8 / 26
第7話 人越者
しおりを挟む
「お嬢~、お茶と軽食をもってきましたよ~ん、これでお仕事がんば……ってだれだネ、キミは!」
やむなく艶麗さんという女性を室にまねき入れたころ。
こんどは灰色のあご髭をたくわえた、やたら陽気な男性がやってきた。
松君さんというらしいその人は、もしかしなくても、艶麗さんの関係者だろう。
* * *
(黒髪なんて、日本じゃ当たり前だったのに)
古代中国を思わせる文明。
この異世界で暮らす人びとは、茶や灰色の髪がほとんどだ。
次いで赤、青、緑、金、紫の髪。これくらいはまぁまぁいる。
だけど黒髪はまったくいない。いたとすれば別格のあつかいを受ける。たとえば神のように畏れられ、崇められる、とか。
理由をきいても、学のない田舎の村人たちは、「とにかくむかしから、『黒髪さま』は神さまの使いなんだ!」とバカのひとつ覚えみたいにくり返すだけだった。
なら『黒髪の人魚』は、まさしく人ならざるモノ、『神さまの使い』とやらなわけだ。
「あたしらがきいた人魚さまってのは、黒髪のお嬢さんって話だったけど?」
「青髪の小僧で悪かったですね。信じられないならどうぞ、そのへんの池にでも突き落としてください」
不思議なことに、茶杯の水をぶっかけられた程度じゃ、僕のからだはうんともすんとも言わない。
乾くのがとうてい追いつかないほどびしょびしょに全身が濡れて、やっと『人魚化』する。
「待ちたまえ、少年」
「なんですか」
「池? 海水じゃなくてもいいのかネ?」
「……淡水でもふつうに大丈夫ですし。それと、陸での呼吸は人間のときよりちょっとし辛くなりますけど、窒息するほどではないです」
大真面目になにを言うのかと思えば、ななめ上からの質問をされ、肩すかしを食らう。
なんだろう、僕が注目してほしいのはそこじゃなくて。
「人魚になったら性別まで変わる、ねぇ……」
「まだ信じられませんか」
「いんや、なんでもアリだろ。黒髪の人魚さまなら、なおさら」
艶麗さんが僕を人魚だと認識できなかった理由。
それは僕が、人間と人魚の場合で、かけ離れた容姿をしていることに原因がある。
人間の僕は、青藍の髪。
対して人魚になると、髪は漆黒に染まる。
しかも、性別が男から女に変わるという意味不明仕様。あれかな、男の人魚なんて需要ありません的な? 知らんけど。
変わらないことといえば、深海のような深い青の瞳。それから木の枝よりもやせた小柄な背丈は、男でも女でもほぼおなじだ。
「なるほどね。あんた、名前はなんていうんだい?」
「……雨、です。雨季の空みたいにしょっちゅう泣くんで、うんざりしてつけたって言ってました、育ての親が」
言いながら、しまったかなぁ、と後悔した。
これだけ自虐すれば、みなまで言わなくたって、察されるというものだろう。
事実、おちゃらけた様子の松君さんが真顔になったし、艶麗さんなんか目が据わっちゃってる。
「雨、あんたはどうしてここ──李水の港街にやってきたんだい?」
人としての良心? それとも憐憫?
卓を挟んで向かい合うふたりが、どんな心境で僕を見つめているのか、いまだ判断できずにいた。
でも状況がつかめないのは、僕もおなじ。もうなるようになれ、だ。
「ここを目指して来たわけじゃないです。僕は孤児で、拾われてから十五年間、汰漢の村に住んでいて」
「汰漢っていうと、緑峰国でも西の端っこに追いやられた、ど田舎じゃないか。北の国との国境近くで、沿岸部ではあるが……ここまで六千里〔三千キロメートル〕は離れてる。まさか、独りで泳いできたってのかい?」
「僕がいまここにいるんなら、そうなんでしょうね」
「村を出た理由は、出稼ぎなんかじゃないんだろう?」
「……逃げてきたんです。ある日の夜、知らない男がいきなり家に来て、『ジンエツシャ』を掲げた違法商売がどうのこうの言ってました。それで、あいつらが……育ての親が殺されたので、怖くなって」
なんて胡散くさい、ドラマみたいな話だろう。
僕だったらすぐさま鼻で笑い飛ばすところなのに、嘲笑されるでもなく、沈黙がながれるばかりで。
やがて、腕を組み、うなるように発声した艶麗さんの問いが、止まった時間をゆり動かす。
「松君、あんたが風のうわさできいたっていう、血祭りにあげられた田舎村の名は」
「汰漢、ですねェ……こちらの少年が住んでいた村に違いないでしょうトモ、えぇ」
「……どういうことですか?」
「雨少年、キミのおうちにやってきた見知らぬ男というのは、ひょっとして、全身黒ずくめの服装に、真っ黒な髪をしていたのではないカナ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「キミがお会いした方は、『黒澤猊下』──歴代最高にして最凶の力をもつ『人越者』ですヨ」
「じんえつ、しゃ……」
まただ。あの男も言っていた──
やむなく艶麗さんという女性を室にまねき入れたころ。
こんどは灰色のあご髭をたくわえた、やたら陽気な男性がやってきた。
松君さんというらしいその人は、もしかしなくても、艶麗さんの関係者だろう。
* * *
(黒髪なんて、日本じゃ当たり前だったのに)
古代中国を思わせる文明。
この異世界で暮らす人びとは、茶や灰色の髪がほとんどだ。
次いで赤、青、緑、金、紫の髪。これくらいはまぁまぁいる。
だけど黒髪はまったくいない。いたとすれば別格のあつかいを受ける。たとえば神のように畏れられ、崇められる、とか。
理由をきいても、学のない田舎の村人たちは、「とにかくむかしから、『黒髪さま』は神さまの使いなんだ!」とバカのひとつ覚えみたいにくり返すだけだった。
なら『黒髪の人魚』は、まさしく人ならざるモノ、『神さまの使い』とやらなわけだ。
「あたしらがきいた人魚さまってのは、黒髪のお嬢さんって話だったけど?」
「青髪の小僧で悪かったですね。信じられないならどうぞ、そのへんの池にでも突き落としてください」
不思議なことに、茶杯の水をぶっかけられた程度じゃ、僕のからだはうんともすんとも言わない。
乾くのがとうてい追いつかないほどびしょびしょに全身が濡れて、やっと『人魚化』する。
「待ちたまえ、少年」
「なんですか」
「池? 海水じゃなくてもいいのかネ?」
「……淡水でもふつうに大丈夫ですし。それと、陸での呼吸は人間のときよりちょっとし辛くなりますけど、窒息するほどではないです」
大真面目になにを言うのかと思えば、ななめ上からの質問をされ、肩すかしを食らう。
なんだろう、僕が注目してほしいのはそこじゃなくて。
「人魚になったら性別まで変わる、ねぇ……」
「まだ信じられませんか」
「いんや、なんでもアリだろ。黒髪の人魚さまなら、なおさら」
艶麗さんが僕を人魚だと認識できなかった理由。
それは僕が、人間と人魚の場合で、かけ離れた容姿をしていることに原因がある。
人間の僕は、青藍の髪。
対して人魚になると、髪は漆黒に染まる。
しかも、性別が男から女に変わるという意味不明仕様。あれかな、男の人魚なんて需要ありません的な? 知らんけど。
変わらないことといえば、深海のような深い青の瞳。それから木の枝よりもやせた小柄な背丈は、男でも女でもほぼおなじだ。
「なるほどね。あんた、名前はなんていうんだい?」
「……雨、です。雨季の空みたいにしょっちゅう泣くんで、うんざりしてつけたって言ってました、育ての親が」
言いながら、しまったかなぁ、と後悔した。
これだけ自虐すれば、みなまで言わなくたって、察されるというものだろう。
事実、おちゃらけた様子の松君さんが真顔になったし、艶麗さんなんか目が据わっちゃってる。
「雨、あんたはどうしてここ──李水の港街にやってきたんだい?」
人としての良心? それとも憐憫?
卓を挟んで向かい合うふたりが、どんな心境で僕を見つめているのか、いまだ判断できずにいた。
でも状況がつかめないのは、僕もおなじ。もうなるようになれ、だ。
「ここを目指して来たわけじゃないです。僕は孤児で、拾われてから十五年間、汰漢の村に住んでいて」
「汰漢っていうと、緑峰国でも西の端っこに追いやられた、ど田舎じゃないか。北の国との国境近くで、沿岸部ではあるが……ここまで六千里〔三千キロメートル〕は離れてる。まさか、独りで泳いできたってのかい?」
「僕がいまここにいるんなら、そうなんでしょうね」
「村を出た理由は、出稼ぎなんかじゃないんだろう?」
「……逃げてきたんです。ある日の夜、知らない男がいきなり家に来て、『ジンエツシャ』を掲げた違法商売がどうのこうの言ってました。それで、あいつらが……育ての親が殺されたので、怖くなって」
なんて胡散くさい、ドラマみたいな話だろう。
僕だったらすぐさま鼻で笑い飛ばすところなのに、嘲笑されるでもなく、沈黙がながれるばかりで。
やがて、腕を組み、うなるように発声した艶麗さんの問いが、止まった時間をゆり動かす。
「松君、あんたが風のうわさできいたっていう、血祭りにあげられた田舎村の名は」
「汰漢、ですねェ……こちらの少年が住んでいた村に違いないでしょうトモ、えぇ」
「……どういうことですか?」
「雨少年、キミのおうちにやってきた見知らぬ男というのは、ひょっとして、全身黒ずくめの服装に、真っ黒な髪をしていたのではないカナ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「キミがお会いした方は、『黒澤猊下』──歴代最高にして最凶の力をもつ『人越者』ですヨ」
「じんえつ、しゃ……」
まただ。あの男も言っていた──
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる