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第二部 祐
112 義務や責任からの解放
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数日後、国王から呼び出された私は王宮に向かった。
そこで告げられたのは、私が願い出たブルノンヴィル辺境伯位の返上の承諾であり、私と異母妹の貴族籍の抹消だった。
無理もない。
私が父親を殺しても殺さなくても、宰相とフランソワ王子と衛兵達を殺し、更には国王の殺害予告までした男の身内をそのまま辺境伯としてどころか貴族として留め置ける訳がない。
罪人であるジョセフの身内として断頭台に送られなかったのは、偏に国王の温情なのだ。
貴族令嬢としての生活しか知らず、脳内花畑で、とても市井では暮らせないだろうルイーズは修道院に行く事になるだろう。
辺境伯は国の防衛の要だ。そのために領地が隣国と接していて隣国と戦争になった時、まず真っ先に戦い国を守る。そのための軍事力と大きな権限を与えられている。ブルノンヴィル辺境伯家自体を取り潰す事は絶対にできない。
ブルノンヴィル辺境伯家の直系である私とルイーズの貴族籍が抹消になり家を継げなくなる代わりに、有能な親戚を「ブルノンヴィル辺境伯」として宛がうのだと言う。
「有能な方が新たなブルノンヴィル辺境伯になるのは私も安心です」
元々ブルノンヴィル辺境伯の地位に執着していなかった。
義務や責任に縛られて生きるのは嫌だった。
今生こそ何にも縛られず人生を謳歌したかった。
それでもジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれた責任として、またお祖母様への肉親の情もあったから彼女が望むようにブルノンヴィル辺境伯として生きるつもりだった。
けれど、今生の父親とのいざこざで彼の前世である最悪な人格を目覚めさせてしまった。
生まれによる義務よりも人としての責任を優先すべきだと思った。
結果、貴族籍が抹消されても構わない。
祐との戦いで死を覚悟していたのだ。
今、生きている事が奇跡で何よりも重要だからだ。
「一つだけ、お願いがあるのですが」
「何だ?」
「ブルノンヴィル辺境伯家で働いている人達は、そのまま雇用してあげてください。彼らは有能です。わざわざ新しい使用人を募集しなくても彼らなら新たなブルノンヴィル辺境伯閣下も満足すると思います」
「自分の事ではなく使用人達の心配か?」
「有能な彼らなら、どこに行ってもうまくやっていけるでしょうが、主達のいざこざのせいで再就職のために奔走させるのは申し訳ないので」
「君は異世界からの転生者だからか、ブルノンヴィル辺境伯や将来の王妃の地位に執着どころか、むしろ煩わしく思っているのは見ていて分かった」
「ええ。だから、今の状況は私には、むしろ願ったりですね。……お祖母様には申し訳ありませんが」
家を継ぐのは貴族の義務だ。ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)の生き方を自らに課していたお祖母様には、自分の直系ではない人間がブルノンヴィル辺境伯家を継ぐことを知ったら憤るだろうか?
けれど、こればかりは私も人として譲れなかった。
私自身の心情としてもブルノンヴィル辺境伯の義務や責任から解放されるのは実際の所、嬉しいのだ。
「いくら平民になるとはいえ君は私の姪だ。表立っての援助はできないが」
「裏で多少の援助はする」と続けたかったのだろう国王の言葉を不敬だが私は遮った。
「ご心配なく。私なら大丈夫です。一人ではありませんから」
いくら精神が三十以上でも肉体は十四歳の少女だ。しかも、辺境伯家で何不自由なく生きていた身だ。たった一人で市井に放り出されては困っただろうが、幸い私には頼れる人達がいる。私が貴族籍を抹消されブルノンヴィル辺境伯でなくなっても彼らなら共にいてくれる。
だから、有能な宰相の死で今国が大変な時に私の事で国王を煩わせたくはない。
……今国が大変なのは私にも責任の一端があるからだ。
「確かに、君ならどこにいても大丈夫そうだな」
国王は、どこかほっとしたように微笑んだ。
新たなブルノンヴィル辺境伯は、アダン・アルヴィエ、ウジェーヌの兄の息子、彼の甥だ。私より三つ上の十七歳だ。
国王が口添えしてくれたお陰か、アダンはブルノンヴィル辺境伯家の使用人達をそのまま雇用してくれるという。これには私もほっとした。
アルヴィエ子爵家は、お祖母様の母親、私の曾祖母の実家だ。まあ一応ブルノンヴィル辺境伯家の親戚だし、何よりアダンは国王が認めるほど有能だ。
メイドに息子の子を産ませるほど自分の直系にブルノンヴィル辺境伯家を継がせたかったお祖母様には申し訳ないが、亡くなった人よりも生きている人間の都合を優先させてもらう。
お祖母様の望み通りではないが無能な人間がブルノンヴィル辺境伯家を継ぐよりはマシだろう。
お祖母様も満足してくれると思いたい。
そこで告げられたのは、私が願い出たブルノンヴィル辺境伯位の返上の承諾であり、私と異母妹の貴族籍の抹消だった。
無理もない。
私が父親を殺しても殺さなくても、宰相とフランソワ王子と衛兵達を殺し、更には国王の殺害予告までした男の身内をそのまま辺境伯としてどころか貴族として留め置ける訳がない。
罪人であるジョセフの身内として断頭台に送られなかったのは、偏に国王の温情なのだ。
貴族令嬢としての生活しか知らず、脳内花畑で、とても市井では暮らせないだろうルイーズは修道院に行く事になるだろう。
辺境伯は国の防衛の要だ。そのために領地が隣国と接していて隣国と戦争になった時、まず真っ先に戦い国を守る。そのための軍事力と大きな権限を与えられている。ブルノンヴィル辺境伯家自体を取り潰す事は絶対にできない。
ブルノンヴィル辺境伯家の直系である私とルイーズの貴族籍が抹消になり家を継げなくなる代わりに、有能な親戚を「ブルノンヴィル辺境伯」として宛がうのだと言う。
「有能な方が新たなブルノンヴィル辺境伯になるのは私も安心です」
元々ブルノンヴィル辺境伯の地位に執着していなかった。
義務や責任に縛られて生きるのは嫌だった。
今生こそ何にも縛られず人生を謳歌したかった。
それでもジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれた責任として、またお祖母様への肉親の情もあったから彼女が望むようにブルノンヴィル辺境伯として生きるつもりだった。
けれど、今生の父親とのいざこざで彼の前世である最悪な人格を目覚めさせてしまった。
生まれによる義務よりも人としての責任を優先すべきだと思った。
結果、貴族籍が抹消されても構わない。
祐との戦いで死を覚悟していたのだ。
今、生きている事が奇跡で何よりも重要だからだ。
「一つだけ、お願いがあるのですが」
「何だ?」
「ブルノンヴィル辺境伯家で働いている人達は、そのまま雇用してあげてください。彼らは有能です。わざわざ新しい使用人を募集しなくても彼らなら新たなブルノンヴィル辺境伯閣下も満足すると思います」
「自分の事ではなく使用人達の心配か?」
「有能な彼らなら、どこに行ってもうまくやっていけるでしょうが、主達のいざこざのせいで再就職のために奔走させるのは申し訳ないので」
「君は異世界からの転生者だからか、ブルノンヴィル辺境伯や将来の王妃の地位に執着どころか、むしろ煩わしく思っているのは見ていて分かった」
「ええ。だから、今の状況は私には、むしろ願ったりですね。……お祖母様には申し訳ありませんが」
家を継ぐのは貴族の義務だ。ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)の生き方を自らに課していたお祖母様には、自分の直系ではない人間がブルノンヴィル辺境伯家を継ぐことを知ったら憤るだろうか?
けれど、こればかりは私も人として譲れなかった。
私自身の心情としてもブルノンヴィル辺境伯の義務や責任から解放されるのは実際の所、嬉しいのだ。
「いくら平民になるとはいえ君は私の姪だ。表立っての援助はできないが」
「裏で多少の援助はする」と続けたかったのだろう国王の言葉を不敬だが私は遮った。
「ご心配なく。私なら大丈夫です。一人ではありませんから」
いくら精神が三十以上でも肉体は十四歳の少女だ。しかも、辺境伯家で何不自由なく生きていた身だ。たった一人で市井に放り出されては困っただろうが、幸い私には頼れる人達がいる。私が貴族籍を抹消されブルノンヴィル辺境伯でなくなっても彼らなら共にいてくれる。
だから、有能な宰相の死で今国が大変な時に私の事で国王を煩わせたくはない。
……今国が大変なのは私にも責任の一端があるからだ。
「確かに、君ならどこにいても大丈夫そうだな」
国王は、どこかほっとしたように微笑んだ。
新たなブルノンヴィル辺境伯は、アダン・アルヴィエ、ウジェーヌの兄の息子、彼の甥だ。私より三つ上の十七歳だ。
国王が口添えしてくれたお陰か、アダンはブルノンヴィル辺境伯家の使用人達をそのまま雇用してくれるという。これには私もほっとした。
アルヴィエ子爵家は、お祖母様の母親、私の曾祖母の実家だ。まあ一応ブルノンヴィル辺境伯家の親戚だし、何よりアダンは国王が認めるほど有能だ。
メイドに息子の子を産ませるほど自分の直系にブルノンヴィル辺境伯家を継がせたかったお祖母様には申し訳ないが、亡くなった人よりも生きている人間の都合を優先させてもらう。
お祖母様の望み通りではないが無能な人間がブルノンヴィル辺境伯家を継ぐよりはマシだろう。
お祖母様も満足してくれると思いたい。
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