あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

文字の大きさ
57 / 113
第一部 ジョセフ

57 氷人形(アイスドール)も哄笑する

しおりを挟む
 ぷっと噴き出し、堪えられなかったのだろう、普段の彼からはありえない哄笑まで始まった。

 テノールの美声による哄笑だ。普通なら聞き惚れるのだろうが外見に相応しく普段冷静で無表情な彼からは想像できない姿に、この場にいる全員が呆気にとられていた。

 氷人形アイスドールが声を上げて笑っている。

「……お父さん?」

 アンディが珍しく困惑したように呟いている。

 そう、哄笑しているのは、アンディではない。

 アンディと同様、氷人形アイスドールの外見を持つ彼の今生の父親、アルマンだ。

 今年三十九になるアルマンだがアンディに酷似したその美貌は全く衰えていない。むしろ、お祖父様やお祖母様と同じように経験によって磨かれ研ぎ澄まされている。

「……し、失礼しました」

 何とか笑いをおさめたアルマンが頭を下げた。

「分かっていたつもりでしたが、『貴女』は本当に『以前のジョゼフィーヌ様』とは違うのですね」

 アルマンの言う「以前のジョゼフィーヌ様」とは、前世の人格わたしが目覚める前の消えてしまった今生の人格ジョゼフィーヌの事だろう。

 そう今生の人格ジョゼフィーヌであれば、お父様ジョセフに悪態など吐けない。

「私」のジョセフに対する悪態の何かがアルマンの笑いの壺に嵌ったのだろう。

「御覧の通り、勅書もあるのです。あなたが納得できなくても、あなたではなく私が当代のブルノンヴィル辺境伯です」

 私は脱線していた話を元に戻した。

「偽造だ! 兄上が、お前のような出来損ないのクソガキを新たなブルノンヴィル辺境伯にするなどありえない!」

 ジョセフの言葉に一々反応していては話が進まない。どれだけむかついても冷静に自分の言いたい事だけを言うべきだ。

 頭では分かっているが――。

「……お前のようなクズに『出来損ないのクソガキ』呼ばわりされる筋合いなどないわよ」

 私は思わずジョセフを睨みつけていた。

 これには今までぎゃんぎゃん言っていたジョセフが黙り込んだ。心なしか、ビビっているようだ。

 体こそジョセフが疎んじ見下しているジョゼフィーヌむすめだが、中身は秘密結社の実行部隊員としてハードな人生を歩んだ「私」だ。

 両親はあれだけ立派だったのに、典型的な我儘で甘やかされた貴族のお坊ちゃんにしかなれなかったジョセフとは精神の鍛え方が違う。だから、「私」が強い眼差しを向けただけで竦むのだろう。

 この調子で、お父様ジョセフに礼儀を叩き込んでいこうと私は決意した。

 ジョセフが黙ってくれたので、私は冷静さを取り戻すと話し始めた。

「確かに、今の私の肉体は九歳の子供ですが、私の精神は三十歳以上の大人ですよ。この国では私が史上初になりましたが、他国では、もうすでに肉体と精神の年齢が大きく隔たった転生者が国王や貴族の当主になっていますよ」

「そうだとしても、兄上が嫡出子でもない平民の血を引くお前などを辺境伯に据えるなどありえない」

 私に睨まれて竦んでいたくせに、懲りずに私にこんな風に言えるとは、こいつは馬鹿なのか? 突っ込むと話が長くなりそうなのでスルーしてやった。

「嫡出子でもなく平民の血を引いていようが、少なくとも、、私のほうが辺境伯に相応しいと思われたからでしょうね」

 確かに、王侯貴族の大半が血統を重視するが国王は血統よりも能力を重視する人間だ。

「どこがだ! 誰がどう見ても、お前などより私のほうが辺境伯に相応しいだろうが!」

「その言葉、そっくりお返ししますわ」

 体は子供であっても、少なくとも、私のほうが辺境伯に相応しいだろう。

「何だと!」

 気色ばむお父様ジョセフに、私は醒めた眼差しを向けた。

「幼い娘を虐待していたクズというだけでなく、母親の死に一ヶ月も自室に引きこもる弱い精神では、とても辺境伯など務まりませんもの」

 国と民のために生きるのが王侯貴族だ。何があろうと王侯貴族としての責務は果たさなければならない。そのために、庶民では味わえない豊かな暮らしができるのだから。

 特に、辺境伯は国境を守る者。他国に攻め込まれた時、真っ先に戦う役割だ。大切な人の死に多大なショックを受けても敵の襲来に対処できないようでは辺境伯など務まらないのだ。

「あなたが自室に引きこもっている間、お祖母様の葬儀を指揮しブルノンヴィル辺境伯領を治めていたのは私ですよ」

 アルマンやアンディの助力がなければ不可能だったが、それは黙っておく。話がややこしくなりそうだからだ。

 二人には私一人の手柄にしてしまった事を後で謝っておこう。









 














 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

婚約破棄の裏側で

豆狸
恋愛
こうして、いつまでも心配と称して執着していてはいけないとわかっています。 だけど私の心には今でも、襲い来る蜂から私を守ってくれた幼い騎士の姿が輝いているのです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...