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花嫁編

230.最初に見えるのは

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 急に言い出したトウヤに、ウィルとニーナが揃って驚く。
 驚く二人に向けて、冷静にトウヤが言う。

「本人がいれば問題ねぇんだろ? だったらオレが行っても同じじゃねぇか」

「まぁそうだね。僕はそれでも構わないけど」

 と言いながら、ウィルはニーナに目を向ける。
 オーラ以外見えなくなった彼女でも、ウィルが自分に意見を求めていると気付けた。

「あたしも……トウヤが一緒に来てくれると嬉しい」

 ニーナが素直にそう答えたことで、結論が固まる。
 ウィルは微笑み、頷いてからトウヤを見る。

「じゃあ、トウヤに任せるよ」

「おう、任せとけ」

 そうして、トウヤとニーナは真実の滝へ向かうことになった。
 元々行くために準備をしていたこともあり、出発はその後すぐとなった。

「洞窟には魔物もいるみたいだから、くれぐれも気をつけてね」

「心配いらねぇーよ」

「だと思ってるよ。ニーナを頼む」

「おう」

 拳と拳を当てて、約束を交わすウィルとトウヤ。
 そのとき、トウヤは違和感に気付く。

「お前……」

「ん?」

「いや、何でもねぇ」

 尋ねようとしたトウヤだったが、ウィルの表情を見て止めた。
 それよりも先に、滝へ向かうほうを優先すべきだとも思ったからだ。

「ほれ、行くぞ」

「うん」

 そうして二人は手を繋ぎ、扉を潜って消える。
 後姿を見送りながら、ウィルは一言口にする。

「いってらっしゃい」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 扉の先は遺跡に繋がっていた。
 ウィルとユノが以前に訪れた場所らしい。
 気になる場所ではあるが、今回は寄り道をしている余裕はない。
 時間的な、ではなく気持ちの余裕だ。
 ニーナはトウヤにおぶられている。
 ゴツゴツした屋外では、オーラしか見えない状況では転んでしまう。
 もらった地図通りに進むと、一本の川辺へと出た。

「ここをひたすら上ればいいわけか」

 地図上では、川辺の先に洞窟があり、洞窟を越えると滝がある。
 トウヤはニーナをおぶったまま、川辺を上って行く。
 距離は十キロ弱だと、ウィルは話していた。
 その長い道のりを、ニーナを担いだまま歩いていく。

「トウヤ大丈夫? 重くない?」

 そう考えたニーナが、心配になって尋ねた。

「ふっ、オレをなめんなよ。これくらい屁でもねぇ」

 その心配を笑い飛ばすトウヤ。
 鬼である彼は、他の所属よりも力が強い。
 強がりとかではなく、本当に平気だった。
 ただ、ニーナにはそれが伝わっていない様子で、心配そうな表情をしている。
 忙しなさを背後から感じ、トウヤが話しかける。

「心配すんなって! マジで大丈夫だからよ」

「本当?」

「あー本当だ。何なら昔っから、リンをこうしておぶったりしてたからな。慣れっこなんだよ」

「リンちゃん……そっか」

 リンの名前を聞いた途端、シュンとなるニーナ。

「何だよ? 急にしおらしくなりやがって」

「羨ましいなぁ~って思ったの」

「何だそりゃ」

 呆れてから、ニーナを担ぎなおす。
 そこからしばらく無言のまま、二人は川辺を進んでいく。

「ねぇねぇ」

「ん?」

「何で……一緒に来てくれたの?」

 不意な質問に、一瞬だけトウヤが動揺する。
 数秒間を空けてから、呼吸を整えて聞く。

「嫌だったか?」

 ニーナがブンブンと首を横に振る。

「ただ……」

「ただ?」

「嬉しかったから、理由を知りたかったの」

 うっとりとした声で呟く
 担がれて顔が近くにある所為で、耳元で囁かれているようだ。
 トウヤも少し恥ずかしくなって、何度か咳払いをする。
 それから――
 
「昨日、昔の話とか聞いちまったからな」

 遠くを眺めながら答え出す。

「何つーか、オレが守ってやりたいって思ったんだよ。他意はねぇ」

「……そっか」

 そう言って、ニーナがトウヤの背中に顔を埋める。
 トウヤは自分の背中から、ニーナの鼓動が速くなっていることに気付く。
 互いに恥ずかしくなって、これ以上は何も話さなかった。

 しばらく進み、二人は洞窟へと足を踏み入れる。
 中は暗く、足元も覚束ない。
 ウィルの話通り、洞窟内には魔物の気配がしていた。
 しかし、魔物は二人を襲わない。
 理由は単純で、本能的にトウヤを恐れているからだった。
 野生の魔物こそ、トウヤから発せられる鬼の圧力に気付いていたのだ。
 そういうわけで安全に、二人は滝までたどり着いた。

 真実の滝――
 洞窟の奥深くに、一箇所だけ穴が空いている。
 一筋の光が、滝に注がれている。
 まさに神秘的の一言に尽きる。

 トウヤはニーナを優しく降ろす。

「ちょっと待ってな」

 一人滝へと近づいていく。
 そうして先に、ウィルから聞いた方法を実践する。
 滝の前に立った後、目を瞑って自分の名前を連想する。
 そのまま三秒間って、ゆっくりと目を開けると――

「なるほどな」

 滝には自分自身の姿が映し出される。
 トウヤの場合は、狂化した自分の姿が映し出されていた。
 そうして納得する。

 あの時ウィルが、オレが行くといった後でホッとしていた理由が、今わかったぜ。
 この滝に映し出されるのは、自分の本質的な何か。
 それが良いものとは限らねぇ。
 見たくないものを、無理やり見させられるかもしれねぇ。

「こんなに醜かったんだな」

 自分の狂化した姿を見て、ぼそりと呟くトウヤ。
 その後で、ニーナを手引きする。

「言われた通りにやってみな」

「うん……」

 同じように目を瞑り、名前を連想して目を開ける。
 そうして映し出される自分は、泣いている子供の頃の姿だった。
 これこそがニーナの本質。
 忘れたい過去であり、笑顔の裏に隠されている心だ。

「見えたか?」

「うん……見えたよ」

 ニーナの瞳は潤んでいる。
 その瞳が次に見つけたのは、優しく笑うトウヤの顔だった。

 悪いなニーナ。
 さっきオレは、一つだけ嘘をついたんだよ。
 オレが一緒に行きたいと言い出したのには、もう一つだけ理由があった。
 それが……今だ。
 俺はただ、最初にお前が見る相手が、俺であってほしいと思った。
 単なる欲なんだよ。

 心の中で、トウヤはそう思っている。
 自分からは恥ずかしくて、とても言えないと、彼は小さく笑った。
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