春風のカンタービレ

あや

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第2楽章

月明かりの夜

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演奏を終えた後も、二人の間には微かな沈黙が漂っていた。

アーシャはそっとギターをケースに収めると、深呼吸するように一つ息を吐き、静かに立ち上がった。レメーニは彼女の仕草を見守りながら、まだ心が音の余韻に揺れているようだった。

ふと、アーシャが言う。

「……少し、歩かない?」

レメーニは驚いたように瞬きをしたが、すぐに柔らかく笑った。

「はい。喜んで」

二人は、静まり返った夜の道を並んで歩いた。
街灯の明かりが、時折二人の影を伸ばし、また重ねる。
肩が触れるほどの距離なのに、どちらもその距離を詰めようとはしなかった。

アーシャは、少し早足になって、前を向いたまま言う。

「……明日、早いから。今日はもう帰る」

「……そうですね」

ほんの少しの沈黙が、その言葉のあとに続いた。
レメーニの歩みが自然と緩む。別れを受け入れようとした、その時──

「……あんまり、待たせるのも悪いから」

その声が小さく、けれどしっかりと彼の胸に届いた。

レメーニは視線を上げ、ゆっくりとアーシャを見つめる。
彼女は一歩先を歩いていたが、ふいに振り返り、少しだけ恥ずかしそうに笑った。

「……今夜は、泊まってもいい?」

その言葉に、レメーニは驚きと喜びが一度に押し寄せ、胸の奥があたたかくなるのを感じた。
けれど、浮かれた様子を見せずに、優しく問い返す。

「本当に……いいんですか?」

アーシャは少しだけ目を伏せたあと、顔を上げて、ごく小さく、でも確かに微笑んだ。

「……ミクローシュが、ずっと待っててくれたから」

彼女は、ようやくその名を口にした。

レメーニの胸が、ゆっくりと熱を帯びていく。
まるで、長い冬の終わりに差し込む春の陽射しのように。

「……ありがとう、アーシャ」

小さく、互いの手が触れる。
アーシャは一瞬だけ戸惑ったように瞬きし、けれどそっと彼の手を握り返した。

その手が離れないまま、二人は寄り添って、ゆっくりと歩き出した。



部屋の灯りは落とされ、月明かりだけが、静かに床を照らしていた。
レースのカーテン越しに差し込むその光は、柔らかくアーシャの髪に触れ、銀の糸のように輝いている。

ふたりはベッドに腰をかけ、しばらく視線を交わしたまま、何も言わなかった。
その“間”が、すべてを語っていた。

レメーニは、そっとアーシャの手を握り、もう片方の手で彼女の頬に触れる。
アーシャは、ゆっくりとまぶたを伏せた。

「……緊張してるの、分かるよ」

小さな声で言いながら、彼女は自分の額を彼の胸に預ける。
レメーニの鼓動が、彼女の耳に静かに響く。

「アーシャは、平気なんですか?」

「……ううん、全然」

笑いながら、けれどその声は少し震えていた。
だからこそ、二人はそっと、静かに、抱きしめ合った。

そのぬくもりに身を預けながら、レメーニは彼女の髪にそっと唇を落とす。
アーシャの肩がわずかに揺れた。
そして、彼女の手がレメーニの背中にまわる。

唇が触れ合う。
それはゆっくりと、でも確かに、互いを受け入れるためのキスだった。
やさしく、深く、長く。

アーシャがそっと目を開けて、月明かりの中で彼を見上げる。

「……夢みたい、ほんとに」

「夢じゃないです。アーシャがいてくれる」

その一言で、アーシャの表情がほどける。
指先でそっとレメーニの胸元をつかむ。

「じゃあ……ちゃんと、大事にして」

「一生かけて」

レメーニはそう言って、もう一度アーシャをそっと抱き寄せた。

カーテンが揺れ、月の光が、静かに二人の影を重ねていた。
季節は確かに変わろうとしている。
その夜、言葉はいらなかった。ただ、温もりだけがすべてを伝えていた。

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