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【完結話】或るシングルマザーの憂鬱
#13 精神的に物騒な接触
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いよいよ門をくぐり、キュンキュン・ワールドへ突入だ。
あたしは後ろ目で野田の位置を確認し、手で合図を送った。
野田はタイル上を、歌舞伎の黒子の如くなめらかに移動してくる。
あたしの手前まで近づいてくると、片手で顔を隠してお辞儀をした。
そして、もう片方の手でチケットを差し出し、あたしが受け取るや否や、達者なムーンウォークで後方へと退いていった。
目にも気にも障る。
他人のふりをしろと言ったはずが、どんな他人よりも目を引いて、逆に身内に等しい人がサプライズ的に手渡してきたかのようじゃないか。
「あのひと、だれ」
聞かずにはいられないだろう。圭吾があたしに隠れて、まだムーンウォークを続行している野田を見つめる。
「誰だろうね。おかしい人だね」
野田の存在を焼き付けてしまわないよう、適当に相槌を打つ。
チケットを手に入れたら、しばらくは野田と接することはない。
圭吾とゲートをくぐると、目の前にキュンキュンの巨大風船が見えた。
足の先から頭の先まで全部見える。
再度圭吾の大興奮が始まりやしないかと、内心冷や汗ものだったが、意に反しておとなしく歩いている。
後ろにいる野田を気にしているのだ。
圭吾はチラッと背後を見てすぐに前に向き直り、また振り向いて笑いながら、あたしに言ってきた。
「ママ、わかった。あのひと、ママにつまんないイタズラとかしてきたり、おしごともしなくて、ゆうれいみたいできもちわるい、といってた、やばっさんで、こわっさんで、きもっさんのひと?」
割と大きな声だった。
圭吾よ、人当てクイズもしていないのに何故にずばり的中させるのか。
しかも否定しがたいほど、あたしから仕入れた情報丸出しの、詳しい野田の特徴をスラスラ述べてしまっている。
あたしは息を飲んだ。
「…うん、そうだよ」
打ち消したり、言い訳がましい文句を吐くのも不自然なので、もうそのまま肯定しておいた。気まずく野田の方を見たら、思いのほか嬉しそうに笑いをこらえている。
「へー!きもっさんなのに、しかくをとってくれたの?おれ、おれいをいってくる」
止める間もなく、圭吾は野田めがけて走っていった。
野田は驚き立ちすくんでいる。
でもすぐにふんわり笑顔に戻って、横を向き、知らんぷりした。
「おじさん、キュンキュン・ワールドに、はいるしかくをくれて、ありがとう」
野田の足元で跳ねながら、圭吾がお礼を言う。
「ええ。構いませんよ。他人ですけど」
野田が唇を動かさずに答える。
腹話術までこなすらしい。
「たにんとはおもえねぇ。おじさん、なまえ、おしえて」
甲高い声が面白いのか、圭吾はケラケラ笑っている。
「うーん、野田、ですけど、何か?」
次は野田得意のオカマロ調だ。
「のだ?のだって、それでいいのだ、の、のだ?」
「うーん、そ・う・な・の・だ」
ロボットのような言い方をした野田に、圭吾は大ウケだ。
まだ何か話したそうに野田を見上げていたが、これ以上のふれあいは精神的に物騒だ。
あたしは圭吾の手を無理矢理引っ張って、野田から離れた。
圭吾は野田を気にしながらも、キュンキュン・ワールドの乗り物やショップへと、次第に興味を移していった。
キャラクターランドだから、原色で派手なイメージを思い浮かべていたが、建物や道なり、乗り物も白で統一されている。
夢の中でみた絵のように儚く消えていきそうで、これぞまさしく夢の世界だと感心した。
園内に時々現れるキュンキュンの仲間たちは原色系で、白い世界をバックに際立って見える。
彼らがひと動きするだけで、何らかのストーリーが生まれそうだ。
着ぐるみを取り囲むお客たちもここの住人で、物語の登場人物の一部であるかのように錯覚する。
しばらく歩いている内に12時を過ぎていて、お腹がへったと圭吾が訴えてきた。
忘れていた野田の出番が訪れる。
辺りを見回すと、あたしの真後ろで片膝をつき、いつでも参れますぞとばかりに、野田が忍者の如く控えていた。
ため息をつき、圭吾に悟られないよう、おもむろに手で合図をした。
野田は目でうなづき、颯爽たる姿で全力疾走していった。
それを尻目に、あたしは圭吾に日当たりの良いベンチに座らせて、持ってきた魔法瓶のお茶を飲ませた。
パシリに使わされ、他人のふりをするという屈辱に耐えてまで、あの人は何だってこんなに尽くす真似をしてくるのだろう。
偽善者かバカか、どっちでもないのか。
そんなことを考えながら、通り過ぎるたくさんの親子を眺める。
どこの売店で買ったのか、サンタの赤い帽子をかぶっている親子や、慣れない手つきで赤ちゃんをあやす、おじいちゃんが横切る。
パパとママと手をつないで、真ん中でぶら下がっている女の子を、圭吾は羨ましそうに見つめている。
その子のママを見てこっそり笑い、パパを見て、「ああ」と息を吐いていた。
眩しくもないのに目を細めていた。
自分にはパパがいないと、まざまざと思い知らされているかのように。
あたしは目を伏せた。
つづく
あたしは後ろ目で野田の位置を確認し、手で合図を送った。
野田はタイル上を、歌舞伎の黒子の如くなめらかに移動してくる。
あたしの手前まで近づいてくると、片手で顔を隠してお辞儀をした。
そして、もう片方の手でチケットを差し出し、あたしが受け取るや否や、達者なムーンウォークで後方へと退いていった。
目にも気にも障る。
他人のふりをしろと言ったはずが、どんな他人よりも目を引いて、逆に身内に等しい人がサプライズ的に手渡してきたかのようじゃないか。
「あのひと、だれ」
聞かずにはいられないだろう。圭吾があたしに隠れて、まだムーンウォークを続行している野田を見つめる。
「誰だろうね。おかしい人だね」
野田の存在を焼き付けてしまわないよう、適当に相槌を打つ。
チケットを手に入れたら、しばらくは野田と接することはない。
圭吾とゲートをくぐると、目の前にキュンキュンの巨大風船が見えた。
足の先から頭の先まで全部見える。
再度圭吾の大興奮が始まりやしないかと、内心冷や汗ものだったが、意に反しておとなしく歩いている。
後ろにいる野田を気にしているのだ。
圭吾はチラッと背後を見てすぐに前に向き直り、また振り向いて笑いながら、あたしに言ってきた。
「ママ、わかった。あのひと、ママにつまんないイタズラとかしてきたり、おしごともしなくて、ゆうれいみたいできもちわるい、といってた、やばっさんで、こわっさんで、きもっさんのひと?」
割と大きな声だった。
圭吾よ、人当てクイズもしていないのに何故にずばり的中させるのか。
しかも否定しがたいほど、あたしから仕入れた情報丸出しの、詳しい野田の特徴をスラスラ述べてしまっている。
あたしは息を飲んだ。
「…うん、そうだよ」
打ち消したり、言い訳がましい文句を吐くのも不自然なので、もうそのまま肯定しておいた。気まずく野田の方を見たら、思いのほか嬉しそうに笑いをこらえている。
「へー!きもっさんなのに、しかくをとってくれたの?おれ、おれいをいってくる」
止める間もなく、圭吾は野田めがけて走っていった。
野田は驚き立ちすくんでいる。
でもすぐにふんわり笑顔に戻って、横を向き、知らんぷりした。
「おじさん、キュンキュン・ワールドに、はいるしかくをくれて、ありがとう」
野田の足元で跳ねながら、圭吾がお礼を言う。
「ええ。構いませんよ。他人ですけど」
野田が唇を動かさずに答える。
腹話術までこなすらしい。
「たにんとはおもえねぇ。おじさん、なまえ、おしえて」
甲高い声が面白いのか、圭吾はケラケラ笑っている。
「うーん、野田、ですけど、何か?」
次は野田得意のオカマロ調だ。
「のだ?のだって、それでいいのだ、の、のだ?」
「うーん、そ・う・な・の・だ」
ロボットのような言い方をした野田に、圭吾は大ウケだ。
まだ何か話したそうに野田を見上げていたが、これ以上のふれあいは精神的に物騒だ。
あたしは圭吾の手を無理矢理引っ張って、野田から離れた。
圭吾は野田を気にしながらも、キュンキュン・ワールドの乗り物やショップへと、次第に興味を移していった。
キャラクターランドだから、原色で派手なイメージを思い浮かべていたが、建物や道なり、乗り物も白で統一されている。
夢の中でみた絵のように儚く消えていきそうで、これぞまさしく夢の世界だと感心した。
園内に時々現れるキュンキュンの仲間たちは原色系で、白い世界をバックに際立って見える。
彼らがひと動きするだけで、何らかのストーリーが生まれそうだ。
着ぐるみを取り囲むお客たちもここの住人で、物語の登場人物の一部であるかのように錯覚する。
しばらく歩いている内に12時を過ぎていて、お腹がへったと圭吾が訴えてきた。
忘れていた野田の出番が訪れる。
辺りを見回すと、あたしの真後ろで片膝をつき、いつでも参れますぞとばかりに、野田が忍者の如く控えていた。
ため息をつき、圭吾に悟られないよう、おもむろに手で合図をした。
野田は目でうなづき、颯爽たる姿で全力疾走していった。
それを尻目に、あたしは圭吾に日当たりの良いベンチに座らせて、持ってきた魔法瓶のお茶を飲ませた。
パシリに使わされ、他人のふりをするという屈辱に耐えてまで、あの人は何だってこんなに尽くす真似をしてくるのだろう。
偽善者かバカか、どっちでもないのか。
そんなことを考えながら、通り過ぎるたくさんの親子を眺める。
どこの売店で買ったのか、サンタの赤い帽子をかぶっている親子や、慣れない手つきで赤ちゃんをあやす、おじいちゃんが横切る。
パパとママと手をつないで、真ん中でぶら下がっている女の子を、圭吾は羨ましそうに見つめている。
その子のママを見てこっそり笑い、パパを見て、「ああ」と息を吐いていた。
眩しくもないのに目を細めていた。
自分にはパパがいないと、まざまざと思い知らされているかのように。
あたしは目を伏せた。
つづく
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