偽りの道化師(パリアッチ)

あや

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第4滑走

ヴォルフィーFS直後 ルイ先生とレメーニ

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リンクサイドの控室裏。
薄手のカーテン越しに、スタンディングオベーションの拍手が遠く反響している。

レメーニは頭を軽くかきながら、静かに呟いた。

「……これは、私も叱られる流れですね。たぶん」

横で腕を組んでいたルイ先生が、わずかに眉を動かす。

「怒る気にもならんよ、あれじゃ」

「4Loを2回。それも冒頭と8本目……正気の構成ではないですね」

「そもそも"正気”でプログラムを滑る奴なら、あんな選曲はしない。お前もそう思うだろ」

「……パガニーニでしたね。技巧の悪魔」

「まったく、よく似合う」

 

ルイ先生は、ほんの一瞬だけモニターを見つめてから目を伏せる。
そして、わずかに笑った。

「……でも、全部成功させるんだから困る」

「困る?」

「コーチとしては、だ」

「親としては?」

ルイ先生は沈黙する。
数秒の間のあと、ぽつりと呟く。

「……誇りに思ってるよ」

 

レメーニは驚いたように目を丸くし、思わず笑った。

「今の、録音しておけばよかったですね」

「するな」

 

ふたりの間に、わずかな静けさ。
レメーニはバイオリンケースを傍らに置き、ヴォルフィーが最後に跳んだ4Loを思い返す。

「彼なりの、“表現”だったんでしょうね。音ではなく、跳躍で語る…と」

そう言いながら、レメーニは無意識に指先でヴァイオリンケースを撫でる。

(だが、それでも──自分は、あれを“音”で超えられるだろうか)

演奏家としての誇りが、ほんの少しだけ揺らぐのを感じた。



「だが、あれを評価するかどうかは……ヤン次第だ」

 

ルイが静かに立ち上がる。

すると、少し離れた壁際から、柔らかな足音と衣擦れの音が聞こえた。
控室の奥で、ヤンが静かにウォームアップをしていた。

スケート靴の代わりに軽いシューズを履き、呼吸を整えながら身体を動かしている。
肩甲骨をゆっくりと回し、足を軽く弾ませて──それでも彼の気配はすでに、リンクに向けられていた。

精神の芯を研ぎ澄ますような沈黙。
すでに、演技は始まっているのかもしれない。

ルイの目が、その方へ静かに向く。

「……行くぞ。そろそろ“答え”を見せに」

 

レメーニは目を細め、黙ってうなずいた。
最終滑走。
ヤン・ライサチェク。
彼の演技が、この夜の結末を決める。


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