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【完結話】或るシングルマザーの憂鬱
#9 正々堂々とした変人
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お昼休みは、野田のとんでも発言の話で持ちきりだった。
「気のキツい小北と、腰の低い野田さんとは、案外お似合いかもしれないなぁ」
「そういや、小北は妙に野田さんを毛嫌いしていた節があるが、嫌い嫌いも好きのうち、これを期に思い直してはどうだい」
「私もコキちゃんに、野田さんをオススメしているのですよー」
みんな好き勝手喋っているが、「小北と野田さんをくっつけよう」という意見で一致団結していた。
これは悪夢でなかろうか。
野田にしょうもないイタズラをされていただけの日々が、まるで天上の理想世界だったように思えるくらいだ。
「やめてください!」
突然、鮫島くんが立ち上がり、目をつり上げて叫んだ。
「小北さんと野田さんはないでしょう。ありえないし!」
ひとしきり吠えると、今度はノートパソコンに突っ伏して動かなくなった。
「なんだぁ、鮫島も小北にお熱か。モテるねー」
どつぼだ。
ヒューと口笛まで鳴らされた。
そんなんじゃないのに。
もうどうでもよくなってきたあたしは、嘲笑ってこの有害な現状をしのぐしかなかった。
地獄の昼休みが終わり、さまようように給湯室へ行き着いた。
換気のためか少しだけ窓が開けてあって、そばに干してあった水分を含んだ布巾が揺れていた。
床にタバコの灰が風に散らされていて、げんなりする。
二課の女の子の一人がタバコを吸う。
それは勝手だが、給湯室で隠れて吸わずに喫煙室で吸ってほしい。
一度言ったら、小北さん怖いですうと、笑顔で返された。
タバコの臭いを消すために窓を全開にした。
勢いよい寒風が竜巻いて入り込み、透明なくせに凄いダメージを与えてくる。
舞い散る灰を踏み付け、震えながら湯飲みを洗っていると、鮫島くんがドアを乱暴に開けて入ってきた。
「木曜日の件お断りしますって、どういうことですかっ。なんで、なんでですかー!」
いきなりすごい剣幕だ。
お昼休みにあたしの返信メールを読んだのか。多分、さっきひと吠えしたあのときに。
「クリスマスが近いから、実家でパーティーするんだ。圭吾のために」
圭吾のために、のところを強めてあたしは言った。実家でパーテイーはウソだった。
「実家でパーティー・・。そうっすか」
鮫島くんは低く唸った声を出し、
「それって、小北さんだけ抜け出せないんですか」
あたしを指差し、拗ねた顔で尋ねてきた。
「抜けるわけないでしょう。親のあたしが」
まるで圭吾のことを考えていない鮫島くんには閉口する。
それきり黙りこんでそっぽを向いていたら、諦めて部屋から出て行った。
仕事への意欲は臨時で終わり、鬱々とした気分で片付ける。
それでも手を抜くことはしない。
三浦さんがやりたがらない伝票処理を、一気に終わらせた。
意欲はないが、仕事は速いのだ。
ここにいらない人間ではないのだ。
あたしは段々ムキになって、掛かってきた電話も、掛けてきた相手が驚くほどの速さで受話器を取った。
出力された請求書を、機械並みの正確さで単価等のチェックをしてから、素早く封筒に入れていった。
あたしは役に立つ人間だ、と陶酔していた。
「あ、野田さんだよ、コキちゃん」
己の世界に入り込んでいたため、三浦さんの呼びかけに反応したときには、野田はすでにあたしの目の前にいた。
ギョッとしてのけぞる。
口をすぼめて笑う野田の手元から甘い香りが漂
っていた。
「あの、試供品ですが、アップルティーを入れてきました。3時の休憩にどうぞ。小北さんと三浦さんの分だけですが」
嬉しそうに肩を震わせて、野田が花柄の紙コップを机に置いた。
今度は試供品のおすすめときたか。
確かにイタズラではない。
怒るほどでもない細かい憂鬱をうまく仕掛けてきたもんだ。
「やったー。コキちゃんのおかげで、わたしにも回ってきたー」
と手を叩いて喜ぶ三浦さんに、気が遠くなりそうなくらい距離を感じる。
「野田さん、コキちゃんの気を引こうと、前より頑張っていますよねー。イタズラもやめて、今は正々堂々って感じ」
三浦さんは本当に無邪気で、どうかしている。
「はい、イタズラは卒業しました」
気をつけの姿勢で、野田がハキハキ答えた。
背骨の神経と頭の回線を切ってやりたくなる。
「確かにイタズラはなくなりましたが、この押し付けがましい接近も、早々に卒業お願いします!」
こうでも言えばよかったが、三浦さんが野田を必要以上に擁護するのが目に見えている。
三浦さんは、自分がキューピッド役を買って出ましょうとばかりに、今にもあたしと野田の手と手を重ね合わせたそうに、ウズウズしている。
いらぬお世話にかからないよう、あたしは奇妙な連帯を持つ二人から逃れて、トイレへ駆け込んだ。
疲れる。
便座に座り、後ろのタンクにもたれかかって目を閉じた。
一秒でも早く退社して、今日の一連の業を滅してしまいたいと思った。
つづく
「気のキツい小北と、腰の低い野田さんとは、案外お似合いかもしれないなぁ」
「そういや、小北は妙に野田さんを毛嫌いしていた節があるが、嫌い嫌いも好きのうち、これを期に思い直してはどうだい」
「私もコキちゃんに、野田さんをオススメしているのですよー」
みんな好き勝手喋っているが、「小北と野田さんをくっつけよう」という意見で一致団結していた。
これは悪夢でなかろうか。
野田にしょうもないイタズラをされていただけの日々が、まるで天上の理想世界だったように思えるくらいだ。
「やめてください!」
突然、鮫島くんが立ち上がり、目をつり上げて叫んだ。
「小北さんと野田さんはないでしょう。ありえないし!」
ひとしきり吠えると、今度はノートパソコンに突っ伏して動かなくなった。
「なんだぁ、鮫島も小北にお熱か。モテるねー」
どつぼだ。
ヒューと口笛まで鳴らされた。
そんなんじゃないのに。
もうどうでもよくなってきたあたしは、嘲笑ってこの有害な現状をしのぐしかなかった。
地獄の昼休みが終わり、さまようように給湯室へ行き着いた。
換気のためか少しだけ窓が開けてあって、そばに干してあった水分を含んだ布巾が揺れていた。
床にタバコの灰が風に散らされていて、げんなりする。
二課の女の子の一人がタバコを吸う。
それは勝手だが、給湯室で隠れて吸わずに喫煙室で吸ってほしい。
一度言ったら、小北さん怖いですうと、笑顔で返された。
タバコの臭いを消すために窓を全開にした。
勢いよい寒風が竜巻いて入り込み、透明なくせに凄いダメージを与えてくる。
舞い散る灰を踏み付け、震えながら湯飲みを洗っていると、鮫島くんがドアを乱暴に開けて入ってきた。
「木曜日の件お断りしますって、どういうことですかっ。なんで、なんでですかー!」
いきなりすごい剣幕だ。
お昼休みにあたしの返信メールを読んだのか。多分、さっきひと吠えしたあのときに。
「クリスマスが近いから、実家でパーティーするんだ。圭吾のために」
圭吾のために、のところを強めてあたしは言った。実家でパーテイーはウソだった。
「実家でパーティー・・。そうっすか」
鮫島くんは低く唸った声を出し、
「それって、小北さんだけ抜け出せないんですか」
あたしを指差し、拗ねた顔で尋ねてきた。
「抜けるわけないでしょう。親のあたしが」
まるで圭吾のことを考えていない鮫島くんには閉口する。
それきり黙りこんでそっぽを向いていたら、諦めて部屋から出て行った。
仕事への意欲は臨時で終わり、鬱々とした気分で片付ける。
それでも手を抜くことはしない。
三浦さんがやりたがらない伝票処理を、一気に終わらせた。
意欲はないが、仕事は速いのだ。
ここにいらない人間ではないのだ。
あたしは段々ムキになって、掛かってきた電話も、掛けてきた相手が驚くほどの速さで受話器を取った。
出力された請求書を、機械並みの正確さで単価等のチェックをしてから、素早く封筒に入れていった。
あたしは役に立つ人間だ、と陶酔していた。
「あ、野田さんだよ、コキちゃん」
己の世界に入り込んでいたため、三浦さんの呼びかけに反応したときには、野田はすでにあたしの目の前にいた。
ギョッとしてのけぞる。
口をすぼめて笑う野田の手元から甘い香りが漂
っていた。
「あの、試供品ですが、アップルティーを入れてきました。3時の休憩にどうぞ。小北さんと三浦さんの分だけですが」
嬉しそうに肩を震わせて、野田が花柄の紙コップを机に置いた。
今度は試供品のおすすめときたか。
確かにイタズラではない。
怒るほどでもない細かい憂鬱をうまく仕掛けてきたもんだ。
「やったー。コキちゃんのおかげで、わたしにも回ってきたー」
と手を叩いて喜ぶ三浦さんに、気が遠くなりそうなくらい距離を感じる。
「野田さん、コキちゃんの気を引こうと、前より頑張っていますよねー。イタズラもやめて、今は正々堂々って感じ」
三浦さんは本当に無邪気で、どうかしている。
「はい、イタズラは卒業しました」
気をつけの姿勢で、野田がハキハキ答えた。
背骨の神経と頭の回線を切ってやりたくなる。
「確かにイタズラはなくなりましたが、この押し付けがましい接近も、早々に卒業お願いします!」
こうでも言えばよかったが、三浦さんが野田を必要以上に擁護するのが目に見えている。
三浦さんは、自分がキューピッド役を買って出ましょうとばかりに、今にもあたしと野田の手と手を重ね合わせたそうに、ウズウズしている。
いらぬお世話にかからないよう、あたしは奇妙な連帯を持つ二人から逃れて、トイレへ駆け込んだ。
疲れる。
便座に座り、後ろのタンクにもたれかかって目を閉じた。
一秒でも早く退社して、今日の一連の業を滅してしまいたいと思った。
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