一度目は勇者、二度目は魔王だった俺の、三度目の異世界転生

染井トリノ

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魔法学園編(本編)

118.フレンダ・アルストロメリア⑦

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 暗い……
 なんて暗いんだろう。
 どうして私はこんな所に?
 ああ、そうか。
 私はお父様に会ったんだ。
 それで取り乱して、女の人が目の前に現れて……
 それからどうなったんだっけ?
 もしかして私、死んでしまったのかな?
 だとしたらやっと―――

「まったく、いつまで寝ているんだ?」

 懐かしい声がした。
 大好きだった人の声……
 ずっと聞きたかった声が聞えて、私の前にあった暗闇が一筋の光で照らされた。

「早く起きなさい。騎士の娘が、だらしない姿を見せてはいけないよ」

 その男性はやさしく笑っている。
 フレンダはその笑顔を見て、心が温まっていくような感じがした。

「お父様」

 フレンダが目覚めたのは、自分の家のベッドだった。

「あら、おはようフレンダ」

「おはようございます。お母様」

「おはよう。もう朝食の準備ができてるみたいだね?」

「ええ、うちの使用人たちは皆優秀ですからね」

 3人は一緒に食卓に座った。
 それから楽しそうに談話をして食事をする。
 その光景の最中、フレンダはある事を感じていた。

 ああ―――きっとこれは夢だ。
 私が望んだ夢、二度と訪れる事はない未来。
 なんて幸福な夢なんだろう。
 わかっている。
 これは夢で、現実のお父様はもう亡くなっている。
 だけど楽しい。
 たとえ夢であっても、こんなに楽しい夢だったらずっと見ていない。
 このままずっと、楽しい夢の中で眠っていたい。

 そう思った瞬間、突如として視界が暗闇で覆われた。
 それはまるで、雷でブレーカーが落ちた部屋のように、強制終了したパソコンの画面のように一瞬に暗くなった。
 そして次の瞬間、暗闇は再び晴れる。
 ただし次に見えた光景は、最初とはまったく異なる光景だった。

「な、なんで……どうしてこんな事に―――」

 場面は変わらず朝の食卓。
 そこにいる人たちも変わらない。
 しかし違っている。
 先程まで生きていた二人は血まみれで倒れている。
 部屋の壁には飛び散った血の後、空気は淀み腐った匂いが漂っている。
 それはまさに惨劇と呼べる光景だった。

「お父様! お母様!」

 フレンダは血相を変えて駆け寄る。
 どちらも返事は無い。
 冷たくなった身体、開いた両目の瞳孔。
 すでに死んでいる事がわかる。
 フレンダは叫んだ。
 これまでに無いほど大きく叫んだ。
 悲鳴だった。
 その悲鳴が途切れた瞬間、三度暗闇に覆われた。

「まったく、いつまで寝ているんだ?」

 そしてまた聞えてくる。
 聞きたかった人の声が聞えてくる。
 フレンダは同じように目を覚ます。
 そこには父親が立っていた。

「早く起きなさい。騎士の娘が、だらしない姿を見せてはいけないよ」

 こうして繰り返えされる。
 
 一体何回目だろう。
 この朝を迎えるのは、お父様の声を聞くのは……
 もうわかっている。
 この後どうなるのか。
 どんな悲劇が待っているのか。
 今の私にはわかっている。
 もう止めて……見せないで……
 私に笑顔を向けないで……私の前で死なないで……

 繰り返される悲劇によって、フレンダの心は磨耗しきっていた。
 最愛の人の笑顔、その笑顔が血に染まる光景。
 それを何度も何度も見せつけられたのだ。
 無理も無い。
 磨耗しきった彼女は、食卓に置かれたナイフに視線を向ける。
 徐にそのナイフを握ると、そっと自分の胸にナイフの先を向けた。

 こうすれば……きっと解放される。

 勢いよくナイフを振る。
 自分の胸元に向けて。
 それを誰かの手が引き止める。

「それをやったら、あんたは死ぬぞ」

 後ろから伸びた手が、ナイフを止めた。
 聞き覚えのある声に反応して、フレンダは後ろを振り向いた。

「レイブ……君?」

「間に合ったみたいだな」

 そこに立っていたのはレイブだった。

「どうしてここに?」

「どうしてって……助けに来たに決まってるでしょ? さぁさっさとこんな夢から出ますよ!」

 フレンダが食卓の方へ視線を戻し俯いた。

「先輩?」

「帰って……」

「はぁ?」

「帰ってって言ったの」

「聞えてますよ! ていうか何言ってるんですか!? まさか気づいてないわけ無いですよね? ここは敵の生み出した夢の中ですよ? こんな場所に居たら、いずれ先輩は―――」

「それでいいの」

 フレンダはレイブに背を向けたまま言いきった。
 レイブは一旦話す事をやめる。

「私はこのまま残る。それが私に対する罰。私が弱い所為でお父様は死んでしまったの……だから私には、この罰を受ける義務がある」

 酷い思い違いをしている。
 この悲劇を繰り返された影響で、彼女は父親の死が自分の責任だと感じるようになっていた。
 これは仕方が無いことだ。
 悲劇を繰り返し見せられれば、こうなってしまうのは仕方が無い。
 仕方が無い……
 そうわかっていても、レイブは怒りを抑えられなかった。
 フレンダの肩を引っ張り、向きを変えて胸倉を掴む。

「そんなわけ無いだろ!!」

 叫ぶように言った。

「自分の所為で死んだぁ? ふざけるなよ……あんたは何もしてないだろ!!」

「レ……レイブく―――」

「あんたは忘れたのか!!? 自分の父親の最後を! 誰よりも勇敢に戦い、誰よりも多くの人間を救った誇り高き最後を!」

「っ―――!!」

「あんたは何に憧れたんだ!! そんな父親の背中に、誇り高い騎士の背中に、誰よりも憧れたんじゃないのか!」

「わたしは……」

 フレンダの瞳が潤んでいく。

「そのあんたが―――誰よりも憧れたあんたが! その背中を誇りを―――侮辱するなよ!!」

 レイブの叫びが心に響く。
 フレンダの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
 その脳裏に浮かび上がったのは、亡き父の背中だった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

次回更新は12/4(火)12時です。
感想お待ちしております。
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