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20話 最後の抵抗、最初の鼻キス。

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 俺と柚夏奈がこちらでの生活も残り少ないであろうと日々を送っている中、勇者パーティーの四人は魔王エミナリスの討伐直後に勇者の最大の隙を伺っていた。

 御崎刀夜と新光一、市宮美衣香と新野心優、四人で相談した結果、魔王との戦いでわざと勇者を疲れさせて魔王討伐と同時に不意打ちからの一撃を狙うという作戦だった。

 だが、予想とは違い勇者が疲れることはなかった。なぜなら、魔王は勇者の一撃で倒れてしまった、つまり弱すぎて苦戦することもなかったのだ。

「ま、魔王が一撃だと……」
「そ、そんな、ならどうして」

 どうして私たちを呼んだ!そんな言葉に勇者は数時間後、四人の最後の抵抗を制圧してから答えた。

「もちろん、呼び出される女が目的だ」

 その不敵な笑みは相変わらずで、その強さも健在だった。

「私と心優を……」

「最低一人、多ければ四人俺様の手足となる者が異世界から呼び出され、その全員が美しい容姿をしていると知っていたから呼び寄せた」

「だったら、どうして今日まで彼女たちに手を出さなかった!」

 御崎刀夜の言葉に勇者は笑みを浮かべて言う。

「決まっているだろ、絶望してもらうためだ」
「ぜ、絶望」

「頼りにしていた男が俺様に屈する、その様子に彼女たちの心は今谷底へと落ちているようなものだ、弱った女は健気でさらに抱きがいが増すだろ」

 ただのネトリ好きだと性癖を暴露する勇者、だが、彼ら彼女らは現実でそんな奴に会う経験はまだなかっただろうから、衝撃と絶望は計り知れないものがあった。

「抵抗できない体、加えて抵抗できうる心をここで折っておけば、身を重ねる時の表情や貫通する時の表情はさぞそそるだろうな!ミユ!ミイカ!」

「……っ!」
「最低!」

 不敵な笑みの勇者と不快感を露にする二人、そして、絶望に打ちひしがれている御崎刀夜と新光一。

 抵抗は無意味で解決方法は皆無、そうなってしまえば帰路はそれぞれに違った想いを抱きながら過ごしていた。

 御崎刀夜は帰ったら目標だった医者を目指すことをもう一度心に誓い、新野心優のことは諦めようと考えていた。

 新光一は父のように平凡でも母のような頑張る人を妻にと思いながら、市宮美衣香をもう見ようともしていない。

 二人の未来に新野心優も市宮美衣香ももういない、それは願うだけ無駄だと思い知らされた。

 そんな二人と同様に、新野心優も市宮美衣香もその将来に二人の事を想い描くことはない。

 新野心優は少しでも勇者の良いところを探そうとして、その本質は見た目通り変わることはなかった。

 以前彼が言っていた通り、彼にとっては女はコレクションであり孕ませて家と土地と世話人とを付けて放置する、そして子どもの成長を確認しに行く時だけまた抱く、そんな置物のような一生が待っている。そうと分かっていても彼女はもう誰かが助けてくれるとは思っていない。

 市宮美衣香が今考えていることはどうやって元の世界へ帰るかだった。

 そもそも帰れないのは帰る方法に勇者が大きく関わっているから、つまり彼さえその気になれば彼女も元の世界へ帰れるはず。

 だがしかし、彼がコレクションとした美衣香自身を手放すわけがなかった。

「……もう、誰かあの最悪な勇者を倒してよ……そしたら何でもしてあげるし、私の身も心もあげるから――」

 そう呟く顔は悲しさと無力さに打ちひしがれているようだった。

 勇者、それは特異な存在であるがそれでいてこの世界ではある種“普通”と言えた。

 魔王が複数いる世界で勇者が複数いないわけがない。そんな自論はさておき、この国の勇者は一人だがこの世界の勇者は一人ではない。

 例えば、ザトラーダ、這いずる魔王がいる海上都市に数十年前に攻め込んだ勇者の名前はエルトン・スミス、まるでアメリカ人のような名前だった。

 他にも色々と勇者や魔王はこの世界では当たり前のようにいる。強さもそれぞれ様々なのは当然で、市宮美衣香がそんな存在に期待しない理由は現在この世界にいる勇者は目の前の最悪な勇者のみだと聞いていたからだった。

 だが、市宮美衣香は一つだけ勘違いをしていた。

 この世界で彼女、彼女らを助けることができる存在が勇者だけということはない。時にはその辺にいる異世界召喚に巻き込まれた系の男が何かの間違いで助けることにもなったりする。あくまでも可能性の話ではあるけど。

「柚夏奈、今日はどうする?」
「うんギルドに顔出しておこうよ、お金も三人のためにもう少し貯めて置きたいし、困っている人も助けたいしね」

「柚夏奈は本当に勇者みたいなところあるよな」
「え~私そんなに自己犠牲の精神はないけどな~」

 柚夏奈の勇者像は置いておいて、現在柚夏奈はこっちでしておきたいことを色々と済ませている途上である。

「太一くんはしておきたいこととかない?」
「あ~俺は……」

 あるにはある、柚夏奈とエッチなことしたいし、もっとエッチなことしたいし、極めてエッチなことしたい、けどその行為の結果帰れなくなって彼女が悲しむのは嫌だから……俺は何もしない。

 たとえ帰った際に記憶が無かったり、色々失ったとしても、今は彼女が泣かないことを優先したいし配慮したい。

「特には無いかな……やりたいことはもう毎日しているわけだし、柚夏奈とは帰ってからでも色々できるだろうしな」
「ふふ、そうだね、楽しみだな~……ね太一くん、私……はっきりさせておきたいことがあるんだけど」

 その言葉で察せないようでは、彼女を好きだとか言えるはずもない。

 男としてはここらで襟を正しておきたいところ……襟はないんだけどな……シャツだし。

「柚夏奈……はっきりさせておきたいって言うなら、それは俺の役回りだと思うわけだ」
「……そうかな、私はどっちでもいいって思うけど」

「いや、男の俺が頭下げる方だろ……柚夏奈」
「ん?なに?」

 意外と緊張してないんだな柚夏奈、ま、俺もだけど。

「俺と結婚を前提に付き合ってくれないか」

 責任というものは俺の中ではこうだ、こうでなければならない。

「……」

「え?」

「え?え!え……」

 俺の沈黙から流れて、柚夏奈の疑問の「え?」に戸惑い冷静に話の流れを思い返す。

 はっきりさせたいことがあると柚夏奈が言った、それはつまり俺たちの関係をってこと以外に思いつかない、つまりここで俺が彼女に告白するのはむしろナチュラルだ。

「わ、私……もしもどっちかが帰れないってなったらのことを考えていたんだけど……こ、告白されると思ってなかったな……でも……嬉しい」

 わ~わ~わぁぁあああ!恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!今すぐベットに倒れて転がりたい!頭を壁にぶち付けながら自身の愚かさを笑ってやりたい!

 そもそも相手が天然娘であることを忘れていた!つまり俺のミスだ!けど!こんなところでそんな先読みは反則ですよ!柚夏奈さん!

「太一くん、私も……大好き、ずっとずっと大好きです」

 そうして飛びついてきた柚夏奈は、いつものシャツでいつものスカートでいつもの笑顔で、俺のテンパりも俺の羞恥心も一緒に抱き締めてくれた。

「ああ、俺も……大好きだよ」

 もう何の言葉も要らない、なにせ俺と柚夏奈はこうなる運命だったんだ、でも。

「あ、柚夏奈……目を閉じてるところ悪いけど……キスは帰れなくなるかもだからさ」
「……え~、そんなのないよ」

「だから今は鼻先と鼻先でさ」

 俺と柚夏奈の鼻が触れ合うと、俺は鼻の油が気持ち悪がられないだろうかと不安になる。

 所謂鼻キスだ、これならまさか帰れなくなるということもあるまい……数兆分の一くらいの確率はあるかもだけど。

「鼻でキス……ずるいな~太一くん」
「……何が」

「私ばっかりキスしたかったみたいだから」
「……そんなことないよ」

 何この可愛い生物、ってたった今からこの娘俺の彼女なんですよ、信じますか?信じられませんが俺は。

 夢見心地、そんな俺はペノーとパーフが覗いていることに気が付いていて、そして、柚夏奈がそれに気が付いていることも知っていて、これで全てが丸く収まればいいなと打算的に考えていた。

「側室は何人までいいですか?」
「そ、側室なんていらないよ私」

「子どもの面倒とか、懐妊時のお世話とかもできるんですよ柚夏奈さん!」

 ペノーは子どもに関する正しい知識をどうにか得て、未だ勘違い進行中の柚夏奈さんを説得しようとしているようだが、どうやっても並行線のままだった。

 けど、そんなことも無意味なほどに柚夏奈さんはそれらの事実を知ることになる。

「柚夏奈ちゃん!」

 それは町のコルビット族で柚夏奈が日頃仲良くしているおばさんだった。

 出産に人手が足りない、なぜならコルビット族はまるで猫のように一人が沢山一度に産むらしく、今回は三人が同時に出産で大量の人手が必要になりそうで、聞けば柚夏奈は事前に色々話を聞くことになっていたらしい。

 が、急に予定が早まり、事前の知識が最小で次々と押し寄せる事実に彼女の認識はノックアウトされてしまう。

「柚夏奈ちゃん!?ぺ、ペノーちゃん!柚夏奈ちゃんが~!」

 倒れた柚夏奈は意識を数分くらい失って、目が覚めるまで俺が介抱してあげていた。

 そして、俺はこの間のカウンターよろしく彼女に言うのだ。

「おはよう柚夏奈、子どもが欲しいかい?」
「あ……う……う~」

 コルビット族から全てを事細かに教えられた彼女が、耳を真っ赤にして顔を俺の腕で覆い隠してしまったのは言うまでもなく。

 それにしても、コルビット族繁殖力……パネ~な!

 お腹の大きさが人間と変わらないのは、胎児自体が小さいからで猿以前の姿で生まれてくるからだ。

 でも、その様子は猫耳と猫の尻尾で十分に愛らしいものだった。

「あ~赤ちゃんは可愛いな~柚夏奈」

 俺は一人のコルビットの赤ん坊を抱いてあやしながら言う。

「だね……太一くん……私、が、頑張るからね」

 何を?何て無粋な事は言うまい。

「違うだろ、俺たちで頑張ろうな」

 二人して赤ん坊の顔を覗き込みながら、手を絡ませて肩を寄せ合った。

 そして、俺たちの時間は楽しければ楽しいほど早く流れて、鉄道が新幹線からリニアへと変化するように流れる。
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