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第25話 夜明けの散歩
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ゆさゆさ、ゆさゆさ、と。
軽く揺さぶられる感覚で、僕の意識は浮上した。
寝返りを打ち、億劫ながらもまぶたを持ち上げると、淡い橙色の色彩が視界に映る。
「ん……麦……?」
長椅子で眠りこけた僕は、どうやら麦に起こされたらしかった。
格子窓から射し込んだまぶしさに、目がくらむ。
夜明けだ。まだ未明だからか、ひとつ、ふたつとまばたきをしたら、すぐに目が慣れた。
「どうかしたの? 眠れな……っわぁ!」
寝ぼけまなこをこすりながら上体を起こした僕は、直後、衝撃と圧迫感に襲われる。
「っ……! っ……!」
ぎゅううっと、そりゃもう痛いくらいに、麦に抱きしめられていたからだ。
これには完全に目が覚めた。麦へ向き直り、腕を回して、ぽんぽんと背を叩く。
「怖い夢でも見たの?」
ぶるぶるっ! と麦はかぶりを振る。
「じゃあ、どうしたの?」
つとめて優しく声をかけ、顔を覗き込むと、鼈甲飴色の瞳がようやく僕を映し出す。
その瞳は、焦りと安堵がないまぜになったような、複雑な色をしていた。
「────」
ふいに、麦が口をひらく。
僕には読唇術の心得なんてない。
だけど、なんでだろう。
麦と過ごすうちに、彼がつむごうとしている言葉を、なんとなく読むことができるようになっていた。
──どこか、行っちゃったかと。
──つれて行かれちゃったかと、思った。
察するに、麦はふと目を覚ましたときに僕のすがたがないことに焦り、そして僕を見つけて、安堵したようだった。
「もう、何言ってるの。僕が麦を置いていくわけないでしょ? 拾ったのは僕なんだから、ちゃんと面倒を見ます」
麦を安心させるために、小麦色の頭をなでてやる。なんだか気恥ずかしくて、おどけてしまった。
そんな僕におとなしくなでられていた麦は、こくりとうなずく。噛みしめるような表情で。
それから麦は、すっくと立ち上がった。
かと思えば、僕の袖を、ぐいぐいと引くではないか。
「え、何?」
わけもわからず立ち上がらされた僕は、麦に手を引かれるがまま、室の端へ移動する。
まっすぐに窓辺へやってきた麦は、格子窓の鍵を外すと、両開きの窓を開放してみせた。
さえぎるものがなくなり、頭上に降りそそぐ控えめな朝陽。
冴えるような外気が、人の通れる木枠のすきまから、ほほをなでつけた。
「外にってこと? 窓から? なんで? 勝手に抜け出したら、艶麗さんたちが……」
困惑する僕の腕を、ぐいと、ひときわ強く麦が引く。
──おさんぽ。
たったひとこと。その単語分しか、麦は口を動かさなかった。
(気の滅入ることばかりだったから、気分転換がしたいとか……?)
現代でいうなら、次の授業を抜け出して、遊びに行こうよ、みたいなもんだろうか。
そんないたずらっぽい提案をいけないと思いつつも、どこか魅力的に感じる自分がいた。
「まぁ、朝ごはんの時間までなら……」
ほんのすこしの時間なら、艶麗さんたちも目をつむってくれるはずだろう。
麦も笑って、うなずいた。そして室を見わたし、衣裳がけから羽織を取ると、僕のほうへ放る。
「わわっ……! 麦……!?」
未明の薄明るい景色に溶け込む暗色の羽織から、僕がなんとか顔を出すころ。
麦はすでに、出入り口に立てかけてあった傘を手に戻ると、窓の桟にひざを引っかけているところだった。
──おさんぽ、するだけだよ。
僕を振り返った麦が、屈託なく笑う。
けれど意外なほどに強い力で、僕の腕をさらう。
……僕は本当に無知で、のんきなやつだったから。
麦が何をしようとしているのか、このあと何が待ち受けているのかも、わかってなかったんだ。
軽く揺さぶられる感覚で、僕の意識は浮上した。
寝返りを打ち、億劫ながらもまぶたを持ち上げると、淡い橙色の色彩が視界に映る。
「ん……麦……?」
長椅子で眠りこけた僕は、どうやら麦に起こされたらしかった。
格子窓から射し込んだまぶしさに、目がくらむ。
夜明けだ。まだ未明だからか、ひとつ、ふたつとまばたきをしたら、すぐに目が慣れた。
「どうかしたの? 眠れな……っわぁ!」
寝ぼけまなこをこすりながら上体を起こした僕は、直後、衝撃と圧迫感に襲われる。
「っ……! っ……!」
ぎゅううっと、そりゃもう痛いくらいに、麦に抱きしめられていたからだ。
これには完全に目が覚めた。麦へ向き直り、腕を回して、ぽんぽんと背を叩く。
「怖い夢でも見たの?」
ぶるぶるっ! と麦はかぶりを振る。
「じゃあ、どうしたの?」
つとめて優しく声をかけ、顔を覗き込むと、鼈甲飴色の瞳がようやく僕を映し出す。
その瞳は、焦りと安堵がないまぜになったような、複雑な色をしていた。
「────」
ふいに、麦が口をひらく。
僕には読唇術の心得なんてない。
だけど、なんでだろう。
麦と過ごすうちに、彼がつむごうとしている言葉を、なんとなく読むことができるようになっていた。
──どこか、行っちゃったかと。
──つれて行かれちゃったかと、思った。
察するに、麦はふと目を覚ましたときに僕のすがたがないことに焦り、そして僕を見つけて、安堵したようだった。
「もう、何言ってるの。僕が麦を置いていくわけないでしょ? 拾ったのは僕なんだから、ちゃんと面倒を見ます」
麦を安心させるために、小麦色の頭をなでてやる。なんだか気恥ずかしくて、おどけてしまった。
そんな僕におとなしくなでられていた麦は、こくりとうなずく。噛みしめるような表情で。
それから麦は、すっくと立ち上がった。
かと思えば、僕の袖を、ぐいぐいと引くではないか。
「え、何?」
わけもわからず立ち上がらされた僕は、麦に手を引かれるがまま、室の端へ移動する。
まっすぐに窓辺へやってきた麦は、格子窓の鍵を外すと、両開きの窓を開放してみせた。
さえぎるものがなくなり、頭上に降りそそぐ控えめな朝陽。
冴えるような外気が、人の通れる木枠のすきまから、ほほをなでつけた。
「外にってこと? 窓から? なんで? 勝手に抜け出したら、艶麗さんたちが……」
困惑する僕の腕を、ぐいと、ひときわ強く麦が引く。
──おさんぽ。
たったひとこと。その単語分しか、麦は口を動かさなかった。
(気の滅入ることばかりだったから、気分転換がしたいとか……?)
現代でいうなら、次の授業を抜け出して、遊びに行こうよ、みたいなもんだろうか。
そんないたずらっぽい提案をいけないと思いつつも、どこか魅力的に感じる自分がいた。
「まぁ、朝ごはんの時間までなら……」
ほんのすこしの時間なら、艶麗さんたちも目をつむってくれるはずだろう。
麦も笑って、うなずいた。そして室を見わたし、衣裳がけから羽織を取ると、僕のほうへ放る。
「わわっ……! 麦……!?」
未明の薄明るい景色に溶け込む暗色の羽織から、僕がなんとか顔を出すころ。
麦はすでに、出入り口に立てかけてあった傘を手に戻ると、窓の桟にひざを引っかけているところだった。
──おさんぽ、するだけだよ。
僕を振り返った麦が、屈託なく笑う。
けれど意外なほどに強い力で、僕の腕をさらう。
……僕は本当に無知で、のんきなやつだったから。
麦が何をしようとしているのか、このあと何が待ち受けているのかも、わかってなかったんだ。
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