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第4滑走
欧州選手権開幕
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──冷たい氷の感触が、今夜に限ってやけに遠かった。
プラハ開催、欧州選手権。
ヴォルフィーの演技は、信じられないようなミスから始まった。
最初の4T(4回転トゥループ)は、踏み切りこそ勢いがあったものの、着氷で大きくステップアウト。氷を蹴りながら体勢を立て直す姿に、観客からも息をのむような声が漏れた。
続く3A(トリプルアクセル)は、バランスを崩しながらも辛うじて2Tをつけてコンビネーションを成立させたが──着氷後の流れはほとんどなかった。
極めつけは、ラストの3Lz(3回転ルッツ)。助走からして違和感があり、飛び上がった瞬間、1回転に抜けてしまう。思わずヴォルフィー自身が苦い笑みを浮かべたほどだった。
スピンやステップも、いつものようなキレと余裕はなく、ところどころで回転速度が乱れる。演技構成点も伸びず──出たスコアは、68.23。
あまりにも彼らしくない数字だった。
場内が微妙なざわめきに包まれる。
観客の中には信じられないという顔もあれば、面白くなってきたと笑う者もいた。
控え室のモニター前で、ヤンは目を見開いた。
──15位……?
普段なら余裕で90点台、首位争いは当たり前の彼が、まさかの15位発進。
それも、点差的に逆転優勝はかなり厳しい。
ちなみにこの日、首位に立ったのは、ショートで自身初の“完全ノーミス”を決めたヤンだった。
《道化師》という難曲を、冷静に、そして情熱的に演じきり、得点は92.85。
安定感が増した4Sに加え、演技構成点でも高評価を受けての堂々の首位。
だが──その表情は、勝者のものではなかった。
「……大丈夫かな」
そう思わず呟いたヤンの背後から、乱れたダークブラウンの髪をタオルでぐしゃぐしゃに拭きながら、ヴォルフィーがひょいと顔を出した。
「おー、首位おめでとさん」
タオル越しに軽くウインクしてみせる彼の顔は、あきれるほど飄々としていた。
まるで数分前のミスが演出ででもあったかのように。
「俺のことより、自分の心配しろよ」
「えっ……」
「まさか、優勝できるチャンスだとか思ってないよな?」
一瞬たじろいだヤンに、ヴォルフィーはにやりと笑って肩をすくめた。
「氷が合わなかった。それだけの話さ。明日は巻き返すから、楽しみにしてろよ」
その目は、いつも通りだった。
自信満々で、どこまでも挑戦的で──まるで、ミスしたことすら楽しんでいるかのように。
「まったく……」
ヤンは呆れたようにため息をつきつつも、胸の奥がざわめいた。
この男が、このまま終わるはずがない。
明日のフリー、必ず“獣”のように襲いかかってくる。
そして、それを超えなければ──自分の優勝はない。
(でも……俺だって、もう逃げない)
ヤンは、心の中で静かにそう呟いた。
プラハ開催、欧州選手権。
ヴォルフィーの演技は、信じられないようなミスから始まった。
最初の4T(4回転トゥループ)は、踏み切りこそ勢いがあったものの、着氷で大きくステップアウト。氷を蹴りながら体勢を立て直す姿に、観客からも息をのむような声が漏れた。
続く3A(トリプルアクセル)は、バランスを崩しながらも辛うじて2Tをつけてコンビネーションを成立させたが──着氷後の流れはほとんどなかった。
極めつけは、ラストの3Lz(3回転ルッツ)。助走からして違和感があり、飛び上がった瞬間、1回転に抜けてしまう。思わずヴォルフィー自身が苦い笑みを浮かべたほどだった。
スピンやステップも、いつものようなキレと余裕はなく、ところどころで回転速度が乱れる。演技構成点も伸びず──出たスコアは、68.23。
あまりにも彼らしくない数字だった。
場内が微妙なざわめきに包まれる。
観客の中には信じられないという顔もあれば、面白くなってきたと笑う者もいた。
控え室のモニター前で、ヤンは目を見開いた。
──15位……?
普段なら余裕で90点台、首位争いは当たり前の彼が、まさかの15位発進。
それも、点差的に逆転優勝はかなり厳しい。
ちなみにこの日、首位に立ったのは、ショートで自身初の“完全ノーミス”を決めたヤンだった。
《道化師》という難曲を、冷静に、そして情熱的に演じきり、得点は92.85。
安定感が増した4Sに加え、演技構成点でも高評価を受けての堂々の首位。
だが──その表情は、勝者のものではなかった。
「……大丈夫かな」
そう思わず呟いたヤンの背後から、乱れたダークブラウンの髪をタオルでぐしゃぐしゃに拭きながら、ヴォルフィーがひょいと顔を出した。
「おー、首位おめでとさん」
タオル越しに軽くウインクしてみせる彼の顔は、あきれるほど飄々としていた。
まるで数分前のミスが演出ででもあったかのように。
「俺のことより、自分の心配しろよ」
「えっ……」
「まさか、優勝できるチャンスだとか思ってないよな?」
一瞬たじろいだヤンに、ヴォルフィーはにやりと笑って肩をすくめた。
「氷が合わなかった。それだけの話さ。明日は巻き返すから、楽しみにしてろよ」
その目は、いつも通りだった。
自信満々で、どこまでも挑戦的で──まるで、ミスしたことすら楽しんでいるかのように。
「まったく……」
ヤンは呆れたようにため息をつきつつも、胸の奥がざわめいた。
この男が、このまま終わるはずがない。
明日のフリー、必ず“獣”のように襲いかかってくる。
そして、それを超えなければ──自分の優勝はない。
(でも……俺だって、もう逃げない)
ヤンは、心の中で静かにそう呟いた。
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