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【完結話】或るシンガーソングライターの憂鬱
#15 …からの
しおりを挟む「もしもし、RYO-JIです」
震えながら申し上げたら、テレビで聞いたことのある渋い声が聞こえてきた。
「やあ。RYO-JIくん、はじめまして。佐伯雅弘です」
佐伯雅弘は、渋い声で僕に名乗ってくれ、渋い声で僕の曲やギターテクや声などを褒め新えてくれ、渋い声で君は他の誰にもかなわない天性のセンスを保有していると啓発してくれた。
それは僕の全身を何度も身震いさせて、味わったことのない歓喜の痙攣は僕の思考回路を心地よく麻痺させた。
そのあとはもう、佐伯雅弘がいかような言葉を発してきてくれようが、何を言っているのかわからなくなってしまった。
とにかく急なチャンス到来なのである。
僕はいつにも増して練習に励み、そのうえ新曲まで作り上げた。
ライブは一週間後にせまっていたが、不安はなかった。
僕には自信があった。
お客のみんなが人波に揺られて目を閉じ、僕の歌に聞き入るその中に、佐伯雅弘も同じく揺れて目を閉じ耳を傾ける姿が、ありありと想像できた。
ライブ当日、マンションの部屋でライブのイメージトレーニングをしているときに、ライブハウスに到着したという対バン相手から、「おかしい」と、電話があった。
何がおかしいのか尋ねても、何がどうなっているかわからなくて、おかしいとしか言いようがないとのことだった。
首をひねりながら、昨日オーナーからもらった高級ギターを片手に、ライブハウスに向かった。
「おかしいというか、やられた」
さっき電話をくれたヤツからもう一度電話があった。
やられた、とは。
僕がセックスした女の子たちが揃って「RYO'JIにやられた」とスクラムでも組んでいるのかと一瞬懸念した。
が、そうでもないらしく、とりあえず道中を急いだ。
ライブハウスを目にして、僕が発した言葉もやっぱり「やられた」だった。
ライブハウスが、なかったのだ。
僕は目を疑った。
建物はある。
建物の目の前に僕は立っていた。
でもシャッターが閉まっていた。
シャッターには、弁護士名で「破産により、管財人の許可無く物品等の使用や持ち出しを禁じる」旨の張り紙が張られていた。
「どういうこと?」
ライブハウスの前にたむろしていた女の子たちが、口々に騒ぎ立てる。
僕がたどり着く少し前に、背広の男が何の説明も弁明もなく、これだけを貼って去っていったらしい。
「どういうこともないだろ。こういうことだよ。誰かオーナーと連絡取れるヤツいないのかよ」
2ピースバンドのボーカルが叫んだ。
ライブハウスのバイトくんが、
「全く取れないっすよ。一昨日から実は」
困り果てて頭を抱え込む。
「一昨日?僕、昨日オーナーに会ったけど。近くのカフェで」
僕の声がやけに響いて、みんながこちらを向いた。
何か言っていたが、変な様子はなかったか、何でそのとき気づかなかったのか等、一斉にみんなに責め立てられてしり込みした。
様子がおかしいだの、そんなの気づくはずがない。
しいて言えば、ケチな人が高いギターをくれた、ということぐらいで、でもそれは、とんでもなくいわくのある前兆だったのかもしれない。
僕はギターの事実は伏せておくことにした。
「オーナー逃げやがったかあ」
「今日のライブ、佐伯さん来るってのに」
「佐伯さん、本当に来るのかよ」
「それより、オレらホール代払ってんのに、どうなるんだよ」
出演バンドらの声高な言い合いに、周りの女の子たちが不安げに顔を見合わせている。
僕はなすすべもなく、口惜しくうつむくだけだった。
つづく
15
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