ざまぁした(つもりの)お姉様は妹の掌の上

青葉めいこ

文字の大きさ
16 / 27
裏(三人称)

16 全てを捧げる

 そこで、マグダレナの人生は終わったはずだった。

 けれど、気が付いたら、あきらかに貴族のやしきだと分かる一室の美しい寝台の上にいたのだ。

「気が付いた?」

 聞き覚えのある可憐な声が傍らから聞こえてきた。

「マリアジェーン様?」

 マグダレナは驚いた。寝台の傍らに椅子に座ったマリアジェーンがいたからだ。

「……わたくし、生きていますのね」

 マグダレナは半身を起こしてマリアジェーンと向き合った。

「ええ。あなたに注射したのは、仮死薬、あなたがお姉様に飲ませたのと同じ物よ。あれから三日経っているわ」

「……アレは毒などではなかったのですね」

 彼女の姉、フェリクスの正妻がマグダレナに盛ろうとした物は、そもそも毒薬などではなかった。彼女が毒薬と偽った仮死薬が姉に渡るように仕向けていたのだ。姉を殺人犯にしないためではなくマグダレナの反撃を想定して姉を死なせないために、そうしたのだろう。

「……それで、どうして、わたくしを殺さなかったのですか?」

「良心がとがめたから」というのだけはないだろう。

 目の前の華奢で可憐な美少女が、その外見とは裏腹な酷薄で冷酷な本性を持っているのは、もう分かっている。

 公爵家に侵入し、公爵あるじとその愛人を拘束までさせたのだ。フェリクスには殺すと告げておいて、実際は、そうしなかった理由が分からない。

「あなたが使えそうだから」

「使えそうとは、どういう意味でしょうか?」

 あっさりと告げられた言葉をマグダレナは理解できなかった。

「相手の好みを把握して自分とは真逆な女を演じられる忍耐力と演技力、命を狙われても慌てずに咄嗟にカップを交換した冷静に対処できる機転、おまけに、それだけの容姿。諜報員として使えると思ったの。このまま死なせるのは、惜しいとね」

「出会ったばかりのわたくしに、そこまで価値を見出してくださったのですか?」

 素直に嬉しかった。

 幼い頃から容姿を褒められたのは数えきれないほどある。言い換えれば、容姿にのみ、価値を見出されていた。

 容姿以外の能力に着目された事はなかった。マグダレナもまた一人の人間、一人の女であると、誰も考えてくれなかったのだ。

 フェリクスだとて、マグダレナの容姿にのみ惚れたから、演技に気づかない。

 けれど、マリアジェーンだけは、マグダレナの美しい容姿だけでなくフェリクスに対する演技や彼女の姉に対する対処で、その能力を見抜き、「使えそう」だと価値を見出してくれた。

「諜報員になりたくないのなら、それでも構わないわ」

「……そうなると、わたくしに待っているのは、死、でしょう?」

 考えるまでもない。

「使えそう」だから生かしてくれただけで、最初は殺す気だったのだから。

貴女あなたの期待に応えられる諜報員になりましょう」

 生きたいから、死にたくないから、諜報員になるのではない。

 元々、ただ生きているだけの人生だった。

 それが、初めて感情を揺さぶられる人に出会い、その人に価値を見出されたのだ。

 これ以上の幸福があるだろうか?

 それが、人としての道徳や倫理に背く道だとしても構わない。

 この命も、心も、全てを彼女に捧げよう。




 その後、世間的には死んだ事になったマグダレナは、玉のような男の子を産んだ。

 予想通り、腹を痛めて産んだ息子を見ても、全く愛情などかなかった。

 だから、何のためらいもなく孤児院に送れた。

 こんな自分を母として育つよりも、血の繋がらない他人でも、愛をもって接してくれる人の元で育つほうが息子は幸せだろう。

 それが母としてマグダレナが息子にしてやれる唯一の事だ。

 もう息子の事は考えない。

 命も心も、マグダレナの全ては、マリアジェーン・スミス様に捧げると決めたのだから――。


 





 


 

あなたにおすすめの小説

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

次こそあなたと幸せになると決めたのに…中々うまくいきません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のシャレルは、第二王子のジョーンによって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中彼女を救ってくれたのは、ずっと嫌われていると思っていた相手、婚約者で王太子のダーウィンだった。 逃亡生活を送る中、お互い思い合っていたのにすれ違っていた事に気が付く2人。すれ違った時間を取り戻すかのように、一気に距離を縮めていく。 全てを失い絶望の淵にいたシャレルだったが、ダーウィンとの逃避行の時間は、今まで感じた事のないほど、幸せな時間だった。 新天地マーラル王国で、ダーウィンとの幸せな未来を思い描きながら、逃避行は続く。 そしていよいよ、あと少しでマーラル国というところまで来たある日、彼らの前にジョーンが現れたのだ。 天国から地獄に叩き落されたシャレルは、絶望の中生涯の幕を下ろしたはずだったが… ひょんなことから、ダーウィンと婚約を結んだ8歳の時に、戻っていた。 2度目の人生は、絶対にダーウィンと幸せになってみせる、そう決意したシャレルだったが、そううまくはいかず、次第に追い詰められていくのだった。 ※シャレルとダーウィンが幸せを掴むかでのお話しです。 ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いします。 カクヨムでも同時投稿しています。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

緑の指を持つ娘

Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。 ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・ 俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。 第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。 ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。 疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。