ここは西の果て 恋する魔法姫は兄を身代わりに海を越える

原李子

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第四章 周辺の影

ここは西の果て 恋する魔法姫は兄を身代わりに海を越える

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 「ここでの生活は慣れましたか?エマ先生。」講義室に向かう途中、ヤコブ氏に話しかけられる。エマとは、ここでの呼び名。ヤコブ氏は、こちらで世話になっている人物だ。所々白髪の混じったとび色の髪に、灰色の眼をもつ温厚そうな壮年の男性で、ルクスの、有力な人物だ。
 「なんとか。」兄様を見直してもいる。こちらでは、私も兄様と同じく、フェル語、ルーイ語、神聖国語などを教えている。学生は、時に実用的な応用についても聞きに来る。質問に来る者も多い。
 「質問ですか…。まあ。」意味ありげな顔をする。
 「学生さんは、熱心でとても、やりがいがあります。私も勉強になります。」と微笑むと
 「それはよかった。」と言われる。
 ルクスの立ち位置は難しい。兄様は、あまり気にしてはいなかったようだが。ルクスを含むネディ自治領は、ルーイ王国の領土と神聖国の領土を行ったり来たりしている。そして、ルーイ王国は、神聖国と接することを避けるため自治領にしている。何故国境があるかといえば、同じ宗教の、言語違い、である。神聖教を母国語に訳すか、神聖語のまま信仰するか。神聖語のままだと、神聖国まで敬わなければならない。神の代理人の集まった国。大昔から、神聖教はあったけれど、随分仰々しくなったものだ。話に聞くのと、実物は違う。ちなみに、神聖教では、四人の仙女は、それぞれの地域で布教を手伝い、戦を終わらせた聖女になっている。彼女たちの逸話や活動地域は場所によって違うし、本人に似ても似つかない聖画が残っている。
 「しかし、流石に慧眼ですな。」とヤコブ氏が言う。
  ウォールの城に来た貴族は、神聖国のものだった。神聖国自体はフェル王国やルーイ王国に戦をしかけ、財政が破綻し、ネディ自治領の商人からいろいろ搾り取っている。なので、金などないはずなのに。贅沢の限りを尽くし、船まで注文したと。非常にきな臭い。私が見た未来も、非常に凄惨だった。
 「船の製作は待たせております。調べがつき次第報告いたします。」
 「よろしくお願いいたします。」そう。教師をしつつ、調べてもらっていたのだ。
 あの貴族の従者の方は、こちらの紹介だった。胡散臭い感じだったので、見張りとして潜入させていたらしい。
 「あ、先生。」にこやかに挨拶してくる。休みの日は、そっと抜け出しこちらに来る。黒髪長身。精悍な顔つき。
 「こんにちは。エルンストさん。」というと、ちょっと止まって
 「学生が羨ましいな。」と少し照れつつ言う。
 「そうですね。ここの教育環境もカリキュラムも素晴らしいと思います。」と言うと
 「そういう事ではないんだけど…。」と言われた。

  数日前、非常に珍しい女性の教師がきた。語学教師とのこと。ガリガリの老嬢を想像していたが予想と違って非常に麗しい。学生が質問する様子を見ていると、非常に誠実かつ真面目な人柄が見て取れる。…下心とか思わないらしい。何故か違う教科のことまで聞かれていて、それにも答えていた。なんとなく
 「学生が羨ましいな。」ぽろっと。
 「そうですね。ここの教育環境もカリキュラムも素晴らしいと思います。」とキラキラした目で真面目に答える。
…直視できない。自分の顔が赤くないといい、と思った。

 「ただいまぁ。」とローズが帰ってくる。時々狩りに行ってるようだ。
 「おかえり。丁度良いところに。ちょっと聞きたいことがあったんだ。」ほんとに。
 「最近盗賊が出るところが、ここなんだけど。」と地図をさす。印がある一点に固まっている。
 「うん。ジョージにも相談しようと思う。ひょっとしたら、妹も気が付いてると思うけど、ルクスから、近いんだ。妹に伝えるやり方、教えてくれ。」

 兄様が使っていた部屋につく。商会の一室。本が大量にある。本にかからないように、チーズと黒パンを食べる。ここでの生活はヤコブ氏が見てくれている。食事なども最初はごちそうを用意してくれていたが、そこまで食べれないのでいる分量を厨房にとりにいく。一応、”グリンダ”はどこに嫁ぐか分からないので最低限のことは自分でできる。召使の人たちも最初は気にしていたが、最近はあまり気にしなくなった。
 エルンストさんは、私がグリンダではなく、他人の空似と思っているようだ。私も、ここにいる理由を説明するのは難しい。なんとなく、日々無事を確認して…それ以上は…会話できなかったりするのだが。
 …神聖国兵士の反乱。戦争は終わっているはず。なのに。無抵抗の市民を、一方的に襲う理由。そして、襲い掛かる凶刃からかばって…。
 私は、予知はほとんどない。なのに、見えた。多分ふせぐことができるのかもしれない。
 いつもなら、警備兵にいうだけだが、それとは別のなにかが引っかかった。
 『エマ』頭の中に声がする。…兄様?
 『どうしたんですか。』
 『盗賊が出る地域が、ルクス付近に固まっているんだよ。それが気になって。』
 『…盗賊。そうですか。ありがとうございます。気を付けます。』
  盗賊。どこのものだろう。
 
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