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第二部 祐
92 ジョセフであってジョセフではない男(アレクシス視点)
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「彼」は悠然とソファに腰掛けワインを飲んでいた。
「やあ」
応接間に入って来た私と二人の部下を見ると彼はワイングラスを掲げてみせた。
「……ジョセフ」
いや、彼はもうジョセフではない。
姿形こそ従兄だが、その表情や体つきは様変わりしている。
均整の取れた長身なのは変わらないが、三年前より引き締まって見えた。鍛えられているのが分かる。
同じように尊大ではあるが、甘ったれた貴族のお坊ちゃんで根拠のない自信なのが露骨だったジョセフと違い、彼にははっきりとした芯のようなものが感じられた。経験を糧にした揺るぎない自信というべきか。
「さすが宰相閣下のワイン。良い物を揃えているね」
勝手に私のワインを開けたらしい。
「……使用人が全員殺されていた。君が殺したのか?」
この別邸を維持するために使用人を十人置いている。だのに、いつもなら私と部下を出迎えるはずの使用人達がいなかった。不審に思い部下達に邸内を探らせたら使用人全員が殺されていたのだ。
「地下牢にいたお前の新しい『おもちゃ』も殺したよ。『殺してくれ』と懇願されたからね。まあ、懇願されなくても殺したけど。ここで待っていれば、お前に会えると思ったが今はまだジョセフの事を言い触らしてほしくなかったからな」
普通なら手足を拘束され閉じ込められた人間を見れば助けようとするだろう。いくら「殺してくれ」と懇願されたとしてもだ。
おまけに、彼は何のためらいもなく使用人達も殺した。まだジョセフの存在を世間に言い触らしてほしくなかったという理由があったにしてもだ。
他人に言われるまでもなく私は自分が性癖も人としても、まともでないのは分かっている。そんな私から見ても彼は異常だ。
人を殺しても何とも思わない精神と一度に多数を殺せる殺人術。
魂が同じだろうと、同じ肉体で生きていようと、目の前の男はジョセフとは違うのだと改めて認識した。
「ジョセフを捜していたんだろう? だから、こちらから出向いてやったんだ。少しは喜べよ。従弟殿」
「自分の立場を分かっているのか? 『君』はジョセフではないかもしれないが、その体はジョセフ・ブルノンヴィルだ。自分の娘であるブルノンヴィル辺境伯殺害未遂の犯罪者なんだぞ?」
「言われなくても、そんな事は分かっている」
彼はワインを呷ると空になったグラスをテーブルに置いた。
「今度は殺害未遂ではなく、ちゃんと殺害してやるよ。今度は俺がこの手で直接あの子を殺す」
彼の科白は物騒だのに、「あの子」という言い方には不思議と愛情がこもっているように思えた。
ただ今生で親子というだけではなく転生者である彼とジョゼは前世で何らかの係りがあり、余人には理解できない愛憎もあるようだ。
彼は脇に置いていた太刀を手に取るとソファから立ち上がった。
「だが、その前に、お前だ」
射貫くような視線を私に向けてくる。
大抵の人間ならば、そんな眼差しを向けられれば裸足で逃げ出すだろう。
ジョセフと同じ赤紫の瞳。けれど、そこに宿る光が全く違う。
それくらい彼の眼差しには迫力があった。
私は背筋がぞくりとした。
恐怖ではなく高揚感で。
この男を屈服させてみたい。
「彼」となる前のジョセフを「おもちゃ」にしたいとずっと願っていた。
完璧な外見と大した能力もないくせに気位ばかり高いその尊大さ故に壊しがいがあると思ったのだ。
けれど、目の前の彼こそ真に壊しがいがありそうだ。
根拠のない自信や矜持ではない。
経験によって勝ち得てきた自信と矜持。
こういう男こそ、真に壊したい。
「お前達、あの男を捕まえろ」
「「承知しました」」
私の命令に部下二人が彼に対峙する。
「私の『おもちゃ』を殺したんだ。代わりに君が私の『おもちゃ』になれよ」
彼が殺したのは多数であっても荒事とは無縁な使用人達だ。私の護衛だけでなく汚れ仕事も請け負う部下二人が相手では勝てないと思ったのだ。彼が前世でも今生でも狂戦士と呼ばれるほどの男だとも知らずに。
「『おもちゃ』になるのは、お前だ」
彼は手にしたすらりと太刀を抜いた。
「やあ」
応接間に入って来た私と二人の部下を見ると彼はワイングラスを掲げてみせた。
「……ジョセフ」
いや、彼はもうジョセフではない。
姿形こそ従兄だが、その表情や体つきは様変わりしている。
均整の取れた長身なのは変わらないが、三年前より引き締まって見えた。鍛えられているのが分かる。
同じように尊大ではあるが、甘ったれた貴族のお坊ちゃんで根拠のない自信なのが露骨だったジョセフと違い、彼にははっきりとした芯のようなものが感じられた。経験を糧にした揺るぎない自信というべきか。
「さすが宰相閣下のワイン。良い物を揃えているね」
勝手に私のワインを開けたらしい。
「……使用人が全員殺されていた。君が殺したのか?」
この別邸を維持するために使用人を十人置いている。だのに、いつもなら私と部下を出迎えるはずの使用人達がいなかった。不審に思い部下達に邸内を探らせたら使用人全員が殺されていたのだ。
「地下牢にいたお前の新しい『おもちゃ』も殺したよ。『殺してくれ』と懇願されたからね。まあ、懇願されなくても殺したけど。ここで待っていれば、お前に会えると思ったが今はまだジョセフの事を言い触らしてほしくなかったからな」
普通なら手足を拘束され閉じ込められた人間を見れば助けようとするだろう。いくら「殺してくれ」と懇願されたとしてもだ。
おまけに、彼は何のためらいもなく使用人達も殺した。まだジョセフの存在を世間に言い触らしてほしくなかったという理由があったにしてもだ。
他人に言われるまでもなく私は自分が性癖も人としても、まともでないのは分かっている。そんな私から見ても彼は異常だ。
人を殺しても何とも思わない精神と一度に多数を殺せる殺人術。
魂が同じだろうと、同じ肉体で生きていようと、目の前の男はジョセフとは違うのだと改めて認識した。
「ジョセフを捜していたんだろう? だから、こちらから出向いてやったんだ。少しは喜べよ。従弟殿」
「自分の立場を分かっているのか? 『君』はジョセフではないかもしれないが、その体はジョセフ・ブルノンヴィルだ。自分の娘であるブルノンヴィル辺境伯殺害未遂の犯罪者なんだぞ?」
「言われなくても、そんな事は分かっている」
彼はワインを呷ると空になったグラスをテーブルに置いた。
「今度は殺害未遂ではなく、ちゃんと殺害してやるよ。今度は俺がこの手で直接あの子を殺す」
彼の科白は物騒だのに、「あの子」という言い方には不思議と愛情がこもっているように思えた。
ただ今生で親子というだけではなく転生者である彼とジョゼは前世で何らかの係りがあり、余人には理解できない愛憎もあるようだ。
彼は脇に置いていた太刀を手に取るとソファから立ち上がった。
「だが、その前に、お前だ」
射貫くような視線を私に向けてくる。
大抵の人間ならば、そんな眼差しを向けられれば裸足で逃げ出すだろう。
ジョセフと同じ赤紫の瞳。けれど、そこに宿る光が全く違う。
それくらい彼の眼差しには迫力があった。
私は背筋がぞくりとした。
恐怖ではなく高揚感で。
この男を屈服させてみたい。
「彼」となる前のジョセフを「おもちゃ」にしたいとずっと願っていた。
完璧な外見と大した能力もないくせに気位ばかり高いその尊大さ故に壊しがいがあると思ったのだ。
けれど、目の前の彼こそ真に壊しがいがありそうだ。
根拠のない自信や矜持ではない。
経験によって勝ち得てきた自信と矜持。
こういう男こそ、真に壊したい。
「お前達、あの男を捕まえろ」
「「承知しました」」
私の命令に部下二人が彼に対峙する。
「私の『おもちゃ』を殺したんだ。代わりに君が私の『おもちゃ』になれよ」
彼が殺したのは多数であっても荒事とは無縁な使用人達だ。私の護衛だけでなく汚れ仕事も請け負う部下二人が相手では勝てないと思ったのだ。彼が前世でも今生でも狂戦士と呼ばれるほどの男だとも知らずに。
「『おもちゃ』になるのは、お前だ」
彼は手にしたすらりと太刀を抜いた。
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