イレーヌ

青葉めいこ

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「そう言うと思って、遭わせておいた」

 彼が艶やかな低音の美声で言った。

「……遭わせておいたって、どういう意味?」

 イレーヌは尋ねた。

 話の流れからして、彼が国王ジョナサンをひどい目に「遭わせておいた」という事だろう。

 魔族は国を侵略したと周囲に示すために国王や重臣を殺す。だから、彼が国王を「殺して」も驚かない。

 だが、「殺した」のではなく、何らかのひどい目に「遭わせておいた」理由が理解できない。

 彼が優美な右手を宙に向けた。

 すると――。

「ひっ!?」

 イレーヌは短い悲鳴を上げ一歩後退した。

 自分は普通の女性よりも過酷な体験をした。だから、大抵の事態に動じない自信はあった。

 けれど、これは――。

「イレーヌ!」

 ウィルも青ざめた顔をしながらもイレーヌを守るように抱きしめた。お陰で彼女は「それ」を視界に入れずに済んだ。

「……だから、こいつを王宮で殺さず、どこかに連れて行ったのか?」

 ウィルは震えるイレーヌを抱きしめたまま静かな口調で尋ねた。ウィルのほうはイレーヌよりも早く「それ」を見た衝撃から立ち直ったようだ。

 彼の右手に浮かんでいるモノ――。

 それは、生首だった。

 金髪に緑の瞳、そこそこ整った顔立ち。

 修道院の食堂にはゼドゥ国の代々の国王の肖像画が飾られている。その最新の肖像画と同じ顔だ。

 国王ジョナサン、ゼドゥ国国王の生首だった。

「……お前、生きていたのか」

 生首が喋った。

 彼の魔力なのだろう。国王は首だけになっても生かされ死ねなくなっているのだ。

 国王はウィルを見て驚いた顔をしている。ウィルは当然、魔族に殺されたと思っていたのだろう。

「……何だって、こんな事を?」

 イレーヌはウィルに抱きしめられたまま、彼に向って話しかけた。勿論、なるべく「それ」は視界に入れないようしている。

「ただ殺すのでは、お前の気が済まないと思ったからだ」

 彼は淡々と答えた。

「え?」

 イレーヌから産まれたばかりの我が子ウィルを奪ったのは王妃だが、国王もそれを黙認していた。何よりウィルを理不尽な目に遭わせた。確かに、ただ殺すのでは生温い。

 だが、だからといって、どうして彼が、こんな事をする必要がある?

「私も遠回しにだが、お前と息子を引き離すのに手を貸した」

 彼はイレーヌを修道院に閉じ込めウィルを取り戻せないようにした事を言っているのだ。

「私は、しばらくお前と距離を置こうと決めたのに、息子だけ、お前の傍にいるなど許せないだろう?」

 彼はウィルを「息子」と言っているが、生物学上はそう・・だからなのか、「イレーヌの息子」という意味で遣っているのか。何にしろ、胎児だったウィルを殺そうとさえしたのだ。ウィルがそうであるように、彼も生物学上以外でウィルを息子と思ってないのは明らかだ。

「……訳が分からないわ」

 彼は当然のように言うが、イレーヌは言葉通り、訳が分からなかった。

「お前は、彼女と息子を引き離してくれたが、彼女を悲しませもした」

 彼は国王に語りかけた。

 彼も遠回しに国王に力を貸し、イレーヌとウィルを引き離した。けれど、イレーヌを悲しませた国王が許せないと生首だけで生かし決して死ねないようにした。

(……何か、ずいぶんと矛盾している)

 自分が人間で彼が魔族だからか、彼の言動がイレーヌには理解できなかった。

 それでも「彼女を悲しませた」から国王をこんな目に遭わせたのなら、もしかしら、それは――。

 イレーヌは思わず期待してしまいそうになった。

 ……彼に殺されそうになったウィルや実際殺された家族や臣下達の事を考えると、絶対に許されない想いだのに。

 イレーヌの物思いは不快な声により中断された。

「殺してくれ! お前は私から何もかも奪ったんだ! もう気が済んだだろう! 殺してくれ!」

 生首が必死に彼に懇願する。そこには、肖像画からでも窺い知れた威厳などなかった。

「……国を奪われ、生首になった。それだけで、自分がした事が許されるとでも?」

 イレーヌはウィルから離れると、生首をひたと見据えた。怒りが気味悪さを払拭させたのだ。

「……私が死ねないのに、私から息子ウィルを奪ったあなたに、ウィルを理不尽な目に遭わせたあなたに、死という永遠の安らぎが与えられるなど絶対に許さない」

 イレーヌは生首に微笑みかけた。誰もが見惚れるような美しい微笑。けれど、目だけは氷のように冷たかった。

「――首だけで永遠に生きなさい」


















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