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第一部 ジョセフ
57 氷人形(アイスドール)も哄笑する
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ぷっと噴き出し、堪えられなかったのだろう、普段の彼からはありえない哄笑まで始まった。
テノールの美声による哄笑だ。普通なら聞き惚れるのだろうが外見に相応しく普段冷静で無表情な彼からは想像できない姿に、この場にいる全員が呆気にとられていた。
氷人形が声を上げて笑っている。
「……お父さん?」
アンディが珍しく困惑したように呟いている。
そう、哄笑しているのは、アンディではない。
アンディと同様、氷人形の外見を持つ彼の今生の父親、アルマンだ。
今年三十九になるアルマンだがアンディに酷似したその美貌は全く衰えていない。むしろ、お祖父様やお祖母様と同じように経験によって磨かれ研ぎ澄まされている。
「……し、失礼しました」
何とか笑いをおさめたアルマンが頭を下げた。
「分かっていたつもりでしたが、『貴女』は本当に『以前のジョゼフィーヌ様』とは違うのですね」
アルマンの言う「以前のジョゼフィーヌ様」とは、前世の人格が目覚める前の消えてしまった今生の人格の事だろう。
そう今生の人格であれば、お父様に悪態など吐けない。
「私」のジョセフに対する悪態の何かがアルマンの笑いの壺に嵌ったのだろう。
「御覧の通り、勅書もあるのです。あなたが納得できなくても、あなたではなく私が当代のブルノンヴィル辺境伯です」
私は脱線していた話を元に戻した。
「偽造だ! 兄上が、お前のような出来損ないのクソガキを新たなブルノンヴィル辺境伯にするなどありえない!」
ジョセフの言葉に一々反応していては話が進まない。どれだけむかついても冷静に自分の言いたい事だけを言うべきだ。
頭では分かっているが――。
「……お前のようなクズに『出来損ないのクソガキ』呼ばわりされる筋合いなどないわよ」
私は思わずジョセフを睨みつけていた。
これには今までぎゃんぎゃん言っていたジョセフが黙り込んだ。心なしか、ビビっているようだ。
体こそジョセフが疎んじ見下しているジョゼフィーヌだが、中身は秘密結社の実行部隊員としてハードな人生を歩んだ「私」だ。
両親はあれだけ立派だったのに、典型的な我儘で甘やかされた貴族のお坊ちゃんにしかなれなかったジョセフとは精神の鍛え方が違う。だから、「私」が強い眼差しを向けただけで竦むのだろう。
この調子で、お父様に礼儀を叩き込んでいこうと私は決意した。
ジョセフが黙ってくれたので、私は冷静さを取り戻すと話し始めた。
「確かに、今の私の肉体は九歳の子供ですが、私の精神は三十歳以上の大人ですよ。この国では私が史上初になりましたが、他国では、もうすでに肉体と精神の年齢が大きく隔たった転生者が国王や貴族の当主になっていますよ」
「そうだとしても、兄上が嫡出子でもない平民の血を引くお前などを辺境伯に据えるなどありえない」
私に睨まれて竦んでいたくせに、懲りずに私にこんな風に言えるとは、こいつは馬鹿なのか? 突っ込むと話が長くなりそうなのでスルーしてやった。
「嫡出子でもなく平民の血を引いていようが、少なくとも、あなたよりは、私のほうが辺境伯に相応しいと思われたからでしょうね」
確かに、王侯貴族の大半が血統を重視するが国王は血統よりも能力を重視する人間だ。
「どこがだ! 誰がどう見ても、お前などより私のほうが辺境伯に相応しいだろうが!」
「その言葉、そっくりお返ししますわ」
体は子供であっても、少なくともジョセフよりは、私のほうが辺境伯に相応しいだろう。
「何だと!」
気色ばむお父様に、私は醒めた眼差しを向けた。
「幼い娘を虐待していたクズというだけでなく、母親の死に一ヶ月も自室に引きこもる弱い精神では、とても辺境伯など務まりませんもの」
国と民のために生きるのが王侯貴族だ。何があろうと王侯貴族としての責務は果たさなければならない。そのために、庶民では味わえない豊かな暮らしができるのだから。
特に、辺境伯は国境を守る者。他国に攻め込まれた時、真っ先に戦う役割だ。大切な人の死に多大なショックを受けても敵の襲来に対処できないようでは辺境伯など務まらないのだ。
「あなたが自室に引きこもっている間、お祖母様の葬儀を指揮しブルノンヴィル辺境伯領を治めていたのは私ですよ」
アルマンやアンディの助力がなければ不可能だったが、それは黙っておく。話がややこしくなりそうだからだ。
二人には私一人の手柄にしてしまった事を後で謝っておこう。
テノールの美声による哄笑だ。普通なら聞き惚れるのだろうが外見に相応しく普段冷静で無表情な彼からは想像できない姿に、この場にいる全員が呆気にとられていた。
氷人形が声を上げて笑っている。
「……お父さん?」
アンディが珍しく困惑したように呟いている。
そう、哄笑しているのは、アンディではない。
アンディと同様、氷人形の外見を持つ彼の今生の父親、アルマンだ。
今年三十九になるアルマンだがアンディに酷似したその美貌は全く衰えていない。むしろ、お祖父様やお祖母様と同じように経験によって磨かれ研ぎ澄まされている。
「……し、失礼しました」
何とか笑いをおさめたアルマンが頭を下げた。
「分かっていたつもりでしたが、『貴女』は本当に『以前のジョゼフィーヌ様』とは違うのですね」
アルマンの言う「以前のジョゼフィーヌ様」とは、前世の人格が目覚める前の消えてしまった今生の人格の事だろう。
そう今生の人格であれば、お父様に悪態など吐けない。
「私」のジョセフに対する悪態の何かがアルマンの笑いの壺に嵌ったのだろう。
「御覧の通り、勅書もあるのです。あなたが納得できなくても、あなたではなく私が当代のブルノンヴィル辺境伯です」
私は脱線していた話を元に戻した。
「偽造だ! 兄上が、お前のような出来損ないのクソガキを新たなブルノンヴィル辺境伯にするなどありえない!」
ジョセフの言葉に一々反応していては話が進まない。どれだけむかついても冷静に自分の言いたい事だけを言うべきだ。
頭では分かっているが――。
「……お前のようなクズに『出来損ないのクソガキ』呼ばわりされる筋合いなどないわよ」
私は思わずジョセフを睨みつけていた。
これには今までぎゃんぎゃん言っていたジョセフが黙り込んだ。心なしか、ビビっているようだ。
体こそジョセフが疎んじ見下しているジョゼフィーヌだが、中身は秘密結社の実行部隊員としてハードな人生を歩んだ「私」だ。
両親はあれだけ立派だったのに、典型的な我儘で甘やかされた貴族のお坊ちゃんにしかなれなかったジョセフとは精神の鍛え方が違う。だから、「私」が強い眼差しを向けただけで竦むのだろう。
この調子で、お父様に礼儀を叩き込んでいこうと私は決意した。
ジョセフが黙ってくれたので、私は冷静さを取り戻すと話し始めた。
「確かに、今の私の肉体は九歳の子供ですが、私の精神は三十歳以上の大人ですよ。この国では私が史上初になりましたが、他国では、もうすでに肉体と精神の年齢が大きく隔たった転生者が国王や貴族の当主になっていますよ」
「そうだとしても、兄上が嫡出子でもない平民の血を引くお前などを辺境伯に据えるなどありえない」
私に睨まれて竦んでいたくせに、懲りずに私にこんな風に言えるとは、こいつは馬鹿なのか? 突っ込むと話が長くなりそうなのでスルーしてやった。
「嫡出子でもなく平民の血を引いていようが、少なくとも、あなたよりは、私のほうが辺境伯に相応しいと思われたからでしょうね」
確かに、王侯貴族の大半が血統を重視するが国王は血統よりも能力を重視する人間だ。
「どこがだ! 誰がどう見ても、お前などより私のほうが辺境伯に相応しいだろうが!」
「その言葉、そっくりお返ししますわ」
体は子供であっても、少なくともジョセフよりは、私のほうが辺境伯に相応しいだろう。
「何だと!」
気色ばむお父様に、私は醒めた眼差しを向けた。
「幼い娘を虐待していたクズというだけでなく、母親の死に一ヶ月も自室に引きこもる弱い精神では、とても辺境伯など務まりませんもの」
国と民のために生きるのが王侯貴族だ。何があろうと王侯貴族としての責務は果たさなければならない。そのために、庶民では味わえない豊かな暮らしができるのだから。
特に、辺境伯は国境を守る者。他国に攻め込まれた時、真っ先に戦う役割だ。大切な人の死に多大なショックを受けても敵の襲来に対処できないようでは辺境伯など務まらないのだ。
「あなたが自室に引きこもっている間、お祖母様の葬儀を指揮しブルノンヴィル辺境伯領を治めていたのは私ですよ」
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