16 / 113
第一部 ジョセフ
16 全てなかった事になどできない
しおりを挟む
お祖父様と入れ違いに、アンディがエントランスホールに入って来た。
「ご苦労様。アンディ」
ジョセフを刑務所に拉致し無理矢理、剃毛と排泄をさせたのは、アンディと彼の私兵だ。私も一緒に行きたかったのだけれど三歳児の体では夜遅くまで起きていられない。
「……ジョセフ、貴女に何もしませんでしたね」
私の個人的な報復を終えた後、目隠ししたジョセフと一緒に車で帰って来たアンディは、扉の影で私とジョセフの会話を聞いていたのだ。もしジョセフが私に暴力を振るったら、いつでも飛び出せるように。
「あんな目に遭わされても、私に暴力を振るうなら本当に馬鹿じゃない」
私はちらりと嘲笑すると、アンディに、すまなそうな視線を向けた。
「それより、ごめんね。……前世の縁で私に力を貸してくれなくていいなどと言ったくせに、結局あなたに甘えて私の個人的な報復をやらせてしまって」
いくら辺境伯令嬢であっても、まだ三歳児にすぎない私に従ってくれるのはアンディだけだ。
そして、アンディは、この世界で十二年しか生きていなくても、中身は秘密結社のNo.2だった《アイスドール》だ。辺境伯であるお祖母様の信頼も勝ち取り、実質的な家令としてブルノンヴィル辺境伯家を切り盛りし、彼個人が使える私兵も持っている。
だから、アンディと彼の私兵を使って「お父様」に対する私の個人的な報復をしてもらった。
この体が成長して前世のようなすぐれた身体能力を身についたのなら私一人でジョセフに「ざまあ」ができたのだけれど、それまで待てなかった。
それだけ、クズ親父に対する私の怒りが大きかったのだ。
「構いませんよ。貴女が望む事なら何でもします」
ジョセフは今生の彼の主家の人間だ。ジョセフに「あんな事」をするなど許されない。けれど、アンディにとっては、どうでもいい事だ。彼にとって大切なのは自分が定めた主であって主家の人間ではないのだから。
「ところで、ロザリーは貴女にとって、その体の生物学上の母親にすぎないのでしょう? なぜ、あんな事を言ったのですか?」
――私とロザリーに何かしたり、私を怒らせたら、死んだほうがマシだという目に遭わせますので。
アンディが言っているのは、私がジョセフに言い聞かせたこの科白だろう。
「……彼女は、この体の『母親』だし、彼女なりに娘を想っているから」
私に暴力を振るえなくなったのなら、その分がロザリーにいくだろう。知らんぷりできなかった。
「……生まれ変わっても、その優しさは変わらないんだな」
アンディは私を褒めているのではない。その声音も表情も呆れがまじっていた。
「……私は優しくないわ。本当に優しければ、今生の父親に『あんな真似』しない」
「貴女が非情な人間なら消えた今生の自分など気にせず、ジョセフに、もっとひどい真似ができたでしょう。貴女のその優しさは、人によっては美質というのだろうが命取りだ」
ここまでは、私も冷静に聞いていられた。けれど――。
「だから、前世でも、あいつを殺すのをためらって死にかけた」
これは、言ってほしくなかった。
「……私を責めているの?」
アンディの言う通り、前世で「彼」を殺すのをためらって死にかけた。そんな私を庇って、前世のアンディは、《アイスドール》は死んだのだ。
「違います」
アンディは私と目線を合わせるためか、私の前に跪いた。
「私が勝手にした事です。貴女のせいではありません」
「……本当に前世で、あなたを死なせた事は、申し訳なく思っているわ」
前世で、彼が私の両親を殺すよう命じた人間だとしても、私のせいで彼を死なせていいはずがない。
「貴女は仰ったでしょう? 互いに前世の記憶があったとしても、今生では違う人間だと。だから、私に不要な罪悪感など抱かなくていいのですよ」
そう、前世の記憶があったとしても、今生は違う人間、違う人生を生きている。
「……それでも、全て帳消しになどできないでしょう?」
前世の事だとしても、互いにその記憶がある以上、全てなかった事になどできない。
「ご苦労様。アンディ」
ジョセフを刑務所に拉致し無理矢理、剃毛と排泄をさせたのは、アンディと彼の私兵だ。私も一緒に行きたかったのだけれど三歳児の体では夜遅くまで起きていられない。
「……ジョセフ、貴女に何もしませんでしたね」
私の個人的な報復を終えた後、目隠ししたジョセフと一緒に車で帰って来たアンディは、扉の影で私とジョセフの会話を聞いていたのだ。もしジョセフが私に暴力を振るったら、いつでも飛び出せるように。
「あんな目に遭わされても、私に暴力を振るうなら本当に馬鹿じゃない」
私はちらりと嘲笑すると、アンディに、すまなそうな視線を向けた。
「それより、ごめんね。……前世の縁で私に力を貸してくれなくていいなどと言ったくせに、結局あなたに甘えて私の個人的な報復をやらせてしまって」
いくら辺境伯令嬢であっても、まだ三歳児にすぎない私に従ってくれるのはアンディだけだ。
そして、アンディは、この世界で十二年しか生きていなくても、中身は秘密結社のNo.2だった《アイスドール》だ。辺境伯であるお祖母様の信頼も勝ち取り、実質的な家令としてブルノンヴィル辺境伯家を切り盛りし、彼個人が使える私兵も持っている。
だから、アンディと彼の私兵を使って「お父様」に対する私の個人的な報復をしてもらった。
この体が成長して前世のようなすぐれた身体能力を身についたのなら私一人でジョセフに「ざまあ」ができたのだけれど、それまで待てなかった。
それだけ、クズ親父に対する私の怒りが大きかったのだ。
「構いませんよ。貴女が望む事なら何でもします」
ジョセフは今生の彼の主家の人間だ。ジョセフに「あんな事」をするなど許されない。けれど、アンディにとっては、どうでもいい事だ。彼にとって大切なのは自分が定めた主であって主家の人間ではないのだから。
「ところで、ロザリーは貴女にとって、その体の生物学上の母親にすぎないのでしょう? なぜ、あんな事を言ったのですか?」
――私とロザリーに何かしたり、私を怒らせたら、死んだほうがマシだという目に遭わせますので。
アンディが言っているのは、私がジョセフに言い聞かせたこの科白だろう。
「……彼女は、この体の『母親』だし、彼女なりに娘を想っているから」
私に暴力を振るえなくなったのなら、その分がロザリーにいくだろう。知らんぷりできなかった。
「……生まれ変わっても、その優しさは変わらないんだな」
アンディは私を褒めているのではない。その声音も表情も呆れがまじっていた。
「……私は優しくないわ。本当に優しければ、今生の父親に『あんな真似』しない」
「貴女が非情な人間なら消えた今生の自分など気にせず、ジョセフに、もっとひどい真似ができたでしょう。貴女のその優しさは、人によっては美質というのだろうが命取りだ」
ここまでは、私も冷静に聞いていられた。けれど――。
「だから、前世でも、あいつを殺すのをためらって死にかけた」
これは、言ってほしくなかった。
「……私を責めているの?」
アンディの言う通り、前世で「彼」を殺すのをためらって死にかけた。そんな私を庇って、前世のアンディは、《アイスドール》は死んだのだ。
「違います」
アンディは私と目線を合わせるためか、私の前に跪いた。
「私が勝手にした事です。貴女のせいではありません」
「……本当に前世で、あなたを死なせた事は、申し訳なく思っているわ」
前世で、彼が私の両親を殺すよう命じた人間だとしても、私のせいで彼を死なせていいはずがない。
「貴女は仰ったでしょう? 互いに前世の記憶があったとしても、今生では違う人間だと。だから、私に不要な罪悪感など抱かなくていいのですよ」
そう、前世の記憶があったとしても、今生は違う人間、違う人生を生きている。
「……それでも、全て帳消しになどできないでしょう?」
前世の事だとしても、互いにその記憶がある以上、全てなかった事になどできない。
4
あなたにおすすめの小説
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる