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24 狂戦士(バーサーカー)から人間に(タスク視点)
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俺にとっての前世で、夏生、いや、アンディに銃で撃たれ死んだと思った次の瞬間、真っ暗な「海」の中に漂っていた。
胎児になっているのだと気づいた。
結構な衝撃ではあるが……あの時ほどではない。
前世で「俺」として目覚めてすぐの状況が手枷足枷され男に体を弄られていたのに比べれば。
最初に感じたのは、また生きなければならないのかという絶望だった。
俺が「俺」である限り、ああいう生き方しかできないのに。
時折胎児話しかけてくる声で「母親」が誰か、すぐに分かった。
「ああ、これは生まれても、すぐに殺される」と思った。
自分達の因縁を思えば、彼女と彼女の周囲にいる人間が俺を殺さないはずがない。
諦念と共に、やがて来る死を受け入れていたが――。
それでも、時折胎児に話しかけてくる「母親」の声は甘く心地よかった。
「アンディ達が何を言っても、あなたを産むから安心して産まれてきてね」
「早くあなたに会いたい」
「愛しているわ」
自分の胎にいるのが「俺」だと知らないからこそ、彼女は優しく慈愛に満ちた囁きをくれるのだと分かっているが。
そうして、産んだ息子が「俺」だと分かった彼女は――。
白魚のような指が、ゆっくりと赤ん坊の首に触れた。このまま力を込めれば、俺は死ぬ。
だのに――。
彼女の赤紫の瞳から大粒の涙がこぼれ、赤ん坊の頬にいくつも当たった。
この時の気持ちを何と言えばいいのか。
乾いた砂に水が沁み込むように、彼女の涙は空虚なはずの俺の心を潤したのだ。
結局、彼女は俺を殺さなかった。
出産の場にアンディ達がいなかったのをいい事に彼女は俺を連れて逃げた。
この時は疑問しかなかった。
なぜ、俺を殺さなかった?
だから、話せるようになって真っ先に尋ねた。
「……あなたには理解できないわ」
そう言うと、ジョゼはほろ苦く微笑んだ。
理解できない?
そうだろうか?
ジョゼの言葉の意味を考えていたかったが体がガキであるために起きていられない。眠りに落ちる直前、ジョゼが囁いた。
「……あなたを愛しているからよ。あなたが将来私を殺すのだとしても」
ああ、そういう事なのだと合点がいった。
口調からジョゼの「愛している」は、かつてのような恋情ではないと気づいた。
狂戦士というコードネームを付けられるほど「本当に人間か!?」と疑問視される俺だが、そんな俺でも恋心を抱いた女はいた。
だから、向けられる恋情には気づく。まして、前々世から因縁のある相手だ。
彼女がなぜ俺に恋をしたのかは理解できない。
俺にとっては前々世、ジョゼにとっては前世で、俺は彼女の両親を目の前で殺した上、当時すでに老人だったのに。
まあ、理解できなくても堕ちてしまうのが恋なのだが。
けれど、今の彼女からは俺への恋情は感じられない。
きっと俺を産んだ事で俺への恋情は昇華されたのだ。
今の彼女は母として息子である俺を愛している。
望まない行為の結果でも、生まれてきたのが前世から因縁のある「俺」であっても。
俺は……俺は、どうなのだろう?
ジョゼは「あなたが将来私を殺すのだとしても」と言った。
確かに、今までの俺であれば、自分を産んだ母親であろうと構わず彼女を殺そうとしただろう。
けれど、今はためらう気持ちがあった。
今の体がガキなのがありがたかった。今の俺では殺せないという言い訳ができるからだ。
「父親」に酷似したこの見かけのせいか、人混みなどで母親から離れ一人になると必ずといっていいほど変態に遭遇する。
まあ体がガキであろうと中身は「俺」であるし、ジョゼから護身用に短剣を渡されていたので最悪な事態にはならないが。
ジョゼもそれは分かっているだろうに、はぐれる度に血相を変えて俺を捜し、見つけると「無事でよかった」と抱きしめるのだ。同じ石鹸を使っているのに、抱きしめてくるジョゼからは石鹸だけではない彼女特有のいい匂いがした。
その度に感じる温かな気持ち。
(ああ、そうか。俺もジョゼを愛しているんだ)
ようやく自覚した。
俺も息子として母であるジョゼを愛しているのだと。
思えば、胎児だった俺に話しかけるジョゼの優しい囁きを聞いた時から彼女を母として慕う気持ちがあったのかもしれない。
そして、俺を殺そうとして殺せなかったあの時の涙が、母として慈しんでくれた日々が、俺を狂戦士から人間にしたのだ。
だからといって、他の人間にかける慈悲など欠片もないし、邪魔だと思えば殺すのをためらったりはしないが。
ジョゼだけが俺に人間らしい感情を芽生えさせてくれるのだ。
ずっと「祥子」に恋していた。
生まれ変わっても彼女への恋情は消せなかった。
けれど、その「祥子」でさえ俺に人間らしい感情を芽生えさせる事はできなかった。
彼女には相愛の夫がいて俺の気持ちに応えられなかったからかもしれないし、そもそも肉親の情と恋情は違うからかもしれない。
精神年齢百歳越えで赤ん坊をやるのは最高の拷問だったが、前世のように体が大人になってから「俺」として目覚める事がなくてよかったと今は思える。
大人になってから「俺」になれば、俺はためらうことなくジョゼやアンディ達を殺していた。
ジョゼが与えてくれる無償の母親の愛を知ったから俺は人間になれたのだ。
殺し合いでしか生きている実感がない狂戦士から心ある人間に――。
胎児になっているのだと気づいた。
結構な衝撃ではあるが……あの時ほどではない。
前世で「俺」として目覚めてすぐの状況が手枷足枷され男に体を弄られていたのに比べれば。
最初に感じたのは、また生きなければならないのかという絶望だった。
俺が「俺」である限り、ああいう生き方しかできないのに。
時折胎児話しかけてくる声で「母親」が誰か、すぐに分かった。
「ああ、これは生まれても、すぐに殺される」と思った。
自分達の因縁を思えば、彼女と彼女の周囲にいる人間が俺を殺さないはずがない。
諦念と共に、やがて来る死を受け入れていたが――。
それでも、時折胎児に話しかけてくる「母親」の声は甘く心地よかった。
「アンディ達が何を言っても、あなたを産むから安心して産まれてきてね」
「早くあなたに会いたい」
「愛しているわ」
自分の胎にいるのが「俺」だと知らないからこそ、彼女は優しく慈愛に満ちた囁きをくれるのだと分かっているが。
そうして、産んだ息子が「俺」だと分かった彼女は――。
白魚のような指が、ゆっくりと赤ん坊の首に触れた。このまま力を込めれば、俺は死ぬ。
だのに――。
彼女の赤紫の瞳から大粒の涙がこぼれ、赤ん坊の頬にいくつも当たった。
この時の気持ちを何と言えばいいのか。
乾いた砂に水が沁み込むように、彼女の涙は空虚なはずの俺の心を潤したのだ。
結局、彼女は俺を殺さなかった。
出産の場にアンディ達がいなかったのをいい事に彼女は俺を連れて逃げた。
この時は疑問しかなかった。
なぜ、俺を殺さなかった?
だから、話せるようになって真っ先に尋ねた。
「……あなたには理解できないわ」
そう言うと、ジョゼはほろ苦く微笑んだ。
理解できない?
そうだろうか?
ジョゼの言葉の意味を考えていたかったが体がガキであるために起きていられない。眠りに落ちる直前、ジョゼが囁いた。
「……あなたを愛しているからよ。あなたが将来私を殺すのだとしても」
ああ、そういう事なのだと合点がいった。
口調からジョゼの「愛している」は、かつてのような恋情ではないと気づいた。
狂戦士というコードネームを付けられるほど「本当に人間か!?」と疑問視される俺だが、そんな俺でも恋心を抱いた女はいた。
だから、向けられる恋情には気づく。まして、前々世から因縁のある相手だ。
彼女がなぜ俺に恋をしたのかは理解できない。
俺にとっては前々世、ジョゼにとっては前世で、俺は彼女の両親を目の前で殺した上、当時すでに老人だったのに。
まあ、理解できなくても堕ちてしまうのが恋なのだが。
けれど、今の彼女からは俺への恋情は感じられない。
きっと俺を産んだ事で俺への恋情は昇華されたのだ。
今の彼女は母として息子である俺を愛している。
望まない行為の結果でも、生まれてきたのが前世から因縁のある「俺」であっても。
俺は……俺は、どうなのだろう?
ジョゼは「あなたが将来私を殺すのだとしても」と言った。
確かに、今までの俺であれば、自分を産んだ母親であろうと構わず彼女を殺そうとしただろう。
けれど、今はためらう気持ちがあった。
今の体がガキなのがありがたかった。今の俺では殺せないという言い訳ができるからだ。
「父親」に酷似したこの見かけのせいか、人混みなどで母親から離れ一人になると必ずといっていいほど変態に遭遇する。
まあ体がガキであろうと中身は「俺」であるし、ジョゼから護身用に短剣を渡されていたので最悪な事態にはならないが。
ジョゼもそれは分かっているだろうに、はぐれる度に血相を変えて俺を捜し、見つけると「無事でよかった」と抱きしめるのだ。同じ石鹸を使っているのに、抱きしめてくるジョゼからは石鹸だけではない彼女特有のいい匂いがした。
その度に感じる温かな気持ち。
(ああ、そうか。俺もジョゼを愛しているんだ)
ようやく自覚した。
俺も息子として母であるジョゼを愛しているのだと。
思えば、胎児だった俺に話しかけるジョゼの優しい囁きを聞いた時から彼女を母として慕う気持ちがあったのかもしれない。
そして、俺を殺そうとして殺せなかったあの時の涙が、母として慈しんでくれた日々が、俺を狂戦士から人間にしたのだ。
だからといって、他の人間にかける慈悲など欠片もないし、邪魔だと思えば殺すのをためらったりはしないが。
ジョゼだけが俺に人間らしい感情を芽生えさせてくれるのだ。
ずっと「祥子」に恋していた。
生まれ変わっても彼女への恋情は消せなかった。
けれど、その「祥子」でさえ俺に人間らしい感情を芽生えさせる事はできなかった。
彼女には相愛の夫がいて俺の気持ちに応えられなかったからかもしれないし、そもそも肉親の情と恋情は違うからかもしれない。
精神年齢百歳越えで赤ん坊をやるのは最高の拷問だったが、前世のように体が大人になってから「俺」として目覚める事がなくてよかったと今は思える。
大人になってから「俺」になれば、俺はためらうことなくジョゼやアンディ達を殺していた。
ジョゼが与えてくれる無償の母親の愛を知ったから俺は人間になれたのだ。
殺し合いでしか生きている実感がない狂戦士から心ある人間に――。
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