【短編集】或るシングルマザーの憂鬱

ふうこジャスミン

文字の大きさ
9 / 35
【完結話】或るシングルマザーの憂鬱

#9 正々堂々とした変人

しおりを挟む
お昼休みは、野田のとんでも発言の話で持ちきりだった。


「気のキツい小北と、腰の低い野田さんとは、案外お似合いかもしれないなぁ」


「そういや、小北は妙に野田さんを毛嫌いしていた節があるが、嫌い嫌いも好きのうち、これを期に思い直してはどうだい」


「私もコキちゃんに、野田さんをオススメしているのですよー」


みんな好き勝手喋っているが、「小北と野田さんをくっつけよう」という意見で一致団結していた。

これは悪夢でなかろうか。
野田にしょうもないイタズラをされていただけの日々が、まるで天上の理想世界だったように思えるくらいだ。


「やめてください!」


突然、鮫島くんが立ち上がり、目をつり上げて叫んだ。


「小北さんと野田さんはないでしょう。ありえないし!」


ひとしきり吠えると、今度はノートパソコンに突っ伏して動かなくなった。


「なんだぁ、鮫島も小北にお熱か。モテるねー」


どつぼだ。
ヒューと口笛まで鳴らされた。
そんなんじゃないのに。

もうどうでもよくなってきたあたしは、嘲笑ってこの有害な現状をしのぐしかなかった。



地獄の昼休みが終わり、さまようように給湯室へ行き着いた。

換気のためか少しだけ窓が開けてあって、そばに干してあった水分を含んだ布巾が揺れていた。

床にタバコの灰が風に散らされていて、げんなりする。
二課の女の子の一人がタバコを吸う。
それは勝手だが、給湯室で隠れて吸わずに喫煙室で吸ってほしい。
一度言ったら、小北さん怖いですうと、笑顔で返された。

タバコの臭いを消すために窓を全開にした。
勢いよい寒風が竜巻いて入り込み、透明なくせに凄いダメージを与えてくる。

舞い散る灰を踏み付け、震えながら湯飲みを洗っていると、鮫島くんがドアを乱暴に開けて入ってきた。


「木曜日の件お断りしますって、どういうことですかっ。なんで、なんでですかー!」


いきなりすごい剣幕だ。

お昼休みにあたしの返信メールを読んだのか。多分、さっきひと吠えしたあのときに。


「クリスマスが近いから、実家でパーティーするんだ。圭吾のために」


圭吾のために、のところを強めてあたしは言った。実家でパーテイーはウソだった。


「実家でパーティー・・。そうっすか」


鮫島くんは低く唸った声を出し、


「それって、小北さんだけ抜け出せないんですか」


あたしを指差し、拗ねた顔で尋ねてきた。


「抜けるわけないでしょう。親のあたしが」


まるで圭吾のことを考えていない鮫島くんには閉口する。
それきり黙りこんでそっぽを向いていたら、諦めて部屋から出て行った。



仕事への意欲は臨時で終わり、鬱々とした気分で片付ける。
それでも手を抜くことはしない。
三浦さんがやりたがらない伝票処理を、一気に終わらせた。

意欲はないが、仕事は速いのだ。
ここにいらない人間ではないのだ。
あたしは段々ムキになって、掛かってきた電話も、掛けてきた相手が驚くほどの速さで受話器を取った。

出力された請求書を、機械並みの正確さで単価等のチェックをしてから、素早く封筒に入れていった。
あたしは役に立つ人間だ、と陶酔していた。


「あ、野田さんだよ、コキちゃん」


己の世界に入り込んでいたため、三浦さんの呼びかけに反応したときには、野田はすでにあたしの目の前にいた。

ギョッとしてのけぞる。
口をすぼめて笑う野田の手元から甘い香りが漂
っていた。


「あの、試供品ですが、アップルティーを入れてきました。3時の休憩にどうぞ。小北さんと三浦さんの分だけですが」


嬉しそうに肩を震わせて、野田が花柄の紙コップを机に置いた。
今度は試供品のおすすめときたか。
確かにイタズラではない。
怒るほどでもない細かい憂鬱をうまく仕掛けてきたもんだ。


「やったー。コキちゃんのおかげで、わたしにも回ってきたー」


と手を叩いて喜ぶ三浦さんに、気が遠くなりそうなくらい距離を感じる。


「野田さん、コキちゃんの気を引こうと、前より頑張っていますよねー。イタズラもやめて、今は正々堂々って感じ」


三浦さんは本当に無邪気で、どうかしている。


「はい、イタズラは卒業しました」


気をつけの姿勢で、野田がハキハキ答えた。
背骨の神経と頭の回線を切ってやりたくなる。


「確かにイタズラはなくなりましたが、この押し付けがましい接近も、早々に卒業お願いします!」


こうでも言えばよかったが、三浦さんが野田を必要以上に擁護するのが目に見えている。
三浦さんは、自分がキューピッド役を買って出ましょうとばかりに、今にもあたしと野田の手と手を重ね合わせたそうに、ウズウズしている。

いらぬお世話にかからないよう、あたしは奇妙な連帯を持つ二人から逃れて、トイレへ駆け込んだ。

疲れる。

便座に座り、後ろのタンクにもたれかかって目を閉じた。
一秒でも早く退社して、今日の一連の業を滅してしまいたいと思った。



つづく
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...