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ウィルも国王を首だけで生かす事に抗議はしなかった。
自分の出生を最初から知っていたウィルは、国王の事も「父親」とは思っていないのだ。むしろ、「王太子として生きて死ね」そう言い続けていた国王に嫌悪感しかなかった。
どこかに飛ばしたらしく彼の右手の上から生首が消えた。
「……私としばらく距離を置きたかったと言ったわね?」
イレーヌは彼と向き合った。
「……最初は確かに、お前は私にとってアイリーンの身代わりだった」
分かっていた事だが、それでも直接彼の口から「お前はアイリーンの身代わりだ」と聞かされイレーヌは胸が痛んだ。
「けれど、お前が言う通り、誰も誰かの身代わりになどなれない。お前はアイリーンにはなれないし、アイリーンも、お前にはなれない」
イレーヌは目を瞠った。
「私が胎の子を殺そうとした時、『この子を失ったら心が死ぬ』と言われて、どれだけ外見が似ていても、お前はアイリーンとは違う人間なのだと、ようやく分かった」
――お前は違うんだな。
あれは、イレーヌとアイリーンの我が子に対する考え方なのだろうか?
「リーンは、ちょっと複雑な家庭環境で育ったからね。同じ人間でも、君と違って我が子に愛情は全く持てないんだ。特に、あの馬鹿娘は外見はリーンにそっくりだのに、リーンと違って品性も知性もない愚鈍だからね」
魔王の言葉は親としてどうなんだというものだが、イレーヌは否定できなかった。実際の彼女を見ると、その通りとしか思えないからだ。
「……アイリーンになれない私は不要でしょうに、なぜ、殺さなかったの?」
「アイリーンではないお前に興味を抱いたからだ」
「え?」
「だが、すぐに、それを認める事ができなかった。長年、アイリーンを想っていたんだ。すぐに切り替えは出来ない。だから、お前と距離を置いて自分の心を見つめ直したかった」
「……十八年も経って、再び私の前に現われたのは、あなたなりの結論が出たからなのね」
十八年も経ってしまったのは、彼の言う通り、長い間、アイリーンを想い過ぎて「すぐに切り替えができなかった」からと。
もう一つは、人間と魔族の時間に対する感覚の違いだろう。人間にとって十八年は長い。赤ん坊だったウィルが立派な青年に成長した年月だ。けれど、人間よりもずっと長い時を生きる魔族にとっては瞬く間だ。
彼が出した結論がイレーヌを殺す事でも構わない。
……我が子に父の面影を見て勝手に罪悪感を抱いて「あなたを見ているとつらい」と宣う自分など、いないほうがいいのだ。
「私に全てを奪われても、自分である事だけは手放さない。そのお前の誇り高さに心を奪われたんだ」
彼の魔族特有の黒い瞳が真っ直ぐにイレーヌの青い瞳を見つめた。
「お前を愛している。イレーヌ」
彼が初めてイレーヌの名を呼んだ。
「アイリーン」ではなく「イレーヌ」と。
イレーヌは静かに涙を流した。感極まったのだ。
「……私もあなたを愛しています。セバスチャン」
セバスチャンがイレーヌを抱きしめようとして邪魔が入った。
「……これ以上は、俺達がいなくなってからにしてくれ」
心底嫌そうな顔でウィルが言った。
魔王は無言で、にこにこと笑っている。彼が何を考えているのかイレーヌには分からなかったが怒っている訳ではなさそうだ。
「……ごめんなさい」
イレーヌが謝っているのは、ただ単に今この瞬間、息子であるウィルの存在を忘れていた事だけではない。国を奪い家族を殺し、我が子さえ殺そうとした男であっても憎む事ができず愛してしまう、そんなどうしようもない女が彼を産んだ母である事も含めてだ。
「貴女が俺に謝る事は何もないんだ」
ウィルもイレーヌの謝罪の意味が正確に分かったのだろう。そう言ってきた。
「……謝るのは私の自己満足に過ぎないわ。謝ったところで家族も臣下達も生き返らない。あなたの理不尽に過ごした十八年が帳消しになる訳じゃない」
「……確かに、母である貴女から引き離され、国王の許で王太子として生きた時間は孤独で苦痛だった。それでも、この体験があったから現在の俺になった。やり直そうとは思わない。それに、貴女とこうして再会できたんだ。充分帳消しになるよ」
ウィルは微笑んだ。
「……ウィル」
父がいつも自分達家族に向けていたような優しい微笑みにイレーヌは泣きたくなった。
「あなたの父上……お祖父様が、貴女を責めていると思っているのなら、それは違うと思う」
ウィルが突然、そんな事を言いだした。
「ウィル?」
イレーヌにはウィルが何を言いたいのか分からなかった。
「貴女が我が子に生きていてほしいと願うように、貴女の父上だって、そう思うはずだ。人間なら我が子の死や不幸など絶対に望んだりしないだろう?」
それは、我が子を愛せない魔族である魔王やセバスチャンへの当てつけにも聞こえるが、ウィルにそんな気は毛頭なく、ただ単に事実として言っているようだ。
まあ本当に当てつけだとしても、魔王とセバスチャンは動じないと思うが。
「……お父様達が普通の状況で亡くなったのなら、そうでしょう」
けれど、イレーヌは国を奪い家族を殺した男を愛したのだ。絶対に許されるはずがない。
「……そうだな。いくら俺が言っても、貴女自身がそう思わない限り、罪悪感はなくならないよな」
ウィルは、ほろ苦く笑った。
自分の出生を最初から知っていたウィルは、国王の事も「父親」とは思っていないのだ。むしろ、「王太子として生きて死ね」そう言い続けていた国王に嫌悪感しかなかった。
どこかに飛ばしたらしく彼の右手の上から生首が消えた。
「……私としばらく距離を置きたかったと言ったわね?」
イレーヌは彼と向き合った。
「……最初は確かに、お前は私にとってアイリーンの身代わりだった」
分かっていた事だが、それでも直接彼の口から「お前はアイリーンの身代わりだ」と聞かされイレーヌは胸が痛んだ。
「けれど、お前が言う通り、誰も誰かの身代わりになどなれない。お前はアイリーンにはなれないし、アイリーンも、お前にはなれない」
イレーヌは目を瞠った。
「私が胎の子を殺そうとした時、『この子を失ったら心が死ぬ』と言われて、どれだけ外見が似ていても、お前はアイリーンとは違う人間なのだと、ようやく分かった」
――お前は違うんだな。
あれは、イレーヌとアイリーンの我が子に対する考え方なのだろうか?
「リーンは、ちょっと複雑な家庭環境で育ったからね。同じ人間でも、君と違って我が子に愛情は全く持てないんだ。特に、あの馬鹿娘は外見はリーンにそっくりだのに、リーンと違って品性も知性もない愚鈍だからね」
魔王の言葉は親としてどうなんだというものだが、イレーヌは否定できなかった。実際の彼女を見ると、その通りとしか思えないからだ。
「……アイリーンになれない私は不要でしょうに、なぜ、殺さなかったの?」
「アイリーンではないお前に興味を抱いたからだ」
「え?」
「だが、すぐに、それを認める事ができなかった。長年、アイリーンを想っていたんだ。すぐに切り替えは出来ない。だから、お前と距離を置いて自分の心を見つめ直したかった」
「……十八年も経って、再び私の前に現われたのは、あなたなりの結論が出たからなのね」
十八年も経ってしまったのは、彼の言う通り、長い間、アイリーンを想い過ぎて「すぐに切り替えができなかった」からと。
もう一つは、人間と魔族の時間に対する感覚の違いだろう。人間にとって十八年は長い。赤ん坊だったウィルが立派な青年に成長した年月だ。けれど、人間よりもずっと長い時を生きる魔族にとっては瞬く間だ。
彼が出した結論がイレーヌを殺す事でも構わない。
……我が子に父の面影を見て勝手に罪悪感を抱いて「あなたを見ているとつらい」と宣う自分など、いないほうがいいのだ。
「私に全てを奪われても、自分である事だけは手放さない。そのお前の誇り高さに心を奪われたんだ」
彼の魔族特有の黒い瞳が真っ直ぐにイレーヌの青い瞳を見つめた。
「お前を愛している。イレーヌ」
彼が初めてイレーヌの名を呼んだ。
「アイリーン」ではなく「イレーヌ」と。
イレーヌは静かに涙を流した。感極まったのだ。
「……私もあなたを愛しています。セバスチャン」
セバスチャンがイレーヌを抱きしめようとして邪魔が入った。
「……これ以上は、俺達がいなくなってからにしてくれ」
心底嫌そうな顔でウィルが言った。
魔王は無言で、にこにこと笑っている。彼が何を考えているのかイレーヌには分からなかったが怒っている訳ではなさそうだ。
「……ごめんなさい」
イレーヌが謝っているのは、ただ単に今この瞬間、息子であるウィルの存在を忘れていた事だけではない。国を奪い家族を殺し、我が子さえ殺そうとした男であっても憎む事ができず愛してしまう、そんなどうしようもない女が彼を産んだ母である事も含めてだ。
「貴女が俺に謝る事は何もないんだ」
ウィルもイレーヌの謝罪の意味が正確に分かったのだろう。そう言ってきた。
「……謝るのは私の自己満足に過ぎないわ。謝ったところで家族も臣下達も生き返らない。あなたの理不尽に過ごした十八年が帳消しになる訳じゃない」
「……確かに、母である貴女から引き離され、国王の許で王太子として生きた時間は孤独で苦痛だった。それでも、この体験があったから現在の俺になった。やり直そうとは思わない。それに、貴女とこうして再会できたんだ。充分帳消しになるよ」
ウィルは微笑んだ。
「……ウィル」
父がいつも自分達家族に向けていたような優しい微笑みにイレーヌは泣きたくなった。
「あなたの父上……お祖父様が、貴女を責めていると思っているのなら、それは違うと思う」
ウィルが突然、そんな事を言いだした。
「ウィル?」
イレーヌにはウィルが何を言いたいのか分からなかった。
「貴女が我が子に生きていてほしいと願うように、貴女の父上だって、そう思うはずだ。人間なら我が子の死や不幸など絶対に望んだりしないだろう?」
それは、我が子を愛せない魔族である魔王やセバスチャンへの当てつけにも聞こえるが、ウィルにそんな気は毛頭なく、ただ単に事実として言っているようだ。
まあ本当に当てつけだとしても、魔王とセバスチャンは動じないと思うが。
「……お父様達が普通の状況で亡くなったのなら、そうでしょう」
けれど、イレーヌは国を奪い家族を殺した男を愛したのだ。絶対に許されるはずがない。
「……そうだな。いくら俺が言っても、貴女自身がそう思わない限り、罪悪感はなくならないよな」
ウィルは、ほろ苦く笑った。
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