ざまぁした(つもりの)お姉様は妹の掌の上

青葉めいこ

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裏(三人称)

21 彼は憶えていない

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 チャールズに会うつもりなどなかったのだが、広いとはいえ同じ敷地内にいると、どうしても会ってしまうものらしい。

 毬愛は、この時、東屋の椅子に座り、庭に植わっているスミス伯爵家自慢の薔薇を写生していた。

 前世では幼い頃から絵を描くのが好きだった。前世の両親のように社交もできず、会社を経営する才能もなかったが、画家としては一応独り立ちできていた。それでも、両親と夫からは、自分達にできる事ができない毬愛を無能の役立たずだと蔑まれていたが。

 人格が前世毬愛となってからは、今生の人格エヴァンジェリンが好んでいたような少女趣味なドレスを自分でリメイクして、何とか毬愛好みのシンプルなドレスに変えて着ている。彼女の言う通り「死ぬほど似合わない」のだ。

 侍女達にリメイクを頼めばやってくれただろうが、仕事を増やすのは申し訳なかったし、幸いエヴァンジェリンと違って毬愛は裁縫は得意だ。本当に、魂は同じでも自分達は性格や才能、趣味嗜好においては真逆なのだ。

 返してもらったアクセサリーは再び彼女に渡した。世間的には死んだ事になったので社交をする必要はなく、当然身に着ける必要もなくなったからだ。単純に、ドレス同様、アクセサリーも好みではなかったというのもある。返した以上、あれを売るのも捨てるのも彼女に一任している。

 時間を忘れて写生している時に、「彼」が通りかかった。婚約者である彼女、マリアジェーンに会いに来たのだろう。

 彼はエヴァンジェリン毬愛を見て、少しだけ驚いた顔をしていた。

(ああ、確かに)と毬愛は思う。

「彼」は、もう今生の自分エヴァンジェリンが知るチャールズではない。

 姿形こそ同じだが、全く違う男だ。

 表情が違う。目付きが違う。

 チャールズではないと分かっても、彼女に教えてもらわなければ、凌だとも分からなかっただろう。

 前世では、誰よりも愛した男だのに。

 それだけ、毬愛の彼に対する想いは変容したのだ。

「君は誰だ?」

 東屋まで歩み寄ってきて彼は言った。

「姿こそエヴァンジェリンだが、彼女ではないよな?」

 前世の人格チャールズだった時からエヴァンジェリンに興味なかったくせに、それは直感的に分かるものなのか。

 けれど、自分の前世の妻、自分が殺した女だとも気づいてはいないようだ。

「ええ。あなたの言う通り、この体はエヴァンジェリンだけど『私』は彼女ではないわ。あなたと同じ、前世の人格よ」

 見抜いた相手に隠すのは無駄だし、妹の夫、身内になる人間でもある。世間的には死んだスミス伯爵家の長女であるジョンソン公爵夫人が実は生きていたと知っても彼は言い触らしたりはしないだろう。仮に言い触らしたところで、ある日突然、前世の人格になったなど大抵の人間は信じない。

「さらに言うなら、私は佐藤毬愛よ」

 自分の正体を告げたのは、別に彼に罪悪感を抱かせるためではない。ただ単に、これから家族になるのなら、なるべく隠し事はしないほうがいいだろうなと考えたからだ。

 だが――。

「さとうまりあ?」

 彼は怪訝そうな顔になった。

 それを見て、まさかと毬愛は思った。

「……まさかと思うけど、自分の前世の妻、いえ、自分が殺した女を忘れたの?」

「何を言っている? 俺の妻は鞠亜だけだ。だけど、君は高橋鞠亜、俺の鞠亜ではないだろう? いくら転生し、姿形が変わっても、俺が鞠亜に気付かないはずがないからな」

 自信満々に言ってくれるが、実際、彼は「彼女」に気付いていないのだ。

「それに、俺は誰も殺してない。変な事を言うのはやめろ」

 嫌悪感もあらわに、不快そうに言う顔は、容姿は違っても前世で見慣れたものだ。いつもいつも、彼は毬愛に対して、こんな言動だったのだ。そして、今の彼のこれは演技などではないと分かる。

「……何も憶えてないのね。『私』の事は」

 彼は、まり、高橋鞠亜と結婚式を挙げた事は憶えている。だが、おそらく、そこで起きたもろもろ、いや、それ以前の、毬愛と結婚した日々どころか母の玩具だった幼少期も忘れているのだ。

 なぜ、彼が前世の人格になっても、自分の都合のいい部分だけを憶え、それ以外を忘れているのか、おおよその見当はつく。母の玩具だった幼少期や毬愛を殺した後の人生が悲惨だったからだ。

 前世の人格となる前の今生の人格チャールズだった時から、今生の自分の母親ウィリアムズ侯爵夫人毬愛エヴァンジェリンの前世の母の転生に無意識に嫌悪感を抱いていたくらいだ。

 それだけでなく、自分が亡くなった後だが、凌が、前世の彼が、あれから、どんな人生を歩んだのか、大方の察しはつく。

 元妻を殺して逮捕され法の裁きを受けた。

 それならば、まだマシなほうだ。最低限、人としての尊厳は保てた。

 けれど、十中八九、凌に、そんな人生は与えられなかっただろう。

 彼がそうさせなかった。

 彼、田中歩たなかあゆむ、前世の祖父が愛人に生ませた息子で前世の父の異母弟。佐藤家の執事でもあり、毬愛むすめに無関心な両親の代わりに毬愛を育ててくれた父親代わりとでもいうべき人。

 そして、今生のジョンソン公爵家の家令アダム・ブラウン、彼こそが田中歩の転生だ。

 アダムが毬愛やエヴァンジェリンに、それを教えた訳ではない。そもそも、前世の人格毬愛となってからはスミス伯爵家から一歩も出ず、邸外の人間とは交流していないのだ。

 だが、今生の自分エヴァンジェリンだった時、接したアダムの言動からみて間違いないと思う。姿形は違っても、ふと見せる表情や仕草、何より、彼が言っていた「彼女」が毬愛の事だとすれば全て納得できるのだ。

 アダムもまた、彼女同様、前世の人格毬愛が表出する前から、「自分」に気づいてくれていたのだ。

 前世でアダムが毬愛を育ててくれたのは、仕事の一環だと思っていた。今生同様、冷静沈着で自分にも他人にも厳しい有能な家令執事、毬愛だけでなく誰に対しても、そんな顔で接してきたから、その顔の奥にある確かな慈愛に前世では気付かなかった。

 血の繋がった姪であり、赤ん坊の頃から育ててきたお嬢様。

 そんな毬愛を裏切り、殺した凌に歩が何もしないはずがない。

 佐藤財閥当主の異母弟で執事という、前世で自分が持てる権力全てを使って、凌を破滅させたはずだ。

 凌が前世の人格になっても、前世の記憶の全てを思い出せない、いや、無意識に思い出す事を拒絶しているのは、そのせいだろう。

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