【短編集】或るシングルマザーの憂鬱

ふうこジャスミン

文字の大きさ
13 / 35
【完結話】或るシングルマザーの憂鬱

#13 精神的に物騒な接触

しおりを挟む
いよいよ門をくぐり、キュンキュン・ワールドへ突入だ。

あたしは後ろ目で野田の位置を確認し、手で合図を送った。
野田はタイル上を、歌舞伎の黒子の如くなめらかに移動してくる。
あたしの手前まで近づいてくると、片手で顔を隠してお辞儀をした。
そして、もう片方の手でチケットを差し出し、あたしが受け取るや否や、達者なムーンウォークで後方へと退いていった。

目にも気にも障る。
他人のふりをしろと言ったはずが、どんな他人よりも目を引いて、逆に身内に等しい人がサプライズ的に手渡してきたかのようじゃないか。


「あのひと、だれ」


聞かずにはいられないだろう。圭吾があたしに隠れて、まだムーンウォークを続行している野田を見つめる。


「誰だろうね。おかしい人だね」


野田の存在を焼き付けてしまわないよう、適当に相槌を打つ。
チケットを手に入れたら、しばらくは野田と接することはない。

圭吾とゲートをくぐると、目の前にキュンキュンの巨大風船が見えた。
足の先から頭の先まで全部見える。

再度圭吾の大興奮が始まりやしないかと、内心冷や汗ものだったが、意に反しておとなしく歩いている。

後ろにいる野田を気にしているのだ。

圭吾はチラッと背後を見てすぐに前に向き直り、また振り向いて笑いながら、あたしに言ってきた。


「ママ、わかった。あのひと、ママにつまんないイタズラとかしてきたり、おしごともしなくて、ゆうれいみたいできもちわるい、といってた、やばっさんで、こわっさんで、きもっさんのひと?」


割と大きな声だった。

圭吾よ、人当てクイズもしていないのに何故にずばり的中させるのか。

しかも否定しがたいほど、あたしから仕入れた情報丸出しの、詳しい野田の特徴をスラスラ述べてしまっている。
あたしは息を飲んだ。


「…うん、そうだよ」


打ち消したり、言い訳がましい文句を吐くのも不自然なので、もうそのまま肯定しておいた。気まずく野田の方を見たら、思いのほか嬉しそうに笑いをこらえている。


「へー!きもっさんなのに、しかくをとってくれたの?おれ、おれいをいってくる」


止める間もなく、圭吾は野田めがけて走っていった。
野田は驚き立ちすくんでいる。
でもすぐにふんわり笑顔に戻って、横を向き、知らんぷりした。


「おじさん、キュンキュン・ワールドに、はいるしかくをくれて、ありがとう」


野田の足元で跳ねながら、圭吾がお礼を言う。


「ええ。構いませんよ。他人ですけど」


野田が唇を動かさずに答える。
腹話術までこなすらしい。


「たにんとはおもえねぇ。おじさん、なまえ、おしえて」


甲高い声が面白いのか、圭吾はケラケラ笑っている。


「うーん、野田、ですけど、何か?」


次は野田得意のオカマロ調だ。


「のだ?のだって、それでいいのだ、の、のだ?」


「うーん、そ・う・な・の・だ」


ロボットのような言い方をした野田に、圭吾は大ウケだ。
まだ何か話したそうに野田を見上げていたが、これ以上のふれあいは精神的に物騒だ。
あたしは圭吾の手を無理矢理引っ張って、野田から離れた。

圭吾は野田を気にしながらも、キュンキュン・ワールドの乗り物やショップへと、次第に興味を移していった。

キャラクターランドだから、原色で派手なイメージを思い浮かべていたが、建物や道なり、乗り物も白で統一されている。
夢の中でみた絵のように儚く消えていきそうで、これぞまさしく夢の世界だと感心した。

園内に時々現れるキュンキュンの仲間たちは原色系で、白い世界をバックに際立って見える。
彼らがひと動きするだけで、何らかのストーリーが生まれそうだ。

着ぐるみを取り囲むお客たちもここの住人で、物語の登場人物の一部であるかのように錯覚する。


しばらく歩いている内に12時を過ぎていて、お腹がへったと圭吾が訴えてきた。
忘れていた野田の出番が訪れる。

辺りを見回すと、あたしの真後ろで片膝をつき、いつでも参れますぞとばかりに、野田が忍者の如く控えていた。

ため息をつき、圭吾に悟られないよう、おもむろに手で合図をした。
野田は目でうなづき、颯爽たる姿で全力疾走していった。

それを尻目に、あたしは圭吾に日当たりの良いベンチに座らせて、持ってきた魔法瓶のお茶を飲ませた。

パシリに使わされ、他人のふりをするという屈辱に耐えてまで、あの人は何だってこんなに尽くす真似をしてくるのだろう。

偽善者かバカか、どっちでもないのか。
そんなことを考えながら、通り過ぎるたくさんの親子を眺める。

どこの売店で買ったのか、サンタの赤い帽子をかぶっている親子や、慣れない手つきで赤ちゃんをあやす、おじいちゃんが横切る。

パパとママと手をつないで、真ん中でぶら下がっている女の子を、圭吾は羨ましそうに見つめている。

その子のママを見てこっそり笑い、パパを見て、「ああ」と息を吐いていた。
眩しくもないのに目を細めていた。
自分にはパパがいないと、まざまざと思い知らされているかのように。
あたしは目を伏せた。




つづく

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...