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5 母として絶対に許せない
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「タスク! どこ!? 返事して!」
私は、はぐれてしまった息子を捜していた。
下町の人が多い通りだ。
手を繋いで歩いていたのだが、未だに私と手を繋いで歩くのが嫌なあの子は隙あらば私から手を放してくれる。そうなると精神はともかく体は三歳児のあの子は、すぐ人混みにまぎれてしまうのだ。
前世の平和な日本だって幼子を一人にすれば事件に巻き込まれたりする。
三年前、生まれたばかりの息子を連れて王都パジから南西に位置するオザンファン侯爵領にやってきた。ここは治安は悪くないが日本ほどではない。
まして、あの子の外見やその特異性故の独自の雰囲気は、どうしても人目を惹く。
私から離れて一人になったあの子がトラブルに巻き込まれない事は、ほとんどなかった。不幸中の幸いで今までは「無事」で済んでいるが。……体は三歳児でも中身は「アレ」なのだから当然だけど。
「いやだ! やめてくれ! ぎゃあああ――ッ!」
通り過ぎようとしていた横道から悲鳴が聞こえてきた。
普段であれば無視する。厄介事や面倒事に係わりたくなどない。
私と同じ事を思っているのだろう。周囲の人間は足早にその場から離れている。
けれど、私は彼らとは逆に声の方向に向かって走った。少しでも、あの子が係っている可能性があるなら無視できないからだ。
「人を犯すなら殺される覚悟もしておくべきだったな」
行き止まりで下半身を血塗れにして蹲って呻いている男に向かって、そう宣っているのは幼子だ。私は知らなかったが、その科白は前世でジョセフを(性的な意味で)襲ったアレクシスに向けて言い放ったのと同じだった。
大抵の人間は目や耳を疑うだろうが、その幼い体の中身が「彼」だと知っている私は驚かない。
それより怪我の有無が心配だった。
「怪我はない!?」
私はタスクの頭から爪先まで一通り目を走らせた。……服が多少乱れて少し破けてしまっているが、目立つような外傷は、ぱっと見ないようで私は安堵した。
タスクは右手に私が護身用に渡した短剣を持っていた。それは抜き身で血で汚れているが彼の顔や服に血はかかっていなかった。そこは考えて刺したのだろう。体は幼児でも《バーサーカー》だ。それくらい造作もない。
「ああ。俺は大丈夫だ。ジョゼ」
幼児とは思えぬ淡々とした話し方と醒めた眼差し。
私と同じ銅色の髪と赤紫の瞳。
けれど、その顔は私には全く似ず幼いながら整い過ぎている。……「父親」にそっくりだ。
「何があったの?」
予想はついていたが私は尋ねた。後始末をしなければならないからだ。
「俺を人気のない場所に連れ込んで猥褻行為をしようとしてきたから、この短剣で急所をめった刺しにしてやった。もう二度と女や子供を犯せない体になっただろうよ」
いくら命や貞操の危機とはいえ普通の三歳児にできる行動ではない。普通の母親であればドン引きするだろうが、私は前世も今生も秘密結社の実行部隊員で「彼」とは前世からの付き合いだ。これくらいでは今更びびったりしない。
「そう。無事でよかった」
私はタスクの小さな体を抱きしめた。
体は三歳児でも中身が「彼」である以上、最悪な事態にならないのは分かっている。
それでも、はぐれる度に心配だった。
「……いしゃ……いしゃを……よんでくれ」
蹲って呻いている男が切れ切れに懇願してきた。
「大丈夫よ。アレを切られたくらいで死にはしないわ」
私は今の状況に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべて見せた。ただし、男に向ける瞳は冷たく蔑んでいる。
「むしろ、ソコが使い物にならなくなったほうがいいんじゃない? 子供を傷つけるモノなどいらないでしょう?」
私は男に近づくと男の血塗れの下半身に思い切り右足を振り下ろした。
「ぐぎゃあああ――ッ!」
男の絶叫が路地に響く。
私はそのまま靴でぐりぐりとソコを踏みつけた。男は白目をむいて悶絶している。
「……や……やめてくれ」
「いやよ。だって、お前は、やめなかったでしょう?」
私の言葉の意味が分からないのか痛みに呻きながら男は怪訝そうな顔になった。
「これが初めての犯行にしろ、そうでないにしろ、子供が『やめて』と泣き叫んでも、お前は、やめなかったでしょう?」
そこまで言うと私はタスクに目を向けた。
「今回も殺す?」
狂戦士と呼ばれるだけあって何のためらいもなく敵を屠る彼だが、特に自分を汚らわしい欲望の餌食にしようとした人間は容赦なく痛めつけた上で殺す。それは、前々世で父親に性的な意味で襲われた事がトラウマになっているからだろう。
普段であれば彼が非情な行動をしようとしたら止めるけれど今回は止めない。
我が子を汚らわしい欲望の餌食にされそうになったのだ。
中身が「彼」である以上、最悪な事態にならないと分かっていても、母として絶対に許せない。
男が「ヒッ!?」と短い悲鳴を上げた。
急所をめった刺しにされたのだ。
私やタスクが痛めつけるどころか殺しさえためらわないのは、もう理解したはずだ。
ただの美しい幼児だと思いタスクに目を付けたのが男の最大の不運だったのだ。
「今回も俺が殺すからジョゼが手を汚す必要はないよ」
タスクは私と違って憎んだ相手を「死ぬ寸前の苦しみを生涯与える」事で恨みを晴らしたりはしない。
憎んだ相手を散々痛めつけた上、殺すのが彼だ。だから、彼にとっての前世でアレクシスに苦痛を与えた上、殺した。憎悪の対象をこの世から抹消する事で恨みや憎しみを昇華しているのだろう。
「そう。では、好きになさい」
今生でも秘密結社《アネシドラ》の実行部隊員だった。前世だけでなく今生の私の手も血で汚れているのだ。
被害を受けそうになったのは彼だ。だから、自分の手で始末したいのだろう。
決して母である私を気遣ってくれている訳ではない。
私は、はぐれてしまった息子を捜していた。
下町の人が多い通りだ。
手を繋いで歩いていたのだが、未だに私と手を繋いで歩くのが嫌なあの子は隙あらば私から手を放してくれる。そうなると精神はともかく体は三歳児のあの子は、すぐ人混みにまぎれてしまうのだ。
前世の平和な日本だって幼子を一人にすれば事件に巻き込まれたりする。
三年前、生まれたばかりの息子を連れて王都パジから南西に位置するオザンファン侯爵領にやってきた。ここは治安は悪くないが日本ほどではない。
まして、あの子の外見やその特異性故の独自の雰囲気は、どうしても人目を惹く。
私から離れて一人になったあの子がトラブルに巻き込まれない事は、ほとんどなかった。不幸中の幸いで今までは「無事」で済んでいるが。……体は三歳児でも中身は「アレ」なのだから当然だけど。
「いやだ! やめてくれ! ぎゃあああ――ッ!」
通り過ぎようとしていた横道から悲鳴が聞こえてきた。
普段であれば無視する。厄介事や面倒事に係わりたくなどない。
私と同じ事を思っているのだろう。周囲の人間は足早にその場から離れている。
けれど、私は彼らとは逆に声の方向に向かって走った。少しでも、あの子が係っている可能性があるなら無視できないからだ。
「人を犯すなら殺される覚悟もしておくべきだったな」
行き止まりで下半身を血塗れにして蹲って呻いている男に向かって、そう宣っているのは幼子だ。私は知らなかったが、その科白は前世でジョセフを(性的な意味で)襲ったアレクシスに向けて言い放ったのと同じだった。
大抵の人間は目や耳を疑うだろうが、その幼い体の中身が「彼」だと知っている私は驚かない。
それより怪我の有無が心配だった。
「怪我はない!?」
私はタスクの頭から爪先まで一通り目を走らせた。……服が多少乱れて少し破けてしまっているが、目立つような外傷は、ぱっと見ないようで私は安堵した。
タスクは右手に私が護身用に渡した短剣を持っていた。それは抜き身で血で汚れているが彼の顔や服に血はかかっていなかった。そこは考えて刺したのだろう。体は幼児でも《バーサーカー》だ。それくらい造作もない。
「ああ。俺は大丈夫だ。ジョゼ」
幼児とは思えぬ淡々とした話し方と醒めた眼差し。
私と同じ銅色の髪と赤紫の瞳。
けれど、その顔は私には全く似ず幼いながら整い過ぎている。……「父親」にそっくりだ。
「何があったの?」
予想はついていたが私は尋ねた。後始末をしなければならないからだ。
「俺を人気のない場所に連れ込んで猥褻行為をしようとしてきたから、この短剣で急所をめった刺しにしてやった。もう二度と女や子供を犯せない体になっただろうよ」
いくら命や貞操の危機とはいえ普通の三歳児にできる行動ではない。普通の母親であればドン引きするだろうが、私は前世も今生も秘密結社の実行部隊員で「彼」とは前世からの付き合いだ。これくらいでは今更びびったりしない。
「そう。無事でよかった」
私はタスクの小さな体を抱きしめた。
体は三歳児でも中身が「彼」である以上、最悪な事態にならないのは分かっている。
それでも、はぐれる度に心配だった。
「……いしゃ……いしゃを……よんでくれ」
蹲って呻いている男が切れ切れに懇願してきた。
「大丈夫よ。アレを切られたくらいで死にはしないわ」
私は今の状況に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべて見せた。ただし、男に向ける瞳は冷たく蔑んでいる。
「むしろ、ソコが使い物にならなくなったほうがいいんじゃない? 子供を傷つけるモノなどいらないでしょう?」
私は男に近づくと男の血塗れの下半身に思い切り右足を振り下ろした。
「ぐぎゃあああ――ッ!」
男の絶叫が路地に響く。
私はそのまま靴でぐりぐりとソコを踏みつけた。男は白目をむいて悶絶している。
「……や……やめてくれ」
「いやよ。だって、お前は、やめなかったでしょう?」
私の言葉の意味が分からないのか痛みに呻きながら男は怪訝そうな顔になった。
「これが初めての犯行にしろ、そうでないにしろ、子供が『やめて』と泣き叫んでも、お前は、やめなかったでしょう?」
そこまで言うと私はタスクに目を向けた。
「今回も殺す?」
狂戦士と呼ばれるだけあって何のためらいもなく敵を屠る彼だが、特に自分を汚らわしい欲望の餌食にしようとした人間は容赦なく痛めつけた上で殺す。それは、前々世で父親に性的な意味で襲われた事がトラウマになっているからだろう。
普段であれば彼が非情な行動をしようとしたら止めるけれど今回は止めない。
我が子を汚らわしい欲望の餌食にされそうになったのだ。
中身が「彼」である以上、最悪な事態にならないと分かっていても、母として絶対に許せない。
男が「ヒッ!?」と短い悲鳴を上げた。
急所をめった刺しにされたのだ。
私やタスクが痛めつけるどころか殺しさえためらわないのは、もう理解したはずだ。
ただの美しい幼児だと思いタスクに目を付けたのが男の最大の不運だったのだ。
「今回も俺が殺すからジョゼが手を汚す必要はないよ」
タスクは私と違って憎んだ相手を「死ぬ寸前の苦しみを生涯与える」事で恨みを晴らしたりはしない。
憎んだ相手を散々痛めつけた上、殺すのが彼だ。だから、彼にとっての前世でアレクシスに苦痛を与えた上、殺した。憎悪の対象をこの世から抹消する事で恨みや憎しみを昇華しているのだろう。
「そう。では、好きになさい」
今生でも秘密結社《アネシドラ》の実行部隊員だった。前世だけでなく今生の私の手も血で汚れているのだ。
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