55 / 113
第一部 ジョセフ
55 新たなるブルノンヴィル辺境伯
しおりを挟む
お祖母様とお祖父様がが亡くなって一ヶ月。
お祖母様の葬儀などで、ずっとブルノンヴィル辺境伯領で忙しく働いていたアルマンが王都に帰るので、彼を見送るためにエントラスンホールには、私とアンディ、使用人達が勢揃いしていた。
そんな時に、事前の連絡もなくジョセフがやって来た。
私に言わせれば「今更来たの?」としか思えなかったけれど。
それは、アンディやアルマン、ブルノンヴィル辺境伯領の領主館で働いている使用人達も同じらしく、館に足を踏み入れたジョセフに向ける彼らの目は主家の人間に対してとは思えないほど冷たいものだった。
彼らのそんな眼差しにも気づかないのか、ジョセフは相変わらず偉そうだ。
お祖母様の死がショックで、ずっと部屋に引きこもっていたと聞いた。
そのせいかジョセフは少しだけやつれているように見えたが、お祖母様に酷似したその美貌は少しも損なわれていない。むしろ憂いが帯びたその様さえ麗しく誰もが目を奪われるだろう。彼の中身さえ知らなければだが。
唯一の取り柄なのだから、その美貌が損なわれなかったのはよかっただろう。
「お祖母の葬儀はとっくに終わりました。今更何しにいらしたのですか? お父様」
「決まっている」
誰もが聞き惚れるだろう音楽的な声で、いつも通りジョゼフィーヌには見下す視線を向けて、ジョセフは宣った。
「母上が亡くなられた今、私がブルノンヴィル辺境伯だ」
常識的に考えればそうだ。
お祖父様の妾妃であり、前ブルノンヴィル辺境伯でもあるお祖母様が産んだ子供は、息子一人。
現在国王となったジョセフの異母兄フィリップと王位争いをしないために彼は王子としてではなくブルノンヴィル辺境伯の後継者として育てられた。
けれど、ジョセフはブルノンヴィル辺境伯の後継者として相応しくなかった。
お祖母様が息子ではなく孫娘をこそ後継者にしたいと思わせるほど――。
「今までは母上の温情で何不自由ない生活ができたが私がこの家を継いだ以上、そんな事は許さない。お前もお前の母親も出て行け!」
最後は叫んだジョセフに、私だけでなくロザリーも呆れた視線を向けた。
こいつは何一つ分かってない。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は、あなたではありませんよ。お父様」
発言者である私とジョセフ以外のこの場にいる人間全員が頷いた。
「何?」
ジョセフは柳眉をひそめた。
「この一月、部屋にこもってばかりで貴族の義務である社交を怠っていたから、ご存知ないのですね」
普通は、ジョセフの異母兄、国王となったフィリップが伝えるべきだが彼は即位したばかりで忙しい。何より、彼もまた息子同様、異母弟に何の関心もない。わざわざ引きこもっている異母弟に伝達の使者を寄こしたり、まして自ら伝えに行く親切心など欠片も持ち合わせてなどいないのだ。
それでも、主が部屋に引きこもっていても貴族に仕える使用人の間で噂話は広まるはずだ。心ある使用人なら主に教えるはずだが、クズな主に、わざわざそうする者はいなかったらしい。
アルマンが普段通り、王都の館にいれば教えてあげていただろう。彼は息子と違って主がどんなクズでも誠心誠意仕える人間だ。
けれど、アルマンは、この一ヶ月、ブルノンヴィル辺境伯領にいて、お祖母様の葬儀などで忙しく働いていた。いくら家令として充分優秀でも引きこもっていたクズな主の事まで考える余裕などなかっただろう。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は私ですよ。お父様」
私は、お父様にとって衝撃的な言葉をさらりと吐き出した。
「何を馬鹿な事を言っているんだ!」
ジョセフが信じられない気持ちは分かる。
ラルボーシャン王国の成人年齢は十八歳。
結婚している女性であれば、この国の女性の結婚可能年齢である十六からでも成人と見なされるが。
慣例で前当主が死亡し後継者が成人前なら、それまでの中継ぎとして親戚だったり国王に選ばれた人間がその家の当主となる。
私の精神はともかく肉体は九歳だ。
そして、嫡出子でもない。
そんな私がブルノンヴィル辺境伯になれるはずがない。普通なら。
けれど、何事も例外はあるものだ。
お祖母様の葬儀などで、ずっとブルノンヴィル辺境伯領で忙しく働いていたアルマンが王都に帰るので、彼を見送るためにエントラスンホールには、私とアンディ、使用人達が勢揃いしていた。
そんな時に、事前の連絡もなくジョセフがやって来た。
私に言わせれば「今更来たの?」としか思えなかったけれど。
それは、アンディやアルマン、ブルノンヴィル辺境伯領の領主館で働いている使用人達も同じらしく、館に足を踏み入れたジョセフに向ける彼らの目は主家の人間に対してとは思えないほど冷たいものだった。
彼らのそんな眼差しにも気づかないのか、ジョセフは相変わらず偉そうだ。
お祖母様の死がショックで、ずっと部屋に引きこもっていたと聞いた。
そのせいかジョセフは少しだけやつれているように見えたが、お祖母様に酷似したその美貌は少しも損なわれていない。むしろ憂いが帯びたその様さえ麗しく誰もが目を奪われるだろう。彼の中身さえ知らなければだが。
唯一の取り柄なのだから、その美貌が損なわれなかったのはよかっただろう。
「お祖母の葬儀はとっくに終わりました。今更何しにいらしたのですか? お父様」
「決まっている」
誰もが聞き惚れるだろう音楽的な声で、いつも通りジョゼフィーヌには見下す視線を向けて、ジョセフは宣った。
「母上が亡くなられた今、私がブルノンヴィル辺境伯だ」
常識的に考えればそうだ。
お祖父様の妾妃であり、前ブルノンヴィル辺境伯でもあるお祖母様が産んだ子供は、息子一人。
現在国王となったジョセフの異母兄フィリップと王位争いをしないために彼は王子としてではなくブルノンヴィル辺境伯の後継者として育てられた。
けれど、ジョセフはブルノンヴィル辺境伯の後継者として相応しくなかった。
お祖母様が息子ではなく孫娘をこそ後継者にしたいと思わせるほど――。
「今までは母上の温情で何不自由ない生活ができたが私がこの家を継いだ以上、そんな事は許さない。お前もお前の母親も出て行け!」
最後は叫んだジョセフに、私だけでなくロザリーも呆れた視線を向けた。
こいつは何一つ分かってない。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は、あなたではありませんよ。お父様」
発言者である私とジョセフ以外のこの場にいる人間全員が頷いた。
「何?」
ジョセフは柳眉をひそめた。
「この一月、部屋にこもってばかりで貴族の義務である社交を怠っていたから、ご存知ないのですね」
普通は、ジョセフの異母兄、国王となったフィリップが伝えるべきだが彼は即位したばかりで忙しい。何より、彼もまた息子同様、異母弟に何の関心もない。わざわざ引きこもっている異母弟に伝達の使者を寄こしたり、まして自ら伝えに行く親切心など欠片も持ち合わせてなどいないのだ。
それでも、主が部屋に引きこもっていても貴族に仕える使用人の間で噂話は広まるはずだ。心ある使用人なら主に教えるはずだが、クズな主に、わざわざそうする者はいなかったらしい。
アルマンが普段通り、王都の館にいれば教えてあげていただろう。彼は息子と違って主がどんなクズでも誠心誠意仕える人間だ。
けれど、アルマンは、この一ヶ月、ブルノンヴィル辺境伯領にいて、お祖母様の葬儀などで忙しく働いていた。いくら家令として充分優秀でも引きこもっていたクズな主の事まで考える余裕などなかっただろう。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は私ですよ。お父様」
私は、お父様にとって衝撃的な言葉をさらりと吐き出した。
「何を馬鹿な事を言っているんだ!」
ジョセフが信じられない気持ちは分かる。
ラルボーシャン王国の成人年齢は十八歳。
結婚している女性であれば、この国の女性の結婚可能年齢である十六からでも成人と見なされるが。
慣例で前当主が死亡し後継者が成人前なら、それまでの中継ぎとして親戚だったり国王に選ばれた人間がその家の当主となる。
私の精神はともかく肉体は九歳だ。
そして、嫡出子でもない。
そんな私がブルノンヴィル辺境伯になれるはずがない。普通なら。
けれど、何事も例外はあるものだ。
3
あなたにおすすめの小説
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる