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第一部 ジョセフ
17 今生は身内の事で振り回されたくない
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アンディと話した後、早起きした私は自室で朝食の時間まで眠っていた。
ジョセフは早々に首都パジに帰ったらしい。
朝食の席で、お祖母様から、それを知らされた。
ジョセフは、これ以上、私と顔を合わせたくなかったのだろう。
「そうですか」
私は頷きつつ、今日も焼き立てのパンをにこにこしながら食べていた。
いつもお祖母様が座る位置にお祖父様がいる。その斜め左隣にはお祖母様、斜め右隣は私だ。
いつもなら、お祖母様と私は長いテーブルを挟んだ対面なのだが「家族なのだから近くで食事したい」というお祖父様の希望でそうなった。
「……陛下から聞いたわ」
私がジョセフにした事をだろう。
お祖母様の美しいお顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんでいた。
お祖母様も私を責める気はないのだろう。今生の自分がされた事を思えば、私が息子に「何か」するのは当然だと言っていたのだから。
尤も、私がジョセフに「あんな事」をしたのは、今生の自分のためではなく私自身のためだったのだが。
これから私が生きるこの体に、決して消えない恐怖を植えつけられた事が許せなかったからだ。
「……本当に、『あなた』はジョゼとは違うのね」
お祖母様は、しみじみと呟いた。
そう、ジョゼフィーヌでは、絶対に「お父様」にできなかった事だ。
「……母親としては言ってはいけないのだけれど、あの子がさっさと帰ってくれてよかったわ」
お祖母様の顔は、どこか晴々としていた。そのせいか今日の彼女は輝くように美しい。
お祖母様の誕生日会の後、ジョセフは、いつもなら、二、三日この館に滞在する。いくら疎んじていても滅多に会えない息子なので、お祖母様も我慢して一緒に過ごすようにしていた。
「母親に反発しているのなら、さっさと帰ればいいのに、これも嫌がらせかしらね」
お祖母様は勘ぐっているようだが、それは違うと私には分かっている。わざわざ教える気はないけど。
ジョゼフィーヌの記憶と実際にジョセフがお祖母様を見る眼差しで確信した。
確かに、ジョセフは母親に反発している。
けれど、それ以上に、美しく聡明で強い母親を敬愛しているのだ。
ジョセフが母親に反発するのも、自分を認めてもらいたい一心からではないだろうか?
まあ、それは到底無理だと思う。
外見は確かに、お祖母様に似て完璧だ。けれど、それだけで、中身は「クズ」以外のなにものでもないのだから。
ちらりとお祖父様を見ると、彼はただ黙々と食事をしている。私とお祖母様の会話に口を挟んでこなかった。
(……あなたもジョセフのお祖母様に対する複雑な想いに気づいているわよね? お祖父様)
想いの種類は違っても、同じくらい強くお祖母様を想っているのだ。
気づかないはずがない。
けれど、お祖父様は、それをお祖母様に教える気はないのだ。彼女を慮っているからだろう。
自分に対する息子の「愛」を知っても、お祖母様は、それでもきっと愛せない。
息子に愛されていても愛し返せない事に、お祖母様は苦しむから、お祖父様は絶対に言わないのだ。
お祖父様と目が合った。
「私」が「ジョゼ」ではないと分かっても、お祖父様の私に向ける眼差しは、いつも優しかった。
けれど、今、私に向ける眼差しに優しさなど全く感じられず、射すくめるように私を見つめてくる。
さすが一国の王というべきか。その眼差しは、なかなか迫力がある。
大半の人間は気圧されるだろうが、裏社会で生きてきた「私」は、これくらいでは動じない。
「ジョセフィンに余計な事を言うな」
お祖父様の目は、そう語っている。
私は、にっこり笑って頷いた。
心配しなくても、そんな面倒な事などしない。
今生は身内の事で振り回されたくないのだから――。
「これでもうお父様に会う事もなくなるでしょうね」
それならそれで構わない。
心の通わない肉親なら会わないほうがお互いのためだ。
お祖母様の誕生日会に、ジョセフは今生の私の異母妹、ルイーズを連れてこなかった。
お祖母様が、もう一人の孫とはいえ大嫌いな異父姉にそっくりなルイーズと顔を合わせたくないのを分かっているお祖父様が彼女を連れてこないようにジョセフに命じていたのだ。
父親と暮らしている異母妹。
ジョゼフィーヌの記憶ではなく実際に「私」が異母妹に会う事はないだろう。
生涯会わないなら、それでもいい。
今生の私が妹を愛せなかったように、私も、きっと妹を愛せない。
……ルイーズは前世の私の妹、香純ではない。
頭では分かっていても、妹という存在は、どうしても、あの子と重なって胸が痛むのだ。
だから、「妹」には会いたくない――。
ジョセフは早々に首都パジに帰ったらしい。
朝食の席で、お祖母様から、それを知らされた。
ジョセフは、これ以上、私と顔を合わせたくなかったのだろう。
「そうですか」
私は頷きつつ、今日も焼き立てのパンをにこにこしながら食べていた。
いつもお祖母様が座る位置にお祖父様がいる。その斜め左隣にはお祖母様、斜め右隣は私だ。
いつもなら、お祖母様と私は長いテーブルを挟んだ対面なのだが「家族なのだから近くで食事したい」というお祖父様の希望でそうなった。
「……陛下から聞いたわ」
私がジョセフにした事をだろう。
お祖母様の美しいお顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんでいた。
お祖母様も私を責める気はないのだろう。今生の自分がされた事を思えば、私が息子に「何か」するのは当然だと言っていたのだから。
尤も、私がジョセフに「あんな事」をしたのは、今生の自分のためではなく私自身のためだったのだが。
これから私が生きるこの体に、決して消えない恐怖を植えつけられた事が許せなかったからだ。
「……本当に、『あなた』はジョゼとは違うのね」
お祖母様は、しみじみと呟いた。
そう、ジョゼフィーヌでは、絶対に「お父様」にできなかった事だ。
「……母親としては言ってはいけないのだけれど、あの子がさっさと帰ってくれてよかったわ」
お祖母様の顔は、どこか晴々としていた。そのせいか今日の彼女は輝くように美しい。
お祖母様の誕生日会の後、ジョセフは、いつもなら、二、三日この館に滞在する。いくら疎んじていても滅多に会えない息子なので、お祖母様も我慢して一緒に過ごすようにしていた。
「母親に反発しているのなら、さっさと帰ればいいのに、これも嫌がらせかしらね」
お祖母様は勘ぐっているようだが、それは違うと私には分かっている。わざわざ教える気はないけど。
ジョゼフィーヌの記憶と実際にジョセフがお祖母様を見る眼差しで確信した。
確かに、ジョセフは母親に反発している。
けれど、それ以上に、美しく聡明で強い母親を敬愛しているのだ。
ジョセフが母親に反発するのも、自分を認めてもらいたい一心からではないだろうか?
まあ、それは到底無理だと思う。
外見は確かに、お祖母様に似て完璧だ。けれど、それだけで、中身は「クズ」以外のなにものでもないのだから。
ちらりとお祖父様を見ると、彼はただ黙々と食事をしている。私とお祖母様の会話に口を挟んでこなかった。
(……あなたもジョセフのお祖母様に対する複雑な想いに気づいているわよね? お祖父様)
想いの種類は違っても、同じくらい強くお祖母様を想っているのだ。
気づかないはずがない。
けれど、お祖父様は、それをお祖母様に教える気はないのだ。彼女を慮っているからだろう。
自分に対する息子の「愛」を知っても、お祖母様は、それでもきっと愛せない。
息子に愛されていても愛し返せない事に、お祖母様は苦しむから、お祖父様は絶対に言わないのだ。
お祖父様と目が合った。
「私」が「ジョゼ」ではないと分かっても、お祖父様の私に向ける眼差しは、いつも優しかった。
けれど、今、私に向ける眼差しに優しさなど全く感じられず、射すくめるように私を見つめてくる。
さすが一国の王というべきか。その眼差しは、なかなか迫力がある。
大半の人間は気圧されるだろうが、裏社会で生きてきた「私」は、これくらいでは動じない。
「ジョセフィンに余計な事を言うな」
お祖父様の目は、そう語っている。
私は、にっこり笑って頷いた。
心配しなくても、そんな面倒な事などしない。
今生は身内の事で振り回されたくないのだから――。
「これでもうお父様に会う事もなくなるでしょうね」
それならそれで構わない。
心の通わない肉親なら会わないほうがお互いのためだ。
お祖母様の誕生日会に、ジョセフは今生の私の異母妹、ルイーズを連れてこなかった。
お祖母様が、もう一人の孫とはいえ大嫌いな異父姉にそっくりなルイーズと顔を合わせたくないのを分かっているお祖父様が彼女を連れてこないようにジョセフに命じていたのだ。
父親と暮らしている異母妹。
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生涯会わないなら、それでもいい。
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……ルイーズは前世の私の妹、香純ではない。
頭では分かっていても、妹という存在は、どうしても、あの子と重なって胸が痛むのだ。
だから、「妹」には会いたくない――。
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