15 / 27
裏(三人称)
15 初めて感情を揺さぶられた
「何か言いたそうね。いいわ。最後になるだろうから聞いてあげるわ」
彼女が顔をさらしてから、ずっともごもご言っていたフェリクスに、ようやく彼女は意識を向けると、彼の近くにいた部下に目を向けた。
「公爵の猿轡を解いて差し上げて」
ようやく猿轡から解放されたフェリクスは、彼女に血走った目を向け怒鳴りつけた。
「マリアジェーン! こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」
彼女は憐みの眼差しをフェリクスに向けた。
「ご自身の立場をまだ分かっていらっしゃらないようね。あなたも、お姉様同様、勉強だけできるお馬鹿さんだったのね」
自分よりも年下で華奢な少女は、その外見からは考えられない威圧を放っていた。それに、フェリクスは無意識に呑まれている。
今この場を支配しているのは、まぎれもなく彼女だ。
一見、簡単に踏みつぶせそうな小さな彼女が、今、この場を支配しているのだ。
「公爵の私に、こんな真似をしてタダで済むとでも思っているのか?」
フェリクスの言葉は今更だ。
「ばれるようなヘマはしませんよ」
彼女は、それだけの覚悟を持って実行しているし、また危機に陥っても臨機応変に切り抜けるだけの才覚もあると自負しているのだ。そして、おそらく、それは自惚れなどではない。
「安心なさって。あなたを殺したりはしないから。お姉様は、あなたの死を望んでいない。裏切った夫ではなく愛人を殺そうとしたのですもの。だから、私も、あなたを殺したりなどしませんよ」
そう、彼女はフェリクスは殺さない。
彼女の姉が望んでいないから。
彼女の姉が望み、彼女が、これから殺そうとしているのは――。
マグダレナがすでに気づいた事に、ようやくフェリクスは思い至ったようで顔色が変わった。
「待て! やめろ! マグダレナは私の子を妊娠しているんだ!」
「ええ。だから、お姉様は彼女を殺そうとしたのでしょう」
淡々と彼女は言う。フェリクスの訴えに動揺する素振りは一切ない。
当然だ。フェリクス曰く「こんな真似」をした彼女が撤退するはずがない。途中でやめるくらいなら最初から実行もしなかったはずだ。
情や良心に訴える事も無意味だ。おそらく彼女に、それらは欠片も存在していないだろうから。
「公爵家で起こった事だ。王家が必ず介入してくる! 今ならなかった事にできる! 私とマグダレナを解放するんだ! マリアジェーン!」
「ジョンソン公爵家を継ぐ人間など、いくらでもいるわ。あなた以上に優秀な人間が公爵家を継げばいい。だから、アダムも、公爵家の家令も、黙認しているのだから」
どうやら手引きしたのは、ジョンソン公爵家の家令、アダムらしい。
「……そんな、アダムが私を裏切っただなんて」
「あなたでは、彼の信頼を得られなかった。ただそれだけの事でしょう」
家令の第一は、主家であって、その主人ではない。
だから、主家に相応しくないと判断すれば、主を挿げ替えるくらい躊躇なくやってのける。
そして、マグダレナが見る所、アダムは主家だけでなく「自分に相応しい主」かどうかでフェリクスを判断していたようだった。
領地経営を妻に丸投げし、愛人に耽溺するような男など、公爵として、まして、自分の主として相応しくないと判断したのだ。
だからこそ、主人とその愛人が殺される事態を何のためらいもなく手引きした。
マグダレナは不思議とアダムを恨む気にはなれなかった。
むしろ、人生の最後に、彼女と出会わせてくれた事に感謝した。
誰にも何にも、自分自身にすら、興味を持てなかった。
ただ生きているだけの人生だった。
そんな自分の感情を初めて揺さぶった人間に出会えたのだ。
それが、人生の終わりを意味するのだとしても。
今までの、ただ生きているだけの生よりも、ずっといい。
彼女が顔をさらしてから、ずっともごもご言っていたフェリクスに、ようやく彼女は意識を向けると、彼の近くにいた部下に目を向けた。
「公爵の猿轡を解いて差し上げて」
ようやく猿轡から解放されたフェリクスは、彼女に血走った目を向け怒鳴りつけた。
「マリアジェーン! こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」
彼女は憐みの眼差しをフェリクスに向けた。
「ご自身の立場をまだ分かっていらっしゃらないようね。あなたも、お姉様同様、勉強だけできるお馬鹿さんだったのね」
自分よりも年下で華奢な少女は、その外見からは考えられない威圧を放っていた。それに、フェリクスは無意識に呑まれている。
今この場を支配しているのは、まぎれもなく彼女だ。
一見、簡単に踏みつぶせそうな小さな彼女が、今、この場を支配しているのだ。
「公爵の私に、こんな真似をしてタダで済むとでも思っているのか?」
フェリクスの言葉は今更だ。
「ばれるようなヘマはしませんよ」
彼女は、それだけの覚悟を持って実行しているし、また危機に陥っても臨機応変に切り抜けるだけの才覚もあると自負しているのだ。そして、おそらく、それは自惚れなどではない。
「安心なさって。あなたを殺したりはしないから。お姉様は、あなたの死を望んでいない。裏切った夫ではなく愛人を殺そうとしたのですもの。だから、私も、あなたを殺したりなどしませんよ」
そう、彼女はフェリクスは殺さない。
彼女の姉が望んでいないから。
彼女の姉が望み、彼女が、これから殺そうとしているのは――。
マグダレナがすでに気づいた事に、ようやくフェリクスは思い至ったようで顔色が変わった。
「待て! やめろ! マグダレナは私の子を妊娠しているんだ!」
「ええ。だから、お姉様は彼女を殺そうとしたのでしょう」
淡々と彼女は言う。フェリクスの訴えに動揺する素振りは一切ない。
当然だ。フェリクス曰く「こんな真似」をした彼女が撤退するはずがない。途中でやめるくらいなら最初から実行もしなかったはずだ。
情や良心に訴える事も無意味だ。おそらく彼女に、それらは欠片も存在していないだろうから。
「公爵家で起こった事だ。王家が必ず介入してくる! 今ならなかった事にできる! 私とマグダレナを解放するんだ! マリアジェーン!」
「ジョンソン公爵家を継ぐ人間など、いくらでもいるわ。あなた以上に優秀な人間が公爵家を継げばいい。だから、アダムも、公爵家の家令も、黙認しているのだから」
どうやら手引きしたのは、ジョンソン公爵家の家令、アダムらしい。
「……そんな、アダムが私を裏切っただなんて」
「あなたでは、彼の信頼を得られなかった。ただそれだけの事でしょう」
家令の第一は、主家であって、その主人ではない。
だから、主家に相応しくないと判断すれば、主を挿げ替えるくらい躊躇なくやってのける。
そして、マグダレナが見る所、アダムは主家だけでなく「自分に相応しい主」かどうかでフェリクスを判断していたようだった。
領地経営を妻に丸投げし、愛人に耽溺するような男など、公爵として、まして、自分の主として相応しくないと判断したのだ。
だからこそ、主人とその愛人が殺される事態を何のためらいもなく手引きした。
マグダレナは不思議とアダムを恨む気にはなれなかった。
むしろ、人生の最後に、彼女と出会わせてくれた事に感謝した。
誰にも何にも、自分自身にすら、興味を持てなかった。
ただ生きているだけの人生だった。
そんな自分の感情を初めて揺さぶった人間に出会えたのだ。
それが、人生の終わりを意味するのだとしても。
今までの、ただ生きているだけの生よりも、ずっといい。
あなたにおすすめの小説
次こそあなたと幸せになると決めたのに…中々うまくいきません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のシャレルは、第二王子のジョーンによって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中彼女を救ってくれたのは、ずっと嫌われていると思っていた相手、婚約者で王太子のダーウィンだった。
逃亡生活を送る中、お互い思い合っていたのにすれ違っていた事に気が付く2人。すれ違った時間を取り戻すかのように、一気に距離を縮めていく。
全てを失い絶望の淵にいたシャレルだったが、ダーウィンとの逃避行の時間は、今まで感じた事のないほど、幸せな時間だった。
新天地マーラル王国で、ダーウィンとの幸せな未来を思い描きながら、逃避行は続く。
そしていよいよ、あと少しでマーラル国というところまで来たある日、彼らの前にジョーンが現れたのだ。
天国から地獄に叩き落されたシャレルは、絶望の中生涯の幕を下ろしたはずだったが…
ひょんなことから、ダーウィンと婚約を結んだ8歳の時に、戻っていた。
2度目の人生は、絶対にダーウィンと幸せになってみせる、そう決意したシャレルだったが、そううまくはいかず、次第に追い詰められていくのだった。
※シャレルとダーウィンが幸せを掴むかでのお話しです。
ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いします。
カクヨムでも同時投稿しています。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます
みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。
それでもジェイドはカーレルを想っていた。
学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。
赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。
それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。
ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され……
ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。
だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。
そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。
そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。
だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……
緑の指を持つ娘
Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。
ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・
俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。
第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。
ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。
疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。