15 / 113
第一部 ジョセフ
15 今生は肉親の愛など要らない
しおりを挟む
「男に生まれたからには、生涯『男』でいたいでしょう?」
真っ青な顔で、がたがた震え今にもぶっ倒れそうな「お父様」に私は微笑みかけた。
「あらあら、お顔の色が真っ青。ゆっくり休んでくださいな。風邪など引いてしまっては、看病するメイドが大変ですからね」
ジョセフをそんな有り様にした事は棚に上げての私の発言だが、ジョセフはもう私に悪態も吐かず殴りかかりもしてこなかった。ただただ得体の知れないモノを見るような目を私に向けてくるだけだ。
一刻も早く私から離れたいのか、ジョセフは、ふらつきながら自分にあてがわれた部屋に戻って行った。
その背中を見送りながら私は哄笑した。ロザリーの時とは違う意味で、おかしくておかしくて仕方なかった。クズな男の自尊心をへし折るのが、これほど楽しいとは思わなかった。
静まり返ったエントランスホールに幼女の高笑いが響く。今もって自分とは思えない笑い声だ。
「……君、ジョセフに何をしたんだ?」
階上から低音の美声が降ってきた。
哄笑をやめ見上げると、亜麻色の髪に紫眼の美丈夫が二階から私を見下ろしていた。私とジョセフの会話を聞いていたのだろう。
「おはようございます。お祖父様。お早いですね」
私は微笑みながら朝の挨拶をした。
「早起きして乗馬や武術の鍛錬が日課だからな」
お祖父様は階段を下りながら言った。普段暮らす王宮だけでなく、どこに行っても習慣を崩さないようにしているのだろう。
「ジョセフに何をした?」
私の目の前に立ったお祖父様は朝の挨拶を返さず同じ質問を繰り返した。
「しばらく女を抱けない体にしたんです」
私は隠す事なく答えた。
「え?」
お祖父様は美しい顔を強張らせた。
妙な誤解をされたのだと気づいて、私はそれを解くために言った。
「男性の大事なアレをちょん切ったりはしていませんよ」
父親を慕っていた今生の私に免じて、それはやめてやった。
私の言葉に、お祖父様は、あからさまにほっとした顔になった。いくら愛せない息子でも、同じ性を持つ者として絶対に考えたくない事だろう。
「刑務所に拉致して囚人達の目の前で無理矢理、剃毛と排泄をさせたんです」
そこまで言った私は、お祖父様が懸念するだろう事に気づいて、それを払拭するために付け加えた。
「あ、安心してくださいね。ちゃんとジョセフの顔は覆面で隠していたので、彼がブルノンヴィル辺境伯の息子、王子とは、誰にも分からないようにしましたから」
にこにこ笑いながら言う私を、お祖父様は何ともいえない微妙な顔で見下ろしていた。
「……『君』は、本当にジョゼとは違うんだな」
そう、ジョゼフィーヌでは、絶対にできなかった事だ。
「ええ。私はジョゼフィーヌとは違うから、彼女が決してできなかった事でもできるわ。今回の事も生温いと思っているくらいですから」
それでも、ジョセフには多大なダメージとなったのなら少しは溜飲が下がる。
「……『君』もジョゼなら受け入れる。私はそう言ったが」
そこで言葉をとめると、お祖父様は私をじっと見つめてきた。「私」と最初に出会った時、「私」が「ジョゼ」ではないと見抜いたのと同じ探るような眼差しだった。
「あんな息子でも、こんな真似をした私を孫娘とは思えませんか?」
それならそれで構わない。
「私が息子に『何か』するのを聞いていたのに、あなたは私をとめなかった。まあ、とめても、私はやめる気はありませんでしたが。そんなあなたに、私を非難する権利はありませんよ?」
「……私が言いたいのは、そんな事ではないよ」
てっきり非難されるのかと思っていた私は、きょとんとした。
「……祖父として常にあの子の傍にいて守る事もできなかった。愛する女との息子だのに、ジョセフを愛せず係わるのを避けていた。祖父としても父親としても失格な私が『君』を非難できる訳ないだろう」
お祖父様は国王で誰よりも忙しい身だ。常に孫娘の傍にいてやる事などできやしない。ジョゼフィーヌもそれが分かっていたから、優しいお祖父様に甘えてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。
そして、いくら愛する女性との息子であっても、愛せるとは限らない。……血の繋がった肉親であっても、愛だけはどうにもならないのだから。
「『君』もジョゼなら受け入れると私は言ったが……君にとっては、そんな事、どうでもいい事だったんだな」
お祖父様は真摯な眼差しを私に向けてきた。
「――ええ」
私は頷いた。
「今生は肉親の愛など要らない」
前世で両親が私を愛していなければ、そして、両親を殺したのが「彼」でなければ――。
復讐などに人生を捧げる事なく自分のためだけに生きられた。
……勿論、両親の復讐をしようと決めたのは前世の私自身だ。誰も責める事はできないのだけれど。
「今生は誰かや何かのためではなく、自分のためだけに生きたいんですもの」
だから、「お父様」がこれ以上、私に何もしなければ、私ももう何もする気はない。
今生こそ人生を謳歌したいのだから。
あんなクズ親父のせいで台無しになどされたくない。
そう思っていたというのに――。
真っ青な顔で、がたがた震え今にもぶっ倒れそうな「お父様」に私は微笑みかけた。
「あらあら、お顔の色が真っ青。ゆっくり休んでくださいな。風邪など引いてしまっては、看病するメイドが大変ですからね」
ジョセフをそんな有り様にした事は棚に上げての私の発言だが、ジョセフはもう私に悪態も吐かず殴りかかりもしてこなかった。ただただ得体の知れないモノを見るような目を私に向けてくるだけだ。
一刻も早く私から離れたいのか、ジョセフは、ふらつきながら自分にあてがわれた部屋に戻って行った。
その背中を見送りながら私は哄笑した。ロザリーの時とは違う意味で、おかしくておかしくて仕方なかった。クズな男の自尊心をへし折るのが、これほど楽しいとは思わなかった。
静まり返ったエントランスホールに幼女の高笑いが響く。今もって自分とは思えない笑い声だ。
「……君、ジョセフに何をしたんだ?」
階上から低音の美声が降ってきた。
哄笑をやめ見上げると、亜麻色の髪に紫眼の美丈夫が二階から私を見下ろしていた。私とジョセフの会話を聞いていたのだろう。
「おはようございます。お祖父様。お早いですね」
私は微笑みながら朝の挨拶をした。
「早起きして乗馬や武術の鍛錬が日課だからな」
お祖父様は階段を下りながら言った。普段暮らす王宮だけでなく、どこに行っても習慣を崩さないようにしているのだろう。
「ジョセフに何をした?」
私の目の前に立ったお祖父様は朝の挨拶を返さず同じ質問を繰り返した。
「しばらく女を抱けない体にしたんです」
私は隠す事なく答えた。
「え?」
お祖父様は美しい顔を強張らせた。
妙な誤解をされたのだと気づいて、私はそれを解くために言った。
「男性の大事なアレをちょん切ったりはしていませんよ」
父親を慕っていた今生の私に免じて、それはやめてやった。
私の言葉に、お祖父様は、あからさまにほっとした顔になった。いくら愛せない息子でも、同じ性を持つ者として絶対に考えたくない事だろう。
「刑務所に拉致して囚人達の目の前で無理矢理、剃毛と排泄をさせたんです」
そこまで言った私は、お祖父様が懸念するだろう事に気づいて、それを払拭するために付け加えた。
「あ、安心してくださいね。ちゃんとジョセフの顔は覆面で隠していたので、彼がブルノンヴィル辺境伯の息子、王子とは、誰にも分からないようにしましたから」
にこにこ笑いながら言う私を、お祖父様は何ともいえない微妙な顔で見下ろしていた。
「……『君』は、本当にジョゼとは違うんだな」
そう、ジョゼフィーヌでは、絶対にできなかった事だ。
「ええ。私はジョゼフィーヌとは違うから、彼女が決してできなかった事でもできるわ。今回の事も生温いと思っているくらいですから」
それでも、ジョセフには多大なダメージとなったのなら少しは溜飲が下がる。
「……『君』もジョゼなら受け入れる。私はそう言ったが」
そこで言葉をとめると、お祖父様は私をじっと見つめてきた。「私」と最初に出会った時、「私」が「ジョゼ」ではないと見抜いたのと同じ探るような眼差しだった。
「あんな息子でも、こんな真似をした私を孫娘とは思えませんか?」
それならそれで構わない。
「私が息子に『何か』するのを聞いていたのに、あなたは私をとめなかった。まあ、とめても、私はやめる気はありませんでしたが。そんなあなたに、私を非難する権利はありませんよ?」
「……私が言いたいのは、そんな事ではないよ」
てっきり非難されるのかと思っていた私は、きょとんとした。
「……祖父として常にあの子の傍にいて守る事もできなかった。愛する女との息子だのに、ジョセフを愛せず係わるのを避けていた。祖父としても父親としても失格な私が『君』を非難できる訳ないだろう」
お祖父様は国王で誰よりも忙しい身だ。常に孫娘の傍にいてやる事などできやしない。ジョゼフィーヌもそれが分かっていたから、優しいお祖父様に甘えてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。
そして、いくら愛する女性との息子であっても、愛せるとは限らない。……血の繋がった肉親であっても、愛だけはどうにもならないのだから。
「『君』もジョゼなら受け入れると私は言ったが……君にとっては、そんな事、どうでもいい事だったんだな」
お祖父様は真摯な眼差しを私に向けてきた。
「――ええ」
私は頷いた。
「今生は肉親の愛など要らない」
前世で両親が私を愛していなければ、そして、両親を殺したのが「彼」でなければ――。
復讐などに人生を捧げる事なく自分のためだけに生きられた。
……勿論、両親の復讐をしようと決めたのは前世の私自身だ。誰も責める事はできないのだけれど。
「今生は誰かや何かのためではなく、自分のためだけに生きたいんですもの」
だから、「お父様」がこれ以上、私に何もしなければ、私ももう何もする気はない。
今生こそ人生を謳歌したいのだから。
あんなクズ親父のせいで台無しになどされたくない。
そう思っていたというのに――。
6
あなたにおすすめの小説
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
いつか優しく終わらせてあげるために。
イチイ アキラ
恋愛
初夜の最中。王子は死んだ。
犯人は誰なのか。
妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。
12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる