12 / 19
第2楽章
月明かりの夜
しおりを挟む演奏を終えた後も、二人の間には微かな沈黙が漂っていた。
アーシャはそっとギターをケースに収めると、深呼吸するように一つ息を吐き、静かに立ち上がった。レメーニは彼女の仕草を見守りながら、まだ心が音の余韻に揺れているようだった。
ふと、アーシャが言う。
「……少し、歩かない?」
レメーニは驚いたように瞬きをしたが、すぐに柔らかく笑った。
「はい。喜んで」
二人は、静まり返った夜の道を並んで歩いた。
街灯の明かりが、時折二人の影を伸ばし、また重ねる。
肩が触れるほどの距離なのに、どちらもその距離を詰めようとはしなかった。
アーシャは、少し早足になって、前を向いたまま言う。
「……明日、早いから。今日はもう帰る」
「……そうですね」
ほんの少しの沈黙が、その言葉のあとに続いた。
レメーニの歩みが自然と緩む。別れを受け入れようとした、その時──
「……あんまり、待たせるのも悪いから」
その声が小さく、けれどしっかりと彼の胸に届いた。
レメーニは視線を上げ、ゆっくりとアーシャを見つめる。
彼女は一歩先を歩いていたが、ふいに振り返り、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「……今夜は、泊まってもいい?」
その言葉に、レメーニは驚きと喜びが一度に押し寄せ、胸の奥があたたかくなるのを感じた。
けれど、浮かれた様子を見せずに、優しく問い返す。
「本当に……いいんですか?」
アーシャは少しだけ目を伏せたあと、顔を上げて、ごく小さく、でも確かに微笑んだ。
「……ミクローシュが、ずっと待っててくれたから」
彼女は、ようやくその名を口にした。
レメーニの胸が、ゆっくりと熱を帯びていく。
まるで、長い冬の終わりに差し込む春の陽射しのように。
「……ありがとう、アーシャ」
小さく、互いの手が触れる。
アーシャは一瞬だけ戸惑ったように瞬きし、けれどそっと彼の手を握り返した。
その手が離れないまま、二人は寄り添って、ゆっくりと歩き出した。
⸻
部屋の灯りは落とされ、月明かりだけが、静かに床を照らしていた。
レースのカーテン越しに差し込むその光は、柔らかくアーシャの髪に触れ、銀の糸のように輝いている。
ふたりはベッドに腰をかけ、しばらく視線を交わしたまま、何も言わなかった。
その“間”が、すべてを語っていた。
レメーニは、そっとアーシャの手を握り、もう片方の手で彼女の頬に触れる。
アーシャは、ゆっくりとまぶたを伏せた。
「……緊張してるの、分かるよ」
小さな声で言いながら、彼女は自分の額を彼の胸に預ける。
レメーニの鼓動が、彼女の耳に静かに響く。
「アーシャは、平気なんですか?」
「……ううん、全然」
笑いながら、けれどその声は少し震えていた。
だからこそ、二人はそっと、静かに、抱きしめ合った。
そのぬくもりに身を預けながら、レメーニは彼女の髪にそっと唇を落とす。
アーシャの肩がわずかに揺れた。
そして、彼女の手がレメーニの背中にまわる。
唇が触れ合う。
それはゆっくりと、でも確かに、互いを受け入れるためのキスだった。
やさしく、深く、長く。
アーシャがそっと目を開けて、月明かりの中で彼を見上げる。
「……夢みたい、ほんとに」
「夢じゃないです。アーシャがいてくれる」
その一言で、アーシャの表情がほどける。
指先でそっとレメーニの胸元をつかむ。
「じゃあ……ちゃんと、大事にして」
「一生かけて」
レメーニはそう言って、もう一度アーシャをそっと抱き寄せた。
カーテンが揺れ、月の光が、静かに二人の影を重ねていた。
季節は確かに変わろうとしている。
その夜、言葉はいらなかった。ただ、温もりだけがすべてを伝えていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる