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24話 執事は困惑し、勇者は怯え、姫は笑み、俺たちは互いに胸を騙る。

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 勇者は気が付くと久しく感じていなかった痛みを感じ、事前の記憶を思い返して王宮へと逃げていた。

「クライヒース!クライヒースはいるか!」
「はい坊ちゃま、ここに」

 整えられた髭の紳士、彼の名前はクライヒース、勇者パーティーの調律士であり勇者の執事でもある。

「俺様のステータスを鑑定しろ!装備もだ!後ヒーラーを呼べ!」
「はい、ですがヒーラーをどうするおつもりですか?(また事後処理が必要になるか……)」

「怪我をしたんだ!痛いんだよ!」

 勇者が怪我?言われたクライヒースが困惑してしまうのも無理はない。魔王を瞬殺した勇者が、この人間しかいない王都で怪我をするなど考えもつかないことだったからだ。

「おい、治癒士をすぐに呼べ勇者の個室へだ、では坊ちゃまステータスの鑑定をします」
「早くしろ!急がないと奴が!あの化け物がやってくる!早く対策しないと……」

 怯える様子の勇者に戸惑うクライヒースはスキルを使う。

 彼は調律士でありながら、後天的にアイテム鑑定とステータス鑑定を取得した稀有な存在だ。

「……これは……坊ちゃま、ステータスが全てマイナス値を示しています」
「なに!マイナス!……その辺の一般人よりも弱いという事ではないか!いったいどうなっているんだ!」

「……分かり兼ねます……アイテムの鑑定をいたします。……これは!アイテムのアビリティが全て変化している!」
「なに!」

 そうしてようやく勇者は俺がバットステータスになるようにした装備を諸々外して、彼本来の基本ステータスへと戻ることができた。

「アイテムのアビリティが変わるなど……聞いたことがありません」
「しかもこれらは勇者専用だぞ、どの国の勇者も着ている生まれるもしくは転移して来た時にその身に着けている玉から生成されるレリックアイテムだぞ!っくそ!何がどうなっているんだ!」

「……その坊ちゃまを殴った青年……よもや神々を超える者やもしれません」
「神を超える者?!超越者とでも言いたいのか!」

「でなければ説明のしようがないかと、アイテムの名前やステータスやアビリティを変化させるなど、魔王の中でも最強の軍を持つ冥混の魔王のみができ、カタストロフィどもが成し得るかもしれない御業です」

 クライヒースは勇者に対して主の息子であると同時に全く別の意味で彼にある感情があった。

 自身に子どもがいないため、自身の息子のように密に思い仕えてきた部分があるのだ。

 故に彼は城の聖騎士を集め、重騎士たちを集め近衛騎士たちも集めて太一たちに備えた。

「何事ですか?」
「姫様。何といいますか……勇者が何者かによって深手を負ってしまい、彼の傍付きが慌てて兵を集めているとか」

 城内の兵の慌ただしさに姫も兵士に声をかける。兵士は困惑した様子で説明すると姫は少しだけ服を握りしめた。

「勇者が深手?よもやタイチ様とユカナ様が相手ではないのですか?」
「例の騎士団全裸事件の犯人と称される二人組のことですな」

 姫は顔を兵士から逸らすと口元に笑みを浮かべて呟く。

「なら、少しだけ希望が持てるかもしれませんね……」

 王宮の入り口、複数の兵がいる前に堂々と歩いて入るのは市宮美衣香と新野心優だ。

 兵士も騎士ももちろん魔王討伐の功労者である二人を止めることはない。その傍で認識から外れた二人が歩いて入って行ったとしてもだ。

「上手く入れたね、太一くん」
「……後は二人の荷物をとってくるだけだ、勇者の杖は帰り道に落ちてたやつを拾ったし、すぐにでも帰ることができるよ」

 太一にそう言われ新野も市宮も笑みを浮かべる。

「帰れるのね私たち……」
「そうね……その前に、おっぱい大きくしたいだけど、羽生くんその辺どうなの?」

 太一は嘘偽りなく彼女の問いに答えた。

「帰る前なら何とかなるかもだけど、この世界でのみ発揮される効果という可能性かもしれないのと、もし大きくなっても帰ったら元通りって可能性もある」
「え!……でも一日だけでもいいから大きくなった胸で過ごしたい!」

「正直な人だな……」

 彼らが市宮と新野の部屋へ到着すると、扉の前で一人立っている者がいた。

「あれは」
「姫様?」

 太一と柚夏奈は立ち止まり、市宮と新野は姫に声をかける。

「どうしたのお姫様」
「……二人だけですか?トウヤ様とコウイチ様はどちらに?」

 二人は視線を合わせて表情を俯かせながら言う。

「二人は勇者に帰らされました」
「私たちが転移門に到着した時にはもう帰った後で……諦めて帰ってきたんです」

「……で、勇者に負傷を与えた方はどちらに?」

 顔を見合わせる二人に太一は市宮に振れ、そうして現れた太一に柚夏奈が触れると姫に認識される。

「俺が勇者を殴ってぶっ飛ばした人です」
「……私は彼の~奥さんです」

「やはりお二人でしたか、何となく予想はしていましたよタイチ様ユカナ様」

 内心、ちゃっかりアピールする柚夏奈さん可愛い!と思いつつ姫の話半分しか聞いていなかった生返事を返す。

「そうそう、俺と柚夏奈はいつも一緒だからさ」
「そんなお二人に勇者に関して重要なことをお伝えしたくて私は参ったのです」

 その言葉にも太一は、柚夏奈が俺の腕に胸押し当ててる、何その上目遣い超可愛い!と思いながら耳半分で返事を吐く。

「そう!俺と柚夏奈は重要な件で参ったのですよ!」
「……は?」

 さすがの姫もその対応に感づいて太一に笑みを向けながら内心、私を無視して柚夏奈さんに夢中なんて……妬けますね、となってしまう。

「タイチ様……」

 そう言て体を太一に預ける姫に柚夏奈はムッとした表情で睨み、市宮も新野も驚きを露にする。

「理由は分かってますよお姫様、勇者と結婚したくはないあなたは俺に彼を躾けてほしい、もちろんそれで勇者と結婚が無くなるとは思ってないし、そうなった時の保険が欲しいというところでしょう」

「……見立て間違いでしたね、あなた様はとても策謀に富んだ方だったのですね……そう、私は勇者と結婚するでしょう、ですがその前に彼の性格を変化させておいてほしいのです」

 太一の言葉に市宮と新野は驚きを表すが、柚夏奈だけは当然の様に驚きもしない。

 太一くんは元々そういう人だもの、グループで話し合いをする時は最善の選択肢を差し出しその上で自分ではなくみんなで選んだように誘導するような人……ずっと見てたから、太一くんを気にし出してから半年くらい。

 そんな柚夏奈の想いは笑みになって表れ、太一はそれに気が付いて声をかける。

「お姫様を助ける手伝いくらい俺たちならどうってことないだろ?」
「うん、そうだね」

 めっちゃ笑顔なんですけど、怒ってる?柚夏奈さん怒ってる?

 と内心怯えていることを太一は上手く誤魔化せているが、柚夏奈の好意の笑みが不敵な笑みに見えてしまうのは彼に疚しい気持ちがあるからだった。

 姫の胸が意外にも大きく柔らかかったことが触れられた時に分かったのがその理由だ。

 彼女の胸はあまり目立たないように布で押さえつけているため、見た目では普通の大きさに見えているが、実際に触れると厚みと弾力から大きいと分かってしまう。

「タイチ様が結婚して下さるのなら、一芝居の必要も無いのですが……どうやらユカナ様がお許しにならないようですのでそれは諦めます、だからせめて勇者のあの性根を去勢しておいてくださいますようにお願いいたします」
「分かりました、私と太一くんで何とかします」

「いやいや、俺だけで十分だよちょっと脅せばいいんだよね?」
「ううん、太一くんじゃだめだよ、女の私が勇者をぎゃふんって言わさなきゃね」

 またその聖剣全裸セイバーを振るうつもりなのかい!しかもぎゃふんって今時聞かないよそれ!

 そんな事を思いつつ、太一は勇者に対して勇者特攻が効果が無いことを思い出してその剣のアビリティを変化させる。

「勇者特攻を威圧強化に替えたから一振りで去勢できるよ」
「うん、二度と女の子に悪戯できないくらい去勢しておくね!」

「あ~うん(その去勢はまったく別のものを去勢しようとして言っているように聞こえるよ柚夏奈さん)」

 二人の仲の良さに市宮はどうにか混ざろうとするが、その間はただただ見ているしかできないと悟ると新野の胸に視線を向けて一言。

「おっぱい大きくなったらまず何したい?」
「……揉むんじゃないかな……で、小さい胸の人を見て哀れむとか?」

「ミユの性格がねじ曲がっちゃってる!もう、胸の事になると直ぐ豹変するんだから」
「仕方ないじゃん!やってみたかったんだもん!」

 と言いつつも本当に彼女は胸が大きくなったらそれをやるつもりである。しかもその相手は実の妹で、日頃少しだけ大きなその胸に何度となく見下された彼女は間違いなくドヤ顔で妹を見下すだろう。

「本当にするわけないじゃない、もう、ミイちゃんも胸大きいけど見下さないでしょ?」
 嘘である。彼女はもしも市宮美衣香より大きくなった時には彼女も見下す気でいる。

「うん、まぁね、見下すことよりも大きいのは大変だって思うのが先だからね」
 嘘である。彼女も嫌いな女の子に対してだけわざと胸の大きさを強調して見下したことがある。

「二人とも胸なんて飾りだよ、大事なのは内面だよね太一くん!」
 嘘である。太一が胸が大きな女の子が好きだと知っていて、何度も彼の視界に胸を目立つように彼女は振舞っていた。

「そうだな、俺も柚夏奈のドジなところに胸キュンして惚れたし、好きになった人がたまたま大きな胸をしてただけだし」
 事実ではあるが嘘でもある。彼はドジなところに惹かれたのは間違いないが、半分以上は間違いなく胸ありきであり柚夏奈の胸で妄想を膨らますのは日々の日課だ。

 互いに嘘を吐いているものの、太一が部屋へ入ろうと扉に手を触れたことで彼女らもその件は忘れることになった。
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