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第一部 ジョセフ
29 救ってくれた人
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レオンと共に誕生日会の会場である庭に戻る途中、私は言った。
「……幻滅した?」
「え?」
私と一緒に歩きながら何やら考え込んでいたレオンは私の声に顔を上げた。
「……私の事、自分を庇って死んだ優しいお姉さんだと思っていたんでしょう? でも、実際の私は、人を殺してもなんとも思わない……前世のあなたの父親と同じ最低な人間だった」
「それは違う!」
レオンは、こちらが驚くほど強い口調で否定してきた。
「あんなクズで下種で最低最悪な野郎と貴女を一緒にするな! 貴女自身でも、それだけは許さない!」
外見は三歳児で前世と今生を合わせても幼い精神しか持ち合わせていないはずだのに、この時のレオンの剣幕はすごかった。
「前世で貴女が何をした人でも、僕にとって貴女は僕を救ってくれた人だ。その事実だけは変わらない」
「……レオン」
「貴女が救ったのは僕の命だけじゃない。僕の心も救ってくれたんだ」
レオンは真摯な目になった。
「トラックから庇う以外は何もしてないわ」
レオンの言葉は大袈裟にしか聞こえなかった。
「……自分がもうすぐ死ぬのに、僕を気遣ってくれただろう? まず真っ先に僕の心配をしてくれた。今まで、そんな人いなかった。母は幼い僕を捨てて浮気相手と出て行った。父は……僕を家に閉じ込めて『おもちゃ』にした。貴女は、そんな僕が初めて『綺麗』だと思った人なんだ」
確かに、前世のレオンの人生を思えば、自分を庇って死んだ人間を「特別」に思ってしまうだろう。
だから、私と目が合った事で前世を思い出してしまったのかもしれない。
勿論、それは私のせいじゃない。今生でレオンと出会ったのは偶然なのだから。
それでも、レオンにとっては私と出会わないほうがよかったに違いない。つらい前世など思い出さず、今生の優しい家族に愛し愛される記憶だけを抱えていたかっただろう。
「貴女と今生でも出会えてよかったよ」
私の気持ちを見抜いたように、レオンは言った。
「……でも、そのせいで、つらい前世を思い出してしまったでしょう?」
「それを含めて、『今の僕』になったんだ」
藤條玲音だった前世、レオン・ボワデフルとなった今生、その二つの記憶や人格が合わさって「今の自分」になったのだと、レオンは言いたいようだ。
「……他人から見れば、前世の僕の人生はヘビーなものだろう。それでも貴女に会えて、たった一日でも『父の『おもちゃ』』ではなく『人間』として生きられた。それだけで充分、僕は幸せな人生だったと胸を張って言えるよ」
幸、不幸は他人ではなく自分が決める事だけれど――。
「……私に会えただけで幸せだと思うの? ただ、あなたをトラックから庇っただけよ」
「……命と引き換えに守ってくれただけで充分だと思うけど?」
レオンは、どこか呆れたような視線を私に向けた。
「貴女にとっては大した事ではないのかもしれない。でも、僕にとっては大した事なんだ。その貴女に今生でも会えて本当に嬉しいんだ。だから――」
レオンは真剣な顔になった。
「――僕だって貴女のためだと思えば何でもやる。何だってできる。それだけは、忘れないでほしい」
温室で言ったのと同じ科白だ。
私が言うのも決まっている。
「前世の事で私に罪悪感や負い目を感じる必要はないの。私のためではなく自分のために生きなさい」
「だから、それが僕のためだよ」
レオンは、さも当然のように言っているが、私には理解できない。
私のために生きる事が自分のために生きる事になる?
どういう意味だ?
考え込む私に、レオンがぽつりと言った。
「……あのアンディとかいう人、あの人も転生者なんだよね?」
先程の私達の会話を聞いていれば嫌でも分かる。それを抜きにしも、アンディを見れば一目瞭然だろう。肉体と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者だと。
「……あの人が貴女を庇って死んだって」
「ええ。その通りよ」
なぜ、レオンがそんな事を言ってくるのか分からないが、事実だし隠す事でもないので私は頷いた。
「……あの人が好きなの?」
「……えっと、人間としては勿論、好きだけど」
私は本格的にレオンの言いたい事が分からなくなってきた。
「……そうじゃなくて、恋愛の意味で好きなの?」
外見は勿論、精神年齢だとて前世と今生合わせても幼いレオンから訊かれるとは思いもしなかった。
私は目を瞠り……そして、声を上げて笑った。
「……ジョゼフィーヌ?」
戸惑ったように私の今生の名前を呼ぶレオンに、私は何とか笑いをおさめて言った。
「……ごめんなさい。まさか、そんな事、言われるとは思わなかったから」
笑った事を謝ると私は幼いレオンには想像もできないだろう真実を告げた。
「あのね、アンディはゲイ……女性に恋愛感情を抱けない人なの」
「え?」
大きな目をぱちくりさせるレオンに、私は微笑みかけた。
「だから、私と彼は絶対にそういう関係にはならない」
いくら主従関係でいようと男女が長年一緒にいれば、そういう気持ちも芽生えてしまう事があるだろう。
けれど、アンディは女性を恋愛対象にできない。
たとえ、私やお祖母様が他の男性に心奪われたとしても、嫉妬して裏切る事だけはありえない。だからこそ信頼できるのだ。
「……でも、貴女は――」
何か言いかけて、レオンは首を振った。
「……何にしろ、僕でも誰でも入り込めない絆で結ばれている事だけは分かったよ」
レオンは幼児とは思えない深い闇を秘めた瞳で呟いた。
「……幻滅した?」
「え?」
私と一緒に歩きながら何やら考え込んでいたレオンは私の声に顔を上げた。
「……私の事、自分を庇って死んだ優しいお姉さんだと思っていたんでしょう? でも、実際の私は、人を殺してもなんとも思わない……前世のあなたの父親と同じ最低な人間だった」
「それは違う!」
レオンは、こちらが驚くほど強い口調で否定してきた。
「あんなクズで下種で最低最悪な野郎と貴女を一緒にするな! 貴女自身でも、それだけは許さない!」
外見は三歳児で前世と今生を合わせても幼い精神しか持ち合わせていないはずだのに、この時のレオンの剣幕はすごかった。
「前世で貴女が何をした人でも、僕にとって貴女は僕を救ってくれた人だ。その事実だけは変わらない」
「……レオン」
「貴女が救ったのは僕の命だけじゃない。僕の心も救ってくれたんだ」
レオンは真摯な目になった。
「トラックから庇う以外は何もしてないわ」
レオンの言葉は大袈裟にしか聞こえなかった。
「……自分がもうすぐ死ぬのに、僕を気遣ってくれただろう? まず真っ先に僕の心配をしてくれた。今まで、そんな人いなかった。母は幼い僕を捨てて浮気相手と出て行った。父は……僕を家に閉じ込めて『おもちゃ』にした。貴女は、そんな僕が初めて『綺麗』だと思った人なんだ」
確かに、前世のレオンの人生を思えば、自分を庇って死んだ人間を「特別」に思ってしまうだろう。
だから、私と目が合った事で前世を思い出してしまったのかもしれない。
勿論、それは私のせいじゃない。今生でレオンと出会ったのは偶然なのだから。
それでも、レオンにとっては私と出会わないほうがよかったに違いない。つらい前世など思い出さず、今生の優しい家族に愛し愛される記憶だけを抱えていたかっただろう。
「貴女と今生でも出会えてよかったよ」
私の気持ちを見抜いたように、レオンは言った。
「……でも、そのせいで、つらい前世を思い出してしまったでしょう?」
「それを含めて、『今の僕』になったんだ」
藤條玲音だった前世、レオン・ボワデフルとなった今生、その二つの記憶や人格が合わさって「今の自分」になったのだと、レオンは言いたいようだ。
「……他人から見れば、前世の僕の人生はヘビーなものだろう。それでも貴女に会えて、たった一日でも『父の『おもちゃ』』ではなく『人間』として生きられた。それだけで充分、僕は幸せな人生だったと胸を張って言えるよ」
幸、不幸は他人ではなく自分が決める事だけれど――。
「……私に会えただけで幸せだと思うの? ただ、あなたをトラックから庇っただけよ」
「……命と引き換えに守ってくれただけで充分だと思うけど?」
レオンは、どこか呆れたような視線を私に向けた。
「貴女にとっては大した事ではないのかもしれない。でも、僕にとっては大した事なんだ。その貴女に今生でも会えて本当に嬉しいんだ。だから――」
レオンは真剣な顔になった。
「――僕だって貴女のためだと思えば何でもやる。何だってできる。それだけは、忘れないでほしい」
温室で言ったのと同じ科白だ。
私が言うのも決まっている。
「前世の事で私に罪悪感や負い目を感じる必要はないの。私のためではなく自分のために生きなさい」
「だから、それが僕のためだよ」
レオンは、さも当然のように言っているが、私には理解できない。
私のために生きる事が自分のために生きる事になる?
どういう意味だ?
考え込む私に、レオンがぽつりと言った。
「……あのアンディとかいう人、あの人も転生者なんだよね?」
先程の私達の会話を聞いていれば嫌でも分かる。それを抜きにしも、アンディを見れば一目瞭然だろう。肉体と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者だと。
「……あの人が貴女を庇って死んだって」
「ええ。その通りよ」
なぜ、レオンがそんな事を言ってくるのか分からないが、事実だし隠す事でもないので私は頷いた。
「……あの人が好きなの?」
「……えっと、人間としては勿論、好きだけど」
私は本格的にレオンの言いたい事が分からなくなってきた。
「……そうじゃなくて、恋愛の意味で好きなの?」
外見は勿論、精神年齢だとて前世と今生合わせても幼いレオンから訊かれるとは思いもしなかった。
私は目を瞠り……そして、声を上げて笑った。
「……ジョゼフィーヌ?」
戸惑ったように私の今生の名前を呼ぶレオンに、私は何とか笑いをおさめて言った。
「……ごめんなさい。まさか、そんな事、言われるとは思わなかったから」
笑った事を謝ると私は幼いレオンには想像もできないだろう真実を告げた。
「あのね、アンディはゲイ……女性に恋愛感情を抱けない人なの」
「え?」
大きな目をぱちくりさせるレオンに、私は微笑みかけた。
「だから、私と彼は絶対にそういう関係にはならない」
いくら主従関係でいようと男女が長年一緒にいれば、そういう気持ちも芽生えてしまう事があるだろう。
けれど、アンディは女性を恋愛対象にできない。
たとえ、私やお祖母様が他の男性に心奪われたとしても、嫉妬して裏切る事だけはありえない。だからこそ信頼できるのだ。
「……でも、貴女は――」
何か言いかけて、レオンは首を振った。
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レオンは幼児とは思えない深い闇を秘めた瞳で呟いた。
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