帝国に売られた伯爵令嬢、付加魔法士だと思ったら精霊士だった

紫宛

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本編

閑話 逃亡

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何がどうして、こうなった……!

「お父様っ!もう無理……走れないっ!」
「頑張りなさいっ!闇に掴まったら、殺されるっ!奴らに食われた人間がどうなったか見ただろう?!」

何故かフラウゼル王国に連続で起きた災害……精霊神の怒りと思われたそれは、収まることなく益々酷くなるばかり。

我がシルヴィアス家に助けを求める声も、後を絶たなくなった。

それに加え……

儂は妻を見た。
ある日急に、妻は激痛と吐き気に襲われその姿を一変させた。
艶やかで美しかった髪は抜け落ち、翡翠の瞳は色を無くした。豊満な肉体は痩せ細りやつれ、今は見る影もない。

走る事も出来ない妻を兵士に担がせて、全力で奴らから逃げる。本当なら、妻を置いて逃げようと思った…が、まだ魔力が尽きた訳ではない。まだ、使い道はあるだろう。


休む事も止まる事も許されない。
食われたくなければ、全力で走るしかないっ!

途中で馬車は、破壊されたのだから……!

「もうすぐ、国境だっ!」
「蛮族共め、セシリアを送ってやったのだ!恩を返すのが道理!」

そうだ、隣国にはセシリアがいる!セシリアを送ってやった恩返しを、奴らはするべきだ!

それにセシリアも、育ててやった恩を返すべきだ!

彼らは自分達がセシリアにした事を忘れ、恩を返せとのたまった。
更には役立たずと言っていたセシリアを送り付け、隣国から大金を受け取ったにも関わらず、助けろと言う無神経さ……

セシリアは既に、隣国で居場所を見つけ皆に愛されている。マナーを身につけ、淑女として成長しつつあった。自分の意思を持ち、意見を言えるほどに…

まだ、シルヴィアス家から受けた傷は完全には消えないけれど、それも癒える日が近いうちに訪れるだろう。

そんな彼女が……自分を捨てた人達を助けたいと思うだろうか。優しい彼女でも、無理がある。

「父上!国境ですっ!」
「よしっ!」

漸く国境まで来れたなっ
儂らが無事にここまで来れたのは、魔晶石のお陰だ。災害が起き始めてから、自分たちの為に作っておいたのだっ!

はっ?
助けを求めてきた市民など、当然蹴り飛ばして追い出したわっ!あんな奴らを助けるよりも、自分たちの命の方が重く貴重だからだ!

おかげでここまで逃げ切れたのだからな!



国境を超えると、景色は一変した。

「お父様……私、夢でも見てるのかしら?」
「どういう事なの?」

暖かな日差しに、瑞々しい樹木…

ここは、本当に蛮族が支配する土地なのか?
国境に配備されている騎士なのに、真面目に仕事をしているようだ。

「おいっ!儂はシルヴィアス家当主であるっ!愚民共より先に儂たちを通せっ」
「申し訳ありませんが、出来かねます。最後尾までお戻り下さい」
「何だとっ!?」

列を抜け前に行き、騎士に詰寄る。
儂は付加魔法士で、シルヴィアス家当主だぞ?!
融通を利かすのが普通だろうっ!!

そこに、他の騎士が慌てた様子で駆け寄ってきた。儂の対応をした騎士に何事か耳打ちすると、騎士は「申し訳ありません」と謝った。

「儂にこんな対応をして、本来なら首だぞっ!」
「申し訳ない、私の部下が失礼を働いたようで」

奥から来たのは、上官だろうか…他の騎士よりも立派な装いだ。

「貴様が、ここの責任者か?!」
「はい、近衛騎士団団長を務めております、ヴォルド・ハルジオンと申します」

近衛騎士団団長だと?
ほう、蛮族にも話が通じる者が居そうだな。

「儂は、バルディオス・シルヴィアスだ。娘がこの国に居てな、先に通して貰いたい」

儂が名乗ると、目の前の男は顎に手を当てて考え込む仕草をした。

そしてヴォルドと名乗った男は近くの騎士に何かを指示し、指示された騎士は小屋の方に走り去って行った。

奴が儂を見る視線は、まるで睨んでいるようで苛立ちが募る。

「おいっ!何とか言ったらどうなんだっ!!」
「…と、申し訳ない。直ぐに対応致しますので少々お待ち下さい」

小屋の方に向かった騎士が、何人か仲間の騎士と馬車を引き連れて戻ってきた。

ほぅ、馬車を用意するとは気が利くではないかっ!

ヴォルドとかいう男は、他にも指示するとようやく儂に向き直った。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません。馬車を用意致しましたので、どうぞお乗り下さい」
「うむ、ご苦労」

儂は用意された馬車に乗り込んだ。馬車は2台用意されていて、儂と妻、子供達で分けて乗り込んだ。

近くの街までしか出さんと言ったが……まぁ良い、街でゆっくりしてから帝都に向かうとするか。

もしくわ、セシリアに迎えに来させるか…

「おい、ヴォルドと言ったか?」

ヴォルドが爵位を名乗らなかったから、バルディオスは知らなかったが……彼は侯爵家だ。伯爵であるバルディオスが、偉そうに出来る相手では無かった。

「ん?なんですか?」

だが、ヴォルドは不機嫌になる事はなく丁寧に接した。

「帝都に住む儂の娘に、手紙を出したいんだが…」
「娘さん?ですか……」

ヴォルドとかいう男は、難色を示しつつも「分かりました」と言い、紙をよこしてきた。

(なんだ?)

「じゃ、頼んだぞっ」

バルディオスを乗せた馬車は、街に向けて出発して行った。

ヴォルドは、バルディオス家についてはシェイドに聞いた事しか知らなかったため、ここまで酷いと思っていなかった。

「何を書いたんだ?」

バルディオスから託された手紙を開けば…

【無能で役立たずなセシリアよ、お前が役に立つ時が来たぞ。儂らが普段の生活を送れるように、王に口利きしろっ!
 貴様に付加魔法の能力はないが、奴らはシルヴィアス家の血が手に入ったのだ!上手く話し、儂らを王に会わせろ!良いなっ!
 それから、儂らがこの国に残る事にしたから貴様は要らん!儂らが着いたら、お前は再び下働きでもしていろ!よいなっ!】

最後まで読む前に、手紙を握りしめていた。

「クソがっ」
「だ、団長?」

部下の騎士が恐る恐る俺の顔を見るが、そんな事を気にしていられない。

直ぐにアインス様と、リヒテル宰相に手紙の内容を伝えた。
先程、バルディオスが来た事も伝えてはいたが、今回の手紙の件も伝える事となった。


セシリア嬢のお陰で、我が国は魔獣が減り騎士への負担も減ったのだ。

聖の精霊王、ヴァル殿のお陰で……

毎月、多くの被害を出していた魔獣討伐は無くなり、瘴気に犯される者も減った。
騎士の妻や、騎士を家族に持つ家は皆セシリア嬢に感謝を寄せている。

このような扱いを受けていると知れば、多くの貴族が彼らに反感を持ち断罪するだろう。
セシリアの見ていない所で、殺しかねん。

兎に角、シルヴィアス家がセラフィム帝国に入ったことと……ヴァル殿からの情報で、フラウゼルの国王も国境まで逃げ切るだろうとの事だから…

まぁ、シルヴィアス家の連中は副団長が監視してるから問題ないだろう。
街に行った後は、馬車を引き帰らせるよう御者の騎士に伝えておいた。

副団長だけは残り、シルヴィアス家の動向を探るよう命を出しておいた。

帝都に入るようなら、知らせるように言ってある。

彼らはもう二度と、逃げる事も、生きる事も出来ないだろう。セシリアが許しても、俺は許さない。何より、リヒテルが許さないだろう、決して。





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