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気づいていない秘密
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「……本当に、レダ様に話すの?」
今、エウリとアンを乗せた馬車が向かっているのはティーリュンス公爵邸ではない。この時間、レダがいるだろうプロイトス出版だ。
「あなたに話す事はレダ様から了承をもらっているわ。あなたが自分の秘密を話す必要はないのよ」
レダは自分の秘密をパーシーやオルフェに知られたくないと言ったけれど、エウリにとってパーシーとアンは親友で、母と相愛で、さらには夫になるオルフェは特別だ。それでも、レダが知られたくないというのならパーシーとオルフェには話さない。
それでも、アンにまで隠し事はしたくなかった。だから、エウリは「アンにだけ話してもいいでしょうか?」と訊いたのだ。
意外にも、あっさりとレダは了承してくれた。レダにとってアンは顔見知り程度の付き合いだが、アンがエウリの秘密を知りながら親友であり続ているので安心したのだと思う。エウリの秘密を胸にしまっている人間なら自分の秘密も言い触らしたりはしないだろうと。
パーシーとオルフェもそうなのだが、二人との係わり上、レダは知られたくないのだと思う。パーシーは彼女の最愛の弟の情人であり、オルフェは従兄だ。彼女の心情的に知られたくないのだろう。
エウリからレダの秘密を聞いたアンは、どうやら自分の秘密をレダに打ち明けるべきだと考えたようだ。エウリの出自を知って即、自分の秘密を打ち明けた彼女だ。今回もそう思って不思議ではないのだが――。
「……黙っておくだけで充分じゃない。レダ様だって、そう言うと思う」
エウリは昨日も説得したのだがアンは頷かない。彼女がここまで頑ななのは礼儀だと思っているからだけではない。それにエウリは気づいている。
「……私が自分の秘密を話すのは、レダ様の秘密を知ったからだけじゃないよ。君も気づいているんだろう?」
アンは自分と同じ色のエウリの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……アン」
そう、気づいてしまった。
レダ自身が気づいていないだろう、彼女の秘密に気づいてしまったのだ。
テュンダやレダが訪ねてきた日、なかなか寝つけなくて、その日一日の事を振り返っていた。
死んだと思っていた母の主治医が実は生きていて、その上、彼はエウリの異母兄で伯父だった。
それだけでなく、彼はオルフェの従妹と結婚して、そのレダもまた衝撃的な秘密を打ち明けにきたのだ。
なかなか眠れなくて当然だろう。
(……弟を愛している、か)
パーシーやテュンダにも言ったが想うだけなら罪じゃない。
そう、想うだけなら――。
――酔っぱらっていたので、弟に似ているという以外憶えていないのですが。
――あの方は、私達を通して他の女性を見ている。
エウリとアンの共通点は、同じ色の髪と瞳、体型、そして絶世の美貌。それらは、まさしくレダにも当てはまる。
まさか、ヒュアがエウリとアンを通して見ていた女性は――。
レダは「弟に似ている」と言っていたが、まさか本当は――。
そうだとしたら、その時、レダが妊娠した子は、ポリュは――。
(……落ちついて。これは推測でしかない)
だが、まず間違いないだろうとエウリは確信している。
ポリュは、おそらくエウリと同じだ。
ただ救いなのは、エウリと同じ禁断の行為の結果産まれてきたのだとしても、愛し合う二人の間に芽生えた命という事だ。……エウリのように無理矢理な結果ではないのだ。
(……テュンダは、この事に気づいているのかしら?)
おそらくは気づいている。
レダの話を聞いただけのエウリが気づいたのだ。
医者だからなのか、元々の気質か。テュンダは人の心の機微に聡い。その上、夫として誰よりもレダの傍にいて気づかないはずがない。まして、彼はレダと同じ苦しみを抱えているのだ。
レダ自身が気づいていない彼女の秘密に気づいていて、全てを呑み込んでいるのだとしたら――。
(……あなたは、すごいわ。テュンダ)
自分の娘でない上、禁断の行為の結果産まれてきたポリュを後に産まれた自分の娘達と分け隔てなく育てている。
……もしかしたら、そのポリュを通して、彼女と同じエウリ(アネモネ)を見ていたのかもしれない。
テュンダが、パオがずっと気にかけていた、愛した女性の娘、自分の妹で姪であるエウリ(アネモネ)を。
そうだとしても、全てを知っていて知らぬふりをして、良き夫、良き父親をしている彼には本当に頭が下がる。
(……安心して。テュンダ。私もレダ様には言わない。勿論、ポリュ様にも誰にも)
レダに自分の秘密を知られているからではない。
レダもポリュも知らずにいられるのなら、それが一番だからだ。
母に似たレダには、母のように苦しんでほしくない。
まして、ポリュは苦しむ必要などないのだ。
子供は両親を選べない。禁断の行為の結果産まれてきたとしても、それは彼女の罪じゃない。
BL作家としてデビュー当時からお世話になり親しくしているクレイオの孫娘。母に面影を重ねて好意を抱いているレダの娘。
エウリにとってポリュは、そういう存在だ。彼女自身に好意を抱いている訳ではない。
それでも、真実を知って苦しんでほしいなどとは当然思わない。
知らずに済むのなら、それが一番だ。
(……あなたは、これを知っているの? ヒュア様)
おそらくは知っているだろう。自分がした事を考えれば、姉が産んだ子が自分の子である可能性が高いのだから。
エウリのように「知らずに済むのなら、それが一番だ」と考えているのか。
テュンダのように全てを呑み込んでいるのか。
(……それでも、罪を罪だと自覚して墓場まで持っていく覚悟があるのなら私が言う事ではないわね)
レダの弟としてポリュの叔父として、愛する彼女達の家族として傍にいられる。
けれど、どれだけ望んでも夫や父親にはなれない。
ポリュには自分が実の父親だと告げられず、彼女がテュンダを父親として慕っている様を見なければならないのだ。
それはそれでつらいだろう。
それは、彼が犯した「罪」の報いか。
(……あなたが男色家だと公言しているのは、もう二度と子供を作りたくないから?)
エウリのように血を絶やしたいとかではないだろう。
ヒュアはポリュだけでなくテュンダと姉との間に産まれた双子も可愛がっている。
自分が犯した「罪」の結果産まれた娘、ポリュは勿論、その後、姉が産んだ双子だけを見守ろうと考えているのかもしれない。
男色家だと公言して女性を遠ざけて子供を作らないようにしているのだろう。
これは完全にエウリの推測でしかないのだけれど。
(……何にしろ私が口を出す事じゃないわね)
つらつらと考えているうちに、いつの間にかエウリは眠っていた。
「……君もそうだろうが、私もレダ様には言わない」
レダ自身が気づいていない秘密を、わざわざ暴露する気はないとアンは言っているのだ。
「……ただでさえ苦しんだんだ。いずれ罰を受けなければならない日がくるとしても、今だけは――」
愛する家族と平穏に暮らせるように。
アンにとってレダは、ただ敬愛する義母の姪でパーシーが社長をしているプロイトス出版の翻訳部門の編集長というだけだ。
だが、それでも、苦しんでほしいなどと思わないのは、アンの優しさなのだろう。
「……私が言うのもおかしいけど、ありがとう」
エウリが気づいたように、アンも気づくだろうと思っていた。アンは聡明で勘が鋭い上、エウリというポリュと同じ存在を知っているのだから。
それでも話したのは、親友に隠し事をしたくなかったのと一人で抱え込みたくなかったからだ。秘密を共有する事でアンを苦しめてしまうと分かっていても。
「礼を言う事などないよ。エウリが楽になるのなら、どんな話でも聞くし、私ができる事は何でもする」
エウリはアンにそう言ってもらう資格などない。だが、それでも――。
「……私だって、そうするわ」
アンが楽になるのなら、どんな話でも聞くし、エウリができる事は何でもする。
アンはエウリの全てを知っても親友でいてくれているのだから。
今、エウリとアンを乗せた馬車が向かっているのはティーリュンス公爵邸ではない。この時間、レダがいるだろうプロイトス出版だ。
「あなたに話す事はレダ様から了承をもらっているわ。あなたが自分の秘密を話す必要はないのよ」
レダは自分の秘密をパーシーやオルフェに知られたくないと言ったけれど、エウリにとってパーシーとアンは親友で、母と相愛で、さらには夫になるオルフェは特別だ。それでも、レダが知られたくないというのならパーシーとオルフェには話さない。
それでも、アンにまで隠し事はしたくなかった。だから、エウリは「アンにだけ話してもいいでしょうか?」と訊いたのだ。
意外にも、あっさりとレダは了承してくれた。レダにとってアンは顔見知り程度の付き合いだが、アンがエウリの秘密を知りながら親友であり続ているので安心したのだと思う。エウリの秘密を胸にしまっている人間なら自分の秘密も言い触らしたりはしないだろうと。
パーシーとオルフェもそうなのだが、二人との係わり上、レダは知られたくないのだと思う。パーシーは彼女の最愛の弟の情人であり、オルフェは従兄だ。彼女の心情的に知られたくないのだろう。
エウリからレダの秘密を聞いたアンは、どうやら自分の秘密をレダに打ち明けるべきだと考えたようだ。エウリの出自を知って即、自分の秘密を打ち明けた彼女だ。今回もそう思って不思議ではないのだが――。
「……黙っておくだけで充分じゃない。レダ様だって、そう言うと思う」
エウリは昨日も説得したのだがアンは頷かない。彼女がここまで頑ななのは礼儀だと思っているからだけではない。それにエウリは気づいている。
「……私が自分の秘密を話すのは、レダ様の秘密を知ったからだけじゃないよ。君も気づいているんだろう?」
アンは自分と同じ色のエウリの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……アン」
そう、気づいてしまった。
レダ自身が気づいていないだろう、彼女の秘密に気づいてしまったのだ。
テュンダやレダが訪ねてきた日、なかなか寝つけなくて、その日一日の事を振り返っていた。
死んだと思っていた母の主治医が実は生きていて、その上、彼はエウリの異母兄で伯父だった。
それだけでなく、彼はオルフェの従妹と結婚して、そのレダもまた衝撃的な秘密を打ち明けにきたのだ。
なかなか眠れなくて当然だろう。
(……弟を愛している、か)
パーシーやテュンダにも言ったが想うだけなら罪じゃない。
そう、想うだけなら――。
――酔っぱらっていたので、弟に似ているという以外憶えていないのですが。
――あの方は、私達を通して他の女性を見ている。
エウリとアンの共通点は、同じ色の髪と瞳、体型、そして絶世の美貌。それらは、まさしくレダにも当てはまる。
まさか、ヒュアがエウリとアンを通して見ていた女性は――。
レダは「弟に似ている」と言っていたが、まさか本当は――。
そうだとしたら、その時、レダが妊娠した子は、ポリュは――。
(……落ちついて。これは推測でしかない)
だが、まず間違いないだろうとエウリは確信している。
ポリュは、おそらくエウリと同じだ。
ただ救いなのは、エウリと同じ禁断の行為の結果産まれてきたのだとしても、愛し合う二人の間に芽生えた命という事だ。……エウリのように無理矢理な結果ではないのだ。
(……テュンダは、この事に気づいているのかしら?)
おそらくは気づいている。
レダの話を聞いただけのエウリが気づいたのだ。
医者だからなのか、元々の気質か。テュンダは人の心の機微に聡い。その上、夫として誰よりもレダの傍にいて気づかないはずがない。まして、彼はレダと同じ苦しみを抱えているのだ。
レダ自身が気づいていない彼女の秘密に気づいていて、全てを呑み込んでいるのだとしたら――。
(……あなたは、すごいわ。テュンダ)
自分の娘でない上、禁断の行為の結果産まれてきたポリュを後に産まれた自分の娘達と分け隔てなく育てている。
……もしかしたら、そのポリュを通して、彼女と同じエウリ(アネモネ)を見ていたのかもしれない。
テュンダが、パオがずっと気にかけていた、愛した女性の娘、自分の妹で姪であるエウリ(アネモネ)を。
そうだとしても、全てを知っていて知らぬふりをして、良き夫、良き父親をしている彼には本当に頭が下がる。
(……安心して。テュンダ。私もレダ様には言わない。勿論、ポリュ様にも誰にも)
レダに自分の秘密を知られているからではない。
レダもポリュも知らずにいられるのなら、それが一番だからだ。
母に似たレダには、母のように苦しんでほしくない。
まして、ポリュは苦しむ必要などないのだ。
子供は両親を選べない。禁断の行為の結果産まれてきたとしても、それは彼女の罪じゃない。
BL作家としてデビュー当時からお世話になり親しくしているクレイオの孫娘。母に面影を重ねて好意を抱いているレダの娘。
エウリにとってポリュは、そういう存在だ。彼女自身に好意を抱いている訳ではない。
それでも、真実を知って苦しんでほしいなどとは当然思わない。
知らずに済むのなら、それが一番だ。
(……あなたは、これを知っているの? ヒュア様)
おそらくは知っているだろう。自分がした事を考えれば、姉が産んだ子が自分の子である可能性が高いのだから。
エウリのように「知らずに済むのなら、それが一番だ」と考えているのか。
テュンダのように全てを呑み込んでいるのか。
(……それでも、罪を罪だと自覚して墓場まで持っていく覚悟があるのなら私が言う事ではないわね)
レダの弟としてポリュの叔父として、愛する彼女達の家族として傍にいられる。
けれど、どれだけ望んでも夫や父親にはなれない。
ポリュには自分が実の父親だと告げられず、彼女がテュンダを父親として慕っている様を見なければならないのだ。
それはそれでつらいだろう。
それは、彼が犯した「罪」の報いか。
(……あなたが男色家だと公言しているのは、もう二度と子供を作りたくないから?)
エウリのように血を絶やしたいとかではないだろう。
ヒュアはポリュだけでなくテュンダと姉との間に産まれた双子も可愛がっている。
自分が犯した「罪」の結果産まれた娘、ポリュは勿論、その後、姉が産んだ双子だけを見守ろうと考えているのかもしれない。
男色家だと公言して女性を遠ざけて子供を作らないようにしているのだろう。
これは完全にエウリの推測でしかないのだけれど。
(……何にしろ私が口を出す事じゃないわね)
つらつらと考えているうちに、いつの間にかエウリは眠っていた。
「……君もそうだろうが、私もレダ様には言わない」
レダ自身が気づいていない秘密を、わざわざ暴露する気はないとアンは言っているのだ。
「……ただでさえ苦しんだんだ。いずれ罰を受けなければならない日がくるとしても、今だけは――」
愛する家族と平穏に暮らせるように。
アンにとってレダは、ただ敬愛する義母の姪でパーシーが社長をしているプロイトス出版の翻訳部門の編集長というだけだ。
だが、それでも、苦しんでほしいなどと思わないのは、アンの優しさなのだろう。
「……私が言うのもおかしいけど、ありがとう」
エウリが気づいたように、アンも気づくだろうと思っていた。アンは聡明で勘が鋭い上、エウリというポリュと同じ存在を知っているのだから。
それでも話したのは、親友に隠し事をしたくなかったのと一人で抱え込みたくなかったからだ。秘密を共有する事でアンを苦しめてしまうと分かっていても。
「礼を言う事などないよ。エウリが楽になるのなら、どんな話でも聞くし、私ができる事は何でもする」
エウリはアンにそう言ってもらう資格などない。だが、それでも――。
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