーヌが口を挟んだ。彼が誰か見当がついているが確認のためだ。

「私が面倒を見るから必要ない」

「……あなたには任せられない」

「何だと?」

 不機嫌そうな顔で睨みつけてくる少女にイレーヌは諭すように言った。

「彼が怪我をしても対処できなかった。お医者様が診察する時も邪魔だった。そんなあなたに怪我人を任せられるはずないでしょう」

「人間ごときが偉そうに私に説教するな!」

「……うっ!」

 少女の大声に青年が呻きながら目を開けた。

「目が覚めたか!」

 少女が嬉しそうに叫ぶと青年は不快そうに眉をひそめた。当然だ。目覚めたばかり、しかも怪我をしている身で傍で大声で叫ばれたくなどない。

 目覚めた青年の瞳は緑だった。最高級の緑柱石を思わせる美しい緑。

 その瞳で少女を見て息を呑んだ。

「……君は?」

「私はアイリーンだ」

 イレーヌやドノーには名乗らなかったくせに青年には、あっさり答えた。

「……アイリーン」

 イレーヌは思わず呟いた。

 艶やかな低音の美声で「彼」が愛しげに呼んだ名前だ。

「彼」の存在とともに、ずっと忘れられなかった。

 よりによって、その名を持つ少女が目の前にいるとは、何という皮肉だ。

 イレーヌの声に彼女に視線を向けた青年は目を瞠った。

「……君!?」

 少女を見た時以上に驚いた様子だった。

「……いや、そんなはずない。あれ・・は俺の最初の記憶。『彼女』がこんなに若いはずない……」

 何やらぶつぶつ呟く青年にドノーが声をかけた。

「……あの、貴方のお名前を聞かせて頂いても構いませんか?」

「……ウィリアムだ。ここは修道院なのか?」

 青年、ウィリアムと名乗った彼は、ドノーとイレーヌの服装から修道院とは分かったらしい。

「はい。レード領にある女子修道院です」

 ドノーの答えにウィリアムは溜息を吐いた。

「……ずいぶん飛ばされたらしいな」

「あなたは王太子様ウィリアム様ですね?」

 イレーヌの確認にウィリアムは隠す事なく頷いた。

「ウィルで構わないよ。俺はもう王太子ではない。この国は魔族の乗っ取られたからな」

 ウィルの言葉にイレーヌは平静だったがドノーは息を呑んだ。



















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